「久しぶり」なんて、言わないで。
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自分でもタイミングが悪いと思った。
ガラッと開けたときに、みんなの視線がこっちに来て、おまけにがっくんまでこっちを見て、しかも頭を抱えてて。
…テイク2、いる?
「入りなおすな、馬鹿。とっとと席につけ。遅刻の理由はだいたい想像つくからいちいち聞かん」
「え、あ、はーい」
入りなおそうともう一度廊下に出ようとしたところをがっくんに止められて、席に着くように促された。私はその言葉通り、自分の席に行く。
真ん中くらいまで来て、やっと教壇に立つ男子生徒が目に入った。
赤茶色の髪に、遠くからでもわかるほどのグレーの瞳。
背の高いがっくんと並ぶくらいの身長に細身の身体。
朝から女子がやたらと騒ぐのもうなずけるほどの整った顔。
不躾にもじっと見てしまったけれど、彼はそんなことは慣れっこなのか、はたまた何か考えがあってなのか、にこりと笑って見せた。
「一条の席はどーすっかな、」
がっくんが髭もないくせに顎をさすって思案していると、教室中の女子がざっと手を挙げた。どうやら私の隣に、ということらしい。
…いや、お前らの隣、人座ってるから。横に座ってる男子とかけっこう引いてるから。
「そういうのこの前の役員決めの時に見せてほしかったなぁ」
がっくんはため息まじりにそういうと、教室中を見渡してから、またため息をついた。
「しゃあねぇな。一条はしばらく神崎の隣な」
「はぁ!?」
思わず大きな声が出てしまった。
いやいやいや、こんなに、こんっなに、隣を志願してる女の子たちがいるのになんで私の隣を指名してくるの!?
そりゃあ私の隣は空席だけどさ!?
ここは万年空席でしょうが!!
「先生、神崎さんも嫌がってるし、」
「俺は頼んでんじゃねぇ、わかるな神崎」
出た、俺様。
これが教員の態度か。
そう思って睨みつけたやれば、してやったりのがっくんの笑顔。
イケメンなんだけど、隣に超絶イケメンがいるせいですっごく霞んで見える。
「…っち、やりゃあいいんでしょ、やりゃあ」
こうなればやけくそだ。
私の超がつくほどの面倒くさがりの性格を知ってて、こういうことを押し付けてくるんだから、本当にいい迷惑だ。
「つーことだから、一条、しばらくはあいつに教科書見せてもらって」
「わかりました」
一条、と名前を呼ばれたイケメン君は爽やかに笑顔を向けると、今まで空席だった席に来て腰を下ろした。
その時に「よろしく」と言われたけど、なんかもう絡むだけでいろいろと面倒事を引き受けそうだったから、かーなーり、無愛想に挨拶を返した。
「じゃあSHR始めるぞ。つっても話ってあんまりないんだけどな」
「いや絶対あるだろ」
がっくんの言葉にすかさず返したのは、一番前の真ん中に座る、このクラスのムードメーカー、富樫君だ。
「お前なにを根拠に…‥あ、あったわ」
おもむろに開いた名簿帳を見てがっくんは言った。その言葉に富樫君はほらみろと言わんばかりのドヤ顔でがっくんを見ていた。
「て言ってもこれ、5,6限の時にするからいいか。一応言っておくと、再来週くらいに球技大会があるからお前ら出たい種目考えとけ。確か今年は、バスケとバレーとサッカーと卓球たと思うし」
日程も種目も曖昧だな、おい。
と心の中でつっこんで、球技大会のことを考える。正直どの種目もやりたくない。非常に、非常に面倒くさい。なんて考えているうちに1限目に入ってしまったみたいだった。私どんだけ上の空だったの。
「悪いけど、教科書見せてもらえるかな」
遠慮がちにそう聞いてきたのは、まったく慣れない隣の席の人。
隣に人がいるってこんなに慣れないもんだったか?
私は言われた通り数学の教科書を広げてくっつけた机の真ん中に置いた。ガコンと机がくっついた音を聞いた周りの女子が、今にもビームでも出るんじゃないかってくらいの視線を送ってくれていた。
かわれるもんならいくらでもかわってやるよ、マジで。
「なんかごめんね、俺のせいで」
自覚があるなら、さっきがっくんが私を指名した時点で男の子の隣がいいとかなんとか言ってよ。これじゃあ公開処刑じゃないですか。
「‥別に」
それだけ言って、教科書から窓の外へと視線を移した。
春の木洩れ日、というには少し日差しが強い日が差し込んでいる中庭を見ながら、持て余していたシャーペンをくるくると回す。
「一条、これ解けるか」
「あ、はい」
お決まりと言わんばかりの展開だった。
やたらとイケメンという部類を敵視しているバーコードはげのじじいは、一条を名指しして呼ぶと問題を解かせるために黒板の前に立たせた。
「いやあれ無理じゃない?」
「あれって特待クラスが解くような問題じゃん」
「一条君、可哀想」
「あいつもひどいことするよな」
教室中のあちこちからひそひそと声が聞こえる。
無理じゃない?と言われたから、黒板に書かれた白い文字を見てみた。なんだか文字と数字がやたらと並んでいるな、というのがパッと見の感想。
ニタニタ顔のバーコードはげの顏が見えたから、かなり高レベルな問題なんだなっていうのが、じっくり見た感想。
どちらにしろ解くの面倒くさそう、というのが最終的な感想。
「やはり難しすぎたかな?」
とまぁ、気持ちが悪いほどの笑顔で言うバーコードはげに、一条は無言を返して白のチョークを黒板に滑らせていく。
それはそれは長ったらしく、黒板の上から下までを使った恐ろしいほどに長い式。
よくこれ書いたよな、あいつ。
つーか頭いいのか。ますます嫌味なやつだな。
「………?」
それにしても、あの文字見覚えある気がする。いや、男子の書く文字なんてさして変わらないくらい汚いんだけど、あの妙にクセづいた、綺麗な文字…‥見たこと、ある。
どこで?
どこで見た?
一体いつあの文字を‥?
「一条君って頭もいいんだ」
「さすがだよね~。ドイツに留学もしてたし、きっと英語もペラペラなんだろうね」
いや、ドイツは英語圏じゃねぇし。
ドイツはドイツ語だよ。
「一条って理系?」
「まぁそうかな。一番得意なのは英語だけどね」
話しかけてきた富樫に対してふわりと笑った一条。
王子様のような綺麗で洗練された、だけどそれでいて作られたような、そんな笑顔。
知ってる、気がした。
一条の、あの笑顔を。
……いちじょう?
「どうしたの?」
席に戻ってきた一条を半ば放心状態になりながら見る。
見つめる、なんてそんな甘い響きのある言葉じゃなくて、もっとこう凝視するっていうのが近い感じに。
言葉を言おうとして開いた唇が震えた。
「‥一条って……一条‥旭?」
ゆっくりとした動作で腰を下ろした一条は、身体を窓に引いて見る私を向いて頬杖をつく。
まるで私だけを見ているように。
いや、実際に一条のグレーの瞳には私しか映っていなかったけど。
「やっと思い出したんだ?久しぶりだな、千歳」
その言葉に、私の口元が引きつったのは言うまでもない。




