歌姫の薔薇の色 Ⅱ
久しぶりに自身が満足できる舞台だった、と日暮れが早いこの季節では既に薄暗くなった廊下を歩いて行く。陰口を叩かれるのはいつも通りだが、気分が晴々しているせいか気にはならない。
浮かれた気分で廊下を進んでいたが、ふと窓の外の中庭へと視線を投げた瞬間、不愉快きわまりないという風に眉を顰めた。庭の鉄柵に何かが結びつけられて冷風に吹き晒されていた。よくよく見ようと窓ガラスに顔を近づけて、じっと風に揺れている物の正体を見極めていた歌姫だが、くっと顎を引くと自身の控室へと向かってつかつかと歩き出す。廊下をのんびりと歩いていた掃除婦が、尋常でない剣幕に慌てて脇へと跳び退き、唖然と後ろ姿を見送った。勢いよく控室の扉を開け放つと、日頃の優雅さがすっかり失われた様子で、部屋中の扉という扉、抽斗という抽斗を開ける。檻の中に入れられた猛獣が周囲をぐるりと威嚇するように、部屋の真ん中に立ってぐるりと部屋中を苛立たしげにねめつける。それでもやはり目的の物が見つからないと分かると、肩かけを手にして今来た道を、来た時と同じく早足で戻った。
またもや怒りに任せて扉を開き、白い息を吐きながら階段を降りれば、風に揺れていたのはやはり大事にしていたスカーフだった。珍しくない嫌がらせだ。破ったり汚したりするほどの度胸はないらしく、こういうことは時折あった。置いた筈の物が隠されていたり、全く違う場所に置かれていたり。
今日みたいに舞台の出来が良かった日に、こんなくだらない嫌がらせをしてくるとは全く腹立たしい。
苛立ちながらもスカーフをたたみ、寒風に身を竦ませて建物へと戻ろうとする、が。
扉が開かない。
何かに引っかかったのだろうかと押したり引いたりしてみるが、先ほど開けた筈の扉が開かない。何度か扉をゆすった時の音から察すると閂が下ろされているようだった。ならば窓から誰かを呼ぼうと思い立つが、意外と窓には高さがあって手が届かなかった。その上、曇った窓では暗くなり始めた外の様子などほとんど見えないだろう。
はあ、と溜息を吐くと白い煙になって闇へと消えて行った。仕方がない、誰も通らないような場所ではないし、その内誰か来るだろう。もしかしたら、マダムかマエストロなら、歌姫の姿が見えないことに気が付いて探してくれるかもしれない。誰かがここを開けるまで待つしかないと石段に腰かけた。腰かけた所から全身の体温が奪われていく。門から出て表通りに回れば人もいるのだろうが、この下着同然の姿で出るつもりはなかった。都で一番の噂の歌姫が、こんな身形でうろついていたなど、別の噂で一番になるつもりはない。
いつも口うるさい女へのささやかな意趣返しのつもりだろう。
この中庭は客が通る所には面していないため、手入れも今一つ生き届いていない。冬という季節も相まって、殺伐としている。あまりにしんとしているせいで、門までの石畳の上に散らばる落ち葉が、時々風に吹かれて立てるかさかさという音が響き渡る。
せめて肩かけを持ってきていて良かったと心底思った。
表通りから響いてくる人々の楽しげな声が、この小さな無人の空間では寒さを助長する役割しかないのだと気が付かされる。
体が震え始めるほどの時間が経って、今日に限って誰も通らないなと苦笑する。
ふと、もしかしたら、皆気が付いていて扉を開けないのだろうか、と良くない想像をしてしまう。一度悪い想像をすると、中々止められない。それがこの寂しい空間で寒い思いをしている時では、あながち間違った想像ではない気がしてくるから、なお性質が悪い。
『今に見捨てられて忘れられるだろうさ。』
体温は簡単に吹き飛ばす冬の風も、頭に浮かんだ影口の記憶はなかなか飛ばしてくれない。
寒さだけが理由ではなく、体を小さく丸めると肩かけをぎゅっと握りしめて、頭を膝に埋める。
