◆第三話◆ 帯刀軍人の誉れ
「シャルル王子は一体何をお考えだ! 女に剣士官が務まるはずねぇだろう!」
普段静かなバシュラーテル宮殿で、おそらく今一番大きな声を出しただろう少年は、そう吐き捨てると、命より大事にしている腰の剣を忌々しそうに握りしめた。
まだあどけなさは残っていたが、その横顔は決然として凜々しい。
「まあまあ、カッカしても状況は変わりませぬ。少々落ち着きなされ」
少年をなだめるのは、腰までありそうなほどに長い美しい銀糸の髪を持つ若い男だった。
海外に特注したソファーに主のごとく腰掛け、煙管の煙をくゆらせる。
「そうですねぇ……お命を狙うという脅迫文が届いたというのに、美女狩りに行かれる気まんまんなところから察っしますに、大方エッチなことをお考えなのでありましょう」
「誰もンなこと聞いてねぇッ!」
「全く、あっちのオナゴこっちのオナゴ、時に複数同時プレイと羨ましい限りですが、性病をうつされても存じませぬからね、と私は切に申し上げたい」
「おい!」
「あれは大変なのですよ、大事なところがそういう意味でなく腫れ上がってしまって、もう痛いやらかゆいやらで。それでも求めてくるオナゴを拒むことができず、仕方なく私は裏技を」
「おいって言ってんだろがぁ!」
少年は高級ソファーの背もたれに土足のまま片足をかけ、男の胸倉を掴み上げる。
男は、真っ赤な顔で大声を上げる少年をからかうように口角を上げた。いや、実際からかっていた。
こういうことに疎い少年を苛めると、赤い顔でムキになって反撃してくる。それが、なんとも愉快で楽しい。
「おやおや、童貞の僕ちゃんには少々早すぎたようですね。大丈夫、君も女性受けしそうないい面構えでおられる。早晩に」
「俺は女子供みてぇな、面倒なセーブツが大ッ嫌いなんだよ! 今度俺をガキ扱いしたら許さねぇからな……隊長」
そうやって澄んだ瞳でにらみ付けられても、怖くなどない。だがこれ以上彼を怒らせると後々面倒だと――それはそれで楽しいのだが――、男は引き際をわきまえていた。
「ふふ、分かっております。まだ十六といえど、君には宮廷剣士としての誉れがありますゆえ」
ふう、と細い紫煙を吐き出すと、それを毛嫌いするように、眉をひそめて少年は手を離した。
宮廷剣士。剣士官。
どちらも、軍の中で王族を専門的に警護する帯刀軍人を意味する言葉だった。
弾丸をも見切り、風のように舞い、獅子のように気高い心を持つ、一流兵士のみに与えられる称号。
そして彼ら二人も、難関中の難関をくぐり抜けた、その特別な軍人である。
西洋最強と言われるアルダナ王国軍人と言えど、アルダナ王国創始より三百年の時に渡って王族の護衛してきた彼らとは一線を画し、百年前、当時の王子夫妻が隣国へ表敬訪問中に起こった反政府軍の巨大暴動においても、護衛についていた剣士官がたった一人で夫妻を守り、無事帰国させたとの伝説も残されているのである。
それゆえ王族から絶大な信頼と寵愛を受け、宮人や政務官に採用され者もあるほどのエリート。政を司る国の重鎮には、剣士官出身者が大勢いた。
出世のスピードも待遇も俸禄も、支給される軍服のデザインやその値段も、全くの桁違いに異なる。
少年や男の持つ、紋章の入った腰の剣は、そんな高い名誉と賞賛に値する者の証であった。
「おそらく向こう様も、どうにかこうにか、それらしい女性を見繕ってくるのでありましょう。エルネスト殿は非常に優秀だ。彼が命を遂行できなかったことなど、ございませぬ」
「いたとしても、王子の護衛なんて大役、快く引き受けるなんて思えねぇがな」
「君は甘い。彼なら首に鎖をつけてでも連れて来られますよ。隠れドSなのですから」
なんだそれ……、という少年の言葉を流し、男はソファーに立てかけてあった金色の細い剣を持って立ち上がる。
「けど、それで大丈夫なのか? 女が剣一本でシャルル王子を警護するんだぞ?」
窓の外を見やる男の背に、少年は内心心配しながらも、ぶっきらぼうに問いかけた。
「案ずることなかれ。十中八九、『彼』も補佐としてついて来られるでしょうから」
「誰のことだ」
「私の元上司です。今は軍本部へ戻ってしまわれましたが」
ふう、と煙を吐くと、ガラスに当たって渦を巻く。
「女の子は大歓迎ですが、彼は来なければ良いのに。嗚呼、蘇るトラウマの日々。あんな男、○×△が腐ってもげてしまえばいいのにと、何度願ったことでしょう」
「お前、マジで一回死ねよ」
痛烈な部下の突っ込みにも動じず、男は口ぶりとは裏腹に、どこか楽しげに窓の向こうを見つめて目を細める。
「で、その男、名前は?」
少年の問いかけに、男は深い微笑を浮かべた。だがその目に、もはや一寸の柔和さもない。
「クルーガー・アイフィールド。綺麗な顔をした、決して笑わぬ冷徹の鬼士官です」