恐怖の物語
みんなを幸せにするための最善の選択。私は彼に従わない。
放課後、理事長室。
「で? 何の用なのさぁ……樹さん」
「別に野宮に用はないけど」
「ううううう……なら、なんでん呼んだんだよぉ。卒業したら絶対この学校乗っ取ってやるぅ……」
「それで、なんでしょうか」
唸る莉央を放っておき、本題に入る。
「ああ、そう本題。簡単に言えば稲仁さんを引き取って欲しいわけ」
「引き取る…? あの、理事長……うちの金銭事情は……ご存知ですよね?」
「あぁ……えっと……野宮が支援してくれる」
樹さんは視線を莉央の方へ逸らす。その瞬間、莉央はわざとらしく大きなため息をついた。
「えぇ……まあ、してやらないことも無いけどぉ」
「本当か! 莉央ありがとう。恩に着るよ」
不満そうに承諾してくれた莉央。莉央の両手を掴み大和さんはキラキラとした表情になっている。
「あ、じゃあ……万音。これから僕らの家に住むことになるけど大丈夫?」
「ほ、他にも人がいるの……?」
理事長室に来てからも震えが止まっていなかった万音が音をたてそうなほどガタガタと震えていた。不安そうな顔の万音。なんて言おうか……そう考えていると、僕の後ろから莉央が声をかけた。
「万音ちゃん、大丈夫だよぉ? 臨くん一家はみんないい人だからねぇ!」
「ひぃ! そ、そうなんですか…」
やっぱり莉央にもだいぶ恐怖しているようだけど、話せるだけ進歩してると考えよう。本来話すことすらできないくらい怖がるはずなのだ。
「一応理由を説明しておくと、学園の寮に入れることも考えたんだけど…なんせ人間恐怖症でしょ? どうにもできなくてね。仕方が無いから誰か恐怖が働かない人を探してたの。いないだろうとは思ってたんだけどね。ありがたいわ」
という話だった。でも、大丈夫かな。うちの家族、個性が強いけれど。
「ただいま、電気つけるよ~」
「ただいま! 美紅さんが帰ってきたぞぉ!」
「ただいま。ちょっと引き取ることになった子が……」
「おじゃましまーす! あ、ほら万音ちゃんも~」
「お、おじゃまします……」
午後6時。家に着いてドアを開くといつも通り薄暗い。それが、大和さんの一言でパッと明るくなる。まだ目が慣れなくて眩しい。
大和さんは「トライアングル」という能力を持っている。ある3つのものを自在に操れて、近くにある物質をそれらに変化させることもできる能力。大和さんは「火・水・電気」を操れる。俗に「ライフライン」と呼ばれている。ちなみに大和さんにそういうと怒られる。ひたすらにダサいと。
「おはよう~美香さん待ちくたびれたよ~!」
腹筋していたのにそう言って起き上がった杉谷美香さんは僕の叔母で美紅の母さんだ。美紅は美香さんのコピーみたいなもので、性格までそっくり。ついでに運動しかできないのも。
「あれれ~? 莉央くんいらっしゃ~い! ちなみに後にいるのは誰なのかな~?」
「あ~美香さん。その子は稲仁万音ちゃん。今日から莉央の支援受けながらその子もうちで養うことになったから」
大和さんが説明するともちろん嬉しそうに「女の子だ~!」と美紅と同じ反応をしている。本当に似ている。
「あ、美春ちゃんだぁ~」
何も言わず、勢いよくドアを開け放ち入ってきた大和さんの妹・桜木美春に美香さんでただでさえ怯えていた万音はさらに怯えていた。
美春は現役中学生モデルだ。見た目よし、勉強も運動も申し分無い。ただ、高圧的で女王様のような態度を僕らにとってくる。
「あ、部屋入ってこないでよね」
莉央にぶっきらぼうにそう告げ、唯一自分用の部屋がある美春はその部屋へ入ろうとしていた。
「待て、美春。今日は莉央だけじゃないから」
「……誰なのこの子」
「今日から莉央の支援を受けてうちで養うことになった稲仁万音ちゃん」
「へぇ~かわいいし、細いし色白! 万音ちゃん、私の部屋来ない? 着せたい服いっぱいあるの!」
万音は困り顔で怯えきっている。
「あ、美春」
「なに? あんたと話すことは無いんだけど。気安く呼ばないでくれない?」
「じゃあ、いいや。万音と仲良くなれなくても知らない」
そう言うと、不満げに「なによ」と聞いてくる。なにかプラスになることが無ければ会話すらしてくれない。本当に面倒くさい。
「万音は『喪失少女』で恐怖の対象は人間。気をつけて」
「あ、そうなの? 万音ちゃんごめんね」
「だ、大丈夫です大丈夫です」
手を合わせて謝る美春。敬語はどっちにしろ使えないだろうし、そこは許してやろう。
「本当、僕とか臨くんに対して美春ちゃんって冷たいよねぇ。虫みたいに扱ってきてさ嫌になっちゃう!」
「借金全額返済してくれるなら神対応してあげるわよ。モデルなめないでよね」
「そんなことしないもん! 美春ちゃんの神対応なんかにお金は使いませーん!」
莉央の宿敵だ。
とにかく今は万音の保護だ。1人1人紹介しないとあの様子じゃ無理そうだし。
「万音」
呼びかけると秒速で来た。怖いんだなあ……やっぱり。
「大丈夫?」
「と、とりあえず、美紅さんと大和さんと莉央さんは慣れた……と思う」
「……まあ、ゆっくりでいいよ。美香さんは美紅の母親で美春は大和さんの妹だよ」
美春が万音を取られたとでも言いたげな顔でこっちを見ているけれど、気にしない。万音の保護のためだから。
「そういえば、万音ちゃんの奇病って元々なんなの?」
美春は珍しく人に対して興味深々なようで、万音のことを知りたいみたいだった。本当に珍しい。もしかして、明日は槍でも降るのだろうか?
「ん~もともと裏社会の子みたいで~わからないみたいだよぉ」
これは、言った方がいいのかな……。あのときの「幻想」を作り出すのがきっとそうだけど。
「でも、臨くんは万音ちゃんと昔会ったことあるんでしょ。そのときそれっぽいものってなかったのぉ?」
「あったよ。「幻想」作り出すやつだった。でも」
「「幻想」今も作れるよ。"だった"じゃなくて今も作れる」
そう言った万音は「雲の上」だった。
どうも!胡桃野子りすです!
さて、前書きに書いてある言葉は登場人物の誰かの心です。中にはここから先の話に関わるものがあります。今回は誰でしょうね。まあ、みなさんすぐにわかってしまうでしょう。
これからもどんどん書いていきたいと思います。今は莉央くんの番外編を書いています。臨くんとの出会いの物語を。
楽しみにしていただければ嬉しいです。
それでは、また。