どうしてだろう。いつもなら孤高に佇む榿の心持ちなのに、今は枝に一枚取り残されて風に揺れる枯れ葉の気分だ。
とても、寒い。
「おや、こんなところで噂の歌姫にお目にかかれるとは。」
突然、すぐ近くから声をかけられ、歌姫は驚いて顔を跳ね上げた。いつの間に門から入って来たのだろうか。目の前には奇妙な服装の男が立っていた。緑色の帽子、黄色のリボン、褐色の肌に赤い髪と鳶色の瞳。それだけでなく白やら赤、黄色、緑、さらに紫となんとも彩り多い装いだ。しかし、歌姫の視線はすっと男の左手の薔薇の花束へと、男が唯一身に着けていない色へと向かった。
「その、青い薔薇、……本物?」
随分、体が冷えているようで、とっさに口が上手く回らなかった。
「ああ、もちろんさ。」
にっと極彩色の男は白い歯を見せて嗤った。
「赤い薔薇は部屋を埋め尽くすほどもらったし、他の色の薔薇だって数え切れないほどもらったけれど。青い薔薇はさすがに見たことないわ。本当に存在するのね。初めて見たわ。」
「そりゃあそうさ。こいつはただの薔薇じゃない。特別な薔薇だからな。」
特別? と歌姫は打算がない無垢な仕草で首を傾げて男を見上げる。流石の極彩色の男も一瞬、色香に当てられた。
「……あ、ああ。」
男は我に返り勿体ぶって咳払いをしてみせる。
「火をつけるとね、花がぽうっと光るんだ。その後、段々と紫色の煙が出てくる。その煙が満ちた中、眠ると自身じゃ有り得ないと思っていたり、不可能だと思っていたりする願いを夢に見ることが出来る。」
夢、とどこか虚ろな視線を青い薔薇の上に彷徨わせて呟く歌姫を、極彩色の男は目を細めながら見つめた。口元では、白い歯がちらりと闇に浮き上がり、死神の鎌のように嗤う。
「良かったら一輪どうだい? ただじゃあ、あげられないけど。」
しかし、歌姫は呆けてばかりではなかった。視線に妖艶さを取り戻すと、男へと流し目を送る。
「ふふ、花の一輪すらただでくれない男も初めて見たわ。」
極彩色の男は芝居じみた動きで、がっくりと項垂れた。
「あら、貴方、役者には向かなくてよ。喜劇役者ならまだ道もありそうだけど。」
次々と飛び出す嫌味に、極彩色の男は思わず苦笑した。
「赤い薔薇ならいくらでも贈るさ。ただ、青い薔薇には、代わりに対価を受け取らないといけない決まりなんだ。ケチな男とは決して思わないで欲しいね。」
どうかしら、と可笑しそうに笑いながら歌姫は対価が何かを尋ねる。
「今すぐに渡せる物の中で一番困らない物を一つ。元の価値は関係ないさ。」
恐らく髪飾りでも渡してくるだろうと思いながら、人差し指と中指で唇をなぞって思案する女を眺めた。
ところが。
「そう、それは困ったわね。」
歌姫が返した結論は、男には予想外の返答だった。
「どれもこれも、私の物だけど私が手に入れた物ではないの。全て私への愛情が籠った贈り物ですから。勝手に渡したり出来ないわ。」
面食らった様な男の顔を見ては、女はまた愉快そうにした。
髪飾りは、はじめてプリマドンナになった時に支配人がお祝いにとくれた物。胸元に下がっている十字架は、母親代わりでもあった今は亡き支配人の奥方がくれた物で形見でもある。普段着があまりに貧相では外を歩くのに心もとない、とその時のパトロンが心配して用意してくれたドレス。肩かけはマダムが自分には少し若い色味だからと譲ってくれた物。まだ硬い靴しか手に入れられなかった頃、足を痛めてそれでも悟られないようにと歩いていたら、マエストロが耳ざとく気が付いて底の柔らかい足が痛まないものを贈ってくれた。
それらの愛情をどうして手放せるだろう。
「ああ、ならこういうのはどう?」
どうしたものかと極彩色の男が思案気にしていると、明るい調子で歌姫は言い放った。
「次の舞台にいらっしゃいな。私は貴方の分の席を取っておいて、話をつけておくわ。」
