第一章 鉄の勇者
鉄の勇者 誕生
「さーて、今日は豚バラとニンニクの味噌炒めで米をかっ込んで……キンッキンに冷えた缶ビールを流し込むぞ!」
戸田鉄平、25歳。
工業系高校を卒業後、鉄鋼メーカーで汗を流す真面目な独身男である。
過酷な現場仕事を終え、スーパーのレジ袋をぶら下げた鉄平の脳内は、すでに至高の晩酌メニューで埋め尽くされていた。
足取りも軽く家路を急ぐ彼の前に、ふと、黒い影が現れる。
『にゃーん』
街灯の下、一匹の黒猫が愛くるしい声で鳴いていた。
「おっ、可愛いな。よしよし、おいで」
鉄平は思わず目尻を下げ、黒猫を撫でようとしゃがみ込もうとした。
――その瞬間。
『にゃっ(スッ)』
「……え?」
黒猫が、信じられないほど滑らかな動きで、鉄平の軸足に『足掛け』を見舞ったのだ。
バランスを崩し、車道へと前のめりに倒れ込む鉄平。
彼の目に飛び込んできたのは、猛スピードで突っ込んでくる大型トラックのヘッドライトだった。
「嘘だろおおおおお!?」
ガッシャアアアアアン!! キキイイイーーッ!!
豚バラ肉と缶ビールが宙を舞い。
鉄平の意識は、そこでぷつりと途絶えた。
* * *
「う~ん……ここは?」
次に目を覚ました時、鉄平は真っ白な空間にいた。
いや、真っ白な空間のど真ん中に、『四畳半の畳』と『コタツ』がポツンと置かれていた。
『ズズッ……ズルズル……』
コタツの中には、だらしないピンク色の芋ジャージを着た妙齢の美女が入り込み、真剣な顔でカップラーメン(シーフード味)をすすっていた。
「だ、だれ……? 俺、確か……トラックに轢かれたような……」
鉄平が戸惑いながら声をかけると、女は「はふっ」と麺を飲み込み、手元のカンペ(裏紙にマジックで書かれている)をチラリと見てから、わざとらしく咳払いをした。
「あ~、コホン! 私の名はルチアナ。偉大なる女神です。私は見ていましたよ、戸田鉄平。トラックに轢かれそうになった猫を身を挺して助けた、貴方のその尊い善行を! 実に素晴らしい!」
「…………」
「よって、貴方には剣と魔法の世界『アナステシア』へ転生する機会を与えましょう! パチパチパチ!」
ルチアナと名乗った女神が、コタツから上半身だけ出して拍手をする。
しかし、鉄平の顔は能面のように冷え切っていた。
「……いやいやいや! 違う! 俺は猫を助けたんじゃない!」
「え?」
「あんなのありか!? 猫が俺の足を引っ掛けたんだぞ!? 殺されたんだよ俺! あの猫に!!」
鉄平の悲痛な叫びが、白い空間にこだまする。
すると、女神ルチアナはペロッと舌を出して笑った。
「まぁまぁ、細かいことは気にしない気にしない。最近、下界じゃ『異世界転生』ってのが流行ってるでしょ? 私もちょっと、殺ってみたかったの(笑)」
「『やって』の文字が違う!! あんたの仕業かよ!? 動機が完全に『殺人』だよ! 人殺しいいいい! お巡りさあああああん!!」
「はいはい! テンポよく行くわよ! 転生特典のスキル渡すから、そこのガチャ回して!」
鉄平の絶叫を完全にスルーし、ルチアナはコタツの上にドンッとレトロな『ガチャポン』の機械を置いた。
「私、この後に魔王のラスティアと一緒に福岡にお忍び旅行に行かなくちゃいけないの! 愛しの月人君のライブツアーなのよ! 時間無い時間無い!」
「こんな理不尽あんのかよ……っ!」
文句を言いながらも、逆らうことなどできず、鉄平は泣く泣くガチャポンのハンドルを回した。
カプセルが転がり出て、ポンッと弾ける。
中から現れた光のプレートには、こう刻まれていた。
【ユニークスキル:アイアン】
「アイアン……鉄?」
「え~っと」
ルチアナがスマホで適当に検索しながら答える。
「周囲の鉄を操る能力ね。鉄分も意のままに操れるんだから、結構ヤバいスキルね、それ」
「……鉄、か」
鉄平は、前世での鉄鋼メーカーでの日々を思い出した。
灼熱の炉。飛び散る火花。仲間たちと作り上げた鋼の数々。
「……剣にもなる。鍋にもなる。橋にもなる。農具にもなる。鉄ってのはな、人を殺すだけじゃなく、人を生かす金属だからな。……悪くないスキルだ」
工業系男子としてのプライドが、鉄平の心に静かな火を灯した。これなら、異世界でも自分の知識と経験が活かせるかもしれない。
「じゃ! 私、福岡に行かなくちゃいけないから! 月人君のウチワ作らなきゃ!」
「え、ちょっ――」
ルチアナはコタツから飛び出すと、履いていた健康サンダルで、鉄平の尻を全力で蹴り上げた。
ドゴォォォンッ!!
「ぐへっ!?」
足元に突如開いたブラックホールのような穴へ