◆第二話◆ バレた秘密
「ごちそうさまっと」
昼休み。
軍の施設にしてはオシャレな屋外休憩所ではなく、人気のない木陰で特性パンの耳のみ弁当を早々に食べ終えると、ティアナは愛用の内職道具を取り出した。
これも借金まみれの家に、少しでもお金を入れるため。
無許可だが。
「ちょっとくらい、大目に見てくれるよね」
そうだと願いたい。
ティアナの家は、元気な母親と、最近髪に元気のない父親、それに真面目な弟の四人暮らしだった。だが、四人総出で働いても家計は火の車。
下着は最低枚数しかないわ、ベッドは一つしかないわ、おまけに家は雨漏りして屋根が腐りかけている。
それほど多額の借金があった。
父親が作ったものだが、別に父親は酒乱でもギャンブラーでも女好きでもない。
ただ、人が良すぎた。
友人に騙され、その借金を肩代わりさせられるハメになったのである。
しかし、誰もそんな父を見捨てようなどとしないし、明日の朝食すらままならない状況だが、それなりにやっているつもりだ。
「入隊も果たしたことだしね」
最初は軍に入りたいと言うだけで、危ないからとかなり家族に反対された。
だが、軍人は文官でも給与はかなり良いし、何より安定した職業でかつ、支給品も多い。
借りたお金は返さないと、とティアナが説得すると、渋々承諾してくれた。
しかし、ティアナが入隊したかったのは、それだけが理由ではない。
風が吹き、シャランとティアナのポニーテールが揺れた。
「あー疲れた」
時計を見れば、あと十分で休憩は終わる。針仕事ばかりでは首を痛めると、ティアナは立ち上がった。剣はないが、まっすぐ腕を構えてみる。
「やっ、とっ!」
腕を上下に振っていると、気分が乗って来る。
剣術は全身を使った。集中力が切れかけていても精神統一できるし、一石二鳥である。
何よりとても楽しい。
「おやおや、ティアナ君、筋がいいね~」
聞き覚えのある声に、ビクッとして肩越しに振り返る。
「た……大尉……」
細めがねの上官、エルネストが、先ほどの負のオーラ満載状態とは打って変わって、ニコニコとして近づいてくる。
「ちょっと見せてもらってたんだけど、剣術をかじってるんだ。へー。初心者ってわけじゃなさそうだよねぇ」
グイッと整った顔を近づけられ、ティアナは思わず仰け反った。彼の押し上げたレンズがキラリと光る。
「た、たまたまです……たまたまそう見えただけで……。で、では」
急いで立ち去ろうとするティアナの腕が掴まれる。
「逃がさないよ。さあ、お兄さんとイイところへ行こうか、ティアナ君」
エルネストは、明らかに裏のありそうな綺麗な笑みを向ける。
やっぱりだ。言われると思った。
エルネストが必死に女剣士を捜しているのは知っている。だが、自分には護衛など絶対に無理だ。
「大丈夫、大丈夫。怖いことしないから」
「せ、折角ですが……」
「お断りはできませーん。閣下や王子がお待ちだ」
「い……嫌ですッ!」
「ちょ、ティアナ君! 暴れ……って、うぐっ」
暴れた拍子に、肘がエルネストの鳩尾に入ったらしい。
彼は腹を抱えて蹲ってしまった。
「も、申し訳ありません、大尉」
「ちょ……ティアナ君……っ、結構いだい……」
悪いとは思ったが、チャンスとばかりにエルネストの腕を振り払い、ティアナは脇目も振らず一目散に逃げ出した。
「すいません! すいません! ああどうしよう、上官殴っちゃった! でも、無理……無理無理無理ッ! 剣術はあくまで趣味なんだから! 王子の護衛なんて絶対無理!」
格好良く守り切るどころか、護衛に失敗して断罪されるシーンしか浮かばない。
――よくも王子を……。貴様の責任だ!
想像しかけてブルッと身震いした。
「あそこだ! 逃がすな!」
後ろを見ると、銃を持った二人の武官たちが血走った目で追いかけてくる。
(嘘ッ! そこまでするの!?)