また自らの生業を渡す人間が現れたな、と興醒めした気分を隠しながら男は嘯いた。
「都で一番の歌姫の舞台とは、なかなか悪くない。」
それに対して、歌姫はおかしくて仕方がないと肩を震わせて笑う。
「私を見縊らないで頂戴。舞台は当然だけども、あくまでそれは対価を渡す手段。」
どういうことだ、と片眉を上げ、怪訝そうに見返す男に真正面から向き直ると、今は乾いてひび割れそうな紫色の唇で、しかし艶然と笑った。
「私の情熱を薔薇の対価に。」
きっとこの瞬間、アフロディーテは美しさしかない己を恥じて貝に閉じ籠っただろう。美しさだけがこの歌姫の武器ではない、このような芯の強さと心の強かさを持ち合わせた人間がどれだけの数いるだろうか。
時には、這い上がる乞食の女。
時には、高慢な女王。
時には、可憐でいて妖艶な悪女。
時には、導きを与える崇高な女神。
そして時には、全てを捨てて愛を渇望する娼婦。
日陰で涙を飲む女ではなく、太陽を睨みながら頬の涙を乾かす女。
怒りよりも苛烈な情を持ち、憐れみよりも深い愛を持つ女。
そういう性質こそが彼女の本質でもあったのだから、都で一番の歌姫になったのはある種当然の結果だったのかもしれない。男は片側だけ唇を上げて笑う。だが決して嫌な笑いではなく、期待と興奮が混じった笑いだった。
なんと光栄な、と言いながら男は青い薔薇を一輪、束の中から抜き出す。
「では、これを。」
極彩色の男が差し出した青い薔薇へと歌姫は手を伸ばして、しかし僅かにためらう。
絶対に不可能な、だが至極幸せな夢。
それは一体、どんな夢だろうか。
だが。大きく息を飲み込むと、意を決して青い薔薇を手にした。
「大丈夫ですか!?」
その瞬間、後ろの扉が跳ねるように開いて照明係の男が飛び出し、驚いて彼女は後ろを振り返った。
「そんな薄着で……。俺のボロですみませんが、部屋に着くまで使ってください。」
少年から青年に移り変わる、その年頃の特有のにきびを頬に付けた男は唇を引き結び緊張した面持ちで上着を差し出した。そんなに嫌なら貸さなければ良いのに、と実は見当はずれな推察をしながらも彼女は厚意を受け取る。
「え、ええ。ありがとう。」
なんとなく青い薔薇を見られてはいけない気がして、歌姫は肩にかけられた上着を掻き寄せるようにしながら、薔薇を隠した。
「さ、部屋に。温かい物をすぐに持ってきます。」
あ、と歌姫は極彩色の男を振り向くが、振り返った先では、石畳の上の落ち葉が風に吹かれて愉快そうに笑い声を響かせていた。
静かな廊下に足音が響く。歩調が異なる二人の足音は時折重なり、しばらくすると互い違いに響き、またしばらくすると同じ調子で重なった。
沈黙に耐えかねて先に口を開いたのは歌姫だった。
「よく私が居ないと気が付いたわね。むしろ、よく探すつもりになったわね。」
自嘲気味な歌姫の言葉に照明係はぶっきらぼうに答えた。
「気が付きますよ。一番目立つ姿がどこを歩いても見当たらないのですから。」
僅かな時間とはいえ寒い外に出たせいだろうか。青年は頬を紅潮させている。
「それに、探すのは当然です。貴女は……光が当たる場所に、舞台の真中に居るべき人だから。」
ようやく歌姫は、照明係が友好的な意志を持ち合わせて自分を探しに来たのだと気が付く。その時、丁度部屋の前にたどり着き、二人は足を止めた。
「皆、貴女は悪女だとか何だとか色々言っている。」
歌姫から渡された上着を受け取りながら、照明係はぽつりと呟いた。その言葉に思わず歌姫は苦笑する。
「……でも、……お、俺は、舞台に賭ける貴女の情熱を、あの役立たずな監督の代わりに貴女が必死に舞台を素晴らしい物にしようとしている情熱を知っています。舞台に立っている貴女の素晴らしさを一番よく分かっていると思っています。だから、貴女が一番美しく見えるように、とも思っている。貴女は素のままでも十分に美しいけれど、だけどやっぱり、貴女は舞台の真ん中に居る時が一番美しいから。」
いけない。湧きあがって来るこの感情は何だろうか。
「それは、私にとって最高の賛辞だわ。」
思いもかけなかった言葉に、込み上げる熱い何かを隠して、いつもの通り、高慢に、妖艶に、崇高に、優雅に彼女は笑った。
とはいえ。
あれだけ長く体を冷やしたのは良くなかったようね。
体は丈夫だと自負していた歌姫も、流石にその晩は体調を崩し早々に寝台に潜り込んだ。まあ、これくらいの不調なら一晩眠れば治るだろう。
どことなくだるい体と少しだけぼうっとする頭で天井を眺め、外の喧騒に耳を傾けていた。
夜は、闇の中で感覚が高められていく。昼間なら聞き逃す些細な音を耳は拾い、笑い飛ばすささやかな不安が心に纏わりつく。そして闇の中で役に立たない筈の目は、影を捕えるのだ。どこかで柔らかい歌声が聞こえてくる。夜が一重、二重に深くなると、闇の中に意識が開かれる。
少し熱が上がってきたのか、体が熱い。
これくらいの不調はたまにならあり得ると思っていたけれど、もしかしたら、今晩急に悪化してこのまま二度と目覚めないのかもしれない。
また悪い考えに捕らわれてしまう。
外から聞こえてくる笑い声が、闇の中で反響し頭の中に響く。地の底から聞こえる夢魔の笑い声のようにも、天上からの使いの荘厳な宣託の様にも聞こえる。悪魔なら一人で死ぬ自分を笑っているのだろう。天使なら、一人で死ぬのが天が定めた罰なのだと告げるだろう。どちらにしても、一人寂しくいる自分を励ます笑い声ではない。そして、笑い声は段々と甲高い物になり、いつも劇場で聞かされている女達の笑い声になった。
『いい気味ね、思い知ったでしょう。貴女が寒空の下で震えていても助けようとする人間なんてほとんどいないのよ。』
『喉は大丈夫? 痛めてしまったでしょう? 私がかわりに歌ってあげるわ。』
『このまま貴女がいなくなったって泣く人間なんてたかが知れてると思うわ。』
女達のせせら笑う声がまだ頭に響く。
ふと目を開けると、まだ夜明け前の薄い闇の中、卓上にぼうっとした明りが見える。何を置いたのだったか、と少しだけ首を上げて見ると、あの不可思議な男が持っていた青い薔薇がうっすらと光をまとっていた。
至極、幸せな夢。
もしかしたら、夢の中では皆が愛してくれるのかもしれない。
闇の中で影が招くように動いた気がした。闇の中で影が濃くなり、薔薇がさらに浮き上がる。青色が光を帯びて、花弁の渦の中に意識が引きこまれる。そして、薔薇に火が近づいた。
その瞬間、建物と建物の間から朝陽が真っ直ぐに走り込み、青い薔薇を射ぬいた。
闇が我先にと逃げだせば、世界の全てが色を取り戻す。闇の中では光を放っていた青い薔薇は、赤や橙、黄色、白と、色の中に埋もれて行く。
早い朝の低い光が窓から差し込んでいた。
ゆっくりと体を起こす。どうやら眠ったとは思っていなかったのだが、いつの間にか眠っていたらしい。手には花が握られたままだった。眠ったお陰か体が軽かった。床に素足で降り窓辺に近づく。窓を開ければ朝の清々しい冷気が目を覚ましてくれる。
夜露に濡れた木々や家々の屋根は柔らかな光を浴び、うっすらと霧がかった美しい町並みは夢の世界のようだ。一様に立ち並ぶ並木が、バレリーナ達の姿に重なった。
ふと、自分も少し前までは、そうだったのだと思う。
同じ年頃の少女達とともにバレリーナを目指し、同じような装束で同じ動きをしていた。舞台では皆で踊り、礼をする時も一列になって礼をしていた。あの頃は、今みたいに一人だった訳じゃない。皆で励まし合って、笑い合っていた。
懐かしい幸福感に浸り、思わず笑みが零れる。