お父さん、お母さん、ジョン、ごめんねと心の中で家族に別れを告げる。
だが、武官らが追いかけているのはティアナではなかった。
「どけえええええええ!」
猛然と、髭を生やした熊のような大男が、土煙を立てて走ってくる。手に持った、割れた瓶の先が怪しげに光る。
「だ、誰あれ。嘘……こ、こっち来る!?」
「そこの兵士! そのテロリストを止めろ!」
「テ、テロリスト? ……を、止めろ!?」
途端に警笛やら警鐘やらが鳴り響きだし、辺りは騒然とし始めた。
状況はすぐに察した。
大方、捕まえたテロリストを逃がしてしまったのだろう。
最悪だ。
このまま走っていても、脇道がない以上、じきに追いつかれる。
こうなったら、とティアナは滑るように立ち止まって、近くに落ちていた棒きれを拾って構えた。
向かってくる、熊のような男を正面から睨み据える。
怖い。逃げたい。
だが自分は一応軍人だ。
仕方ない――
「どけっつってんだろおお!」
口角泡をまき散らし、瓶を振り回す大男の間合いに一瞬で入り込む。
「――!」
狙いを定め、ゴッと毛むくじゃらの胸に渾身の一撃を加えた。
「あ……っ、が」
女の力と言えど、そんな処を突かれては大男もたまらない。胸を押さえて蹲ったところを、男は追いかけて来た二人の兵士らに取り押さえられた。
「大人しくしろ!」
「よ、よくやった……って、君は文官なのか!?」
兵士らは、ティアナの所属章に目を見張る。
「いえ、あのこれは……さよなら!」
棒きれを捨て、逃げようと振り返って……全身鳥肌が立った。
「この腐れ軍人がああ!」
「いやああああ!」
腰を抜かして座り込む女性軍人めがけ、別の男が鉄パイプを振り上げていた。
(もう一人……いたんだ……!)
考えるより早く、身体が動いていた。
「ダメー!」
鉄パイプを振り上げる男の腰に掴みかかった。
「逃げてください!」
だが女軍人は、涙をポロポロ流して弱々しく首を振る。
「だめ…………あ、足が震えて……うごけないの」
「お願い! 逃げて!」
「だめ……っ、できないッ」
「どうしてっ!」
「放せぇッ!」
ティアナの身体は易々と突き飛ばされ、自由になった男が再び女性軍人に狙いを定める。
自分の力ではこの男を止められない。
先ほどの軍人らは、大男を押さえつけるのに精一杯。
応援はまだ来ない。
女性軍人目がけ、力一杯鉄パイプが振り下ろされた。
(もう……だめっ)
両手で顔を覆う。
――私は思うのよ、ティアナ。軍人なら、身を挺して誰かを守ることを、ためらってはいけないって。
いつか『彼女』の言っていた言葉が、ティアナの頭を巡る。
ハッと顔を上げた。
「やめてー!」
最後の勇気を振り絞り、ティアナは震える女性軍人を守るように覆い被さった。
ゴッ――
目を瞑った瞬間、鈍い音がした。
だが、予想した衝撃は無い。
恐る恐る小刻みに震える瞼を押し上げると、眼前には、漆黒の軍服を翻して佇む、背の高い士官の凜々しい背があった。
彼の下ろされた手には、先ほどまで男が持っていたはずの鉄パイプが握られ、足元には男が泡を吹いて転がっている。
(な……、何が起こったの……)
黒髪の士官が手を離すと、鉄パイプがカランと落ちる。
その音に肩をびくつかせると、やっとこちらに興味を示したのか、彼がゆっくりと振り返ってこちらを見下ろした。
彼の身体で隠れていた太陽が、まるで日食から解放されるように眩しく光を放ち、ざあっと風が髪を撫でて通る。
(う……わっ……ぁ)
彼は、強いときめきを感じてしまうほどに、美しく均整のとれた顔立ちをした軍人だった。