が、笑みはそのままに、突然、手に持つ薔薇の花弁を毟り始める。青い花弁で一杯になった拳を窓の外へと付きだすと、勢いよく撒き散らした。さっと散った青色は、はらはらと舞い落ちてすぐに見えなくなる。 一瞬、手に残っていた茎を見つめるが、鼻で笑うとそれすらも潔く投げ捨てたのだ。
陽が昇り、光は刺すような鋭さを増す。夢を見せてくれる夜の気配を拭い去った朝の光は、いっそ、現実の代弁者として挑むような苛烈さでもある。眩しくて目を開くことができないような。目を背けたくなるような。
それこそが現実だと。
「望むところよ。」
顔を上げて太陽を睨むと、また歌姫は艶然と笑ったのだった。
光源を見上げて睨むと、舞台の真ん中に立つ。
前からも後ろからも横からも視線を浴びる。客席へと向き直れば、前に立つ人間も横で支える人間もいない。たった一人で立っている。
そう、望むところよ。
孤独だっていい。
「私は、例え世界中から背を向けられたって構わないのよ。」
ふと、光源の向こうで照明係の青年が動くのが見えた。マエストロは時折視線を向けてくるのが分かる。マダムがずっと舞台の袖に立っている。
大丈夫だ、舞台の真ん中では孤独でも、陰で見守ってくれている人がいる。
「だから、嫉妬とか羨望とかそんなくだらない理由で蔑まれたって、気にやしないわ。」
私は、舞台の一番真ん中に立ち、一番眩しい光を浴びて、羨望と嫉妬とそれから喝采を一身に受けるのだから。
孤独は、讃辞と同義なのだから。
皆に愛されることが羨ましくないとは言えないけれど。
「夢は、いつも甘美で、私の願いを叶えてくれる。」
でも、夢になんて溺れない。
「現では寂しい夜を過ごすけれど、涙で枕を濡らすだけが寂しい夜の過ごし方ではないの。」
現実がどんなに一人ぼっちの孤独な場所であっても、舞台に、両足で確かに立っているのだから。
不可能の青い薔薇なんかいらない。
私には、情熱の赤い薔薇が相応しい。
「ブラボー!」
五番ボックスから声が飛んだ。極彩色の男がいつものなりで座っていた。まるで相応しくない装いだが不思議な事に誰も気にしない。
極彩色の男は感嘆の念を込めて拍手を贈った。
全く。これだから、人間は面白い。夢を追い、夢に溺れ、夢に焦がれ、時に現を厭う。しかし。
しかし、それでも、所詮は夢だと笑い飛ばして現に生きるのだから。
「本当に素晴らしい。流石、この国一番の歌姫だ。」
絶え間ない喝采と眩い光が舞台の真中に降り注いでいた。
その後、とある噂が都中の人々の間で囁かれた。若い子爵と中年の劇場支配人が歌姫にほれ込み、二人とも毎日のように赤い薔薇を贈り続けているとか。二人の友人は面白がり、どちらが歌姫の心を射止めるか、賭けをしていると。
やがて惜しまれつつも舞台を降りた赤い薔薇の歌姫は、とある男の後妻になり、芸の道の良き助言者になったという。
このお話で、一度「青い薔薇が見せる夢は」は完結と致します。アイディアが浮かべば、その内また増やすかもしれません。蛇足色々(主にミュージカルに関する思い入れなどなど)は、活動報告でだらだらと書く予定です。
第七夜までありますが、真っ先に思いついたのは、「蜘蛛の巣」と、この「歌姫の薔薇の色」でした。夢に溺れた人間と夢に溺れずに立ち向かう人間、そんな姿を書きたいなあと思ったのがきっかけです。書いている内に、色々とアイディアが浮かんでこんな長い作品になってしまいました。
第一~第六夜は少々、死を弄んでいる感が否めず、不愉快とまではならなくても、好ましく思わなかった方もいらっしゃったとは思いますが、全てはこの七夜のためだと思ってご容赦ください。「蜘蛛の巣」の青年が自分の欲望の為に、周囲の物を切り捨てて行く姿と、愛を向けてくれる人の為に何かに執着する歌姫の姿。そこに何かを感じ取っていただければ幸いです。
長く堅苦しい文体の作品でしたが、最後までご覧いただきありがとうございました。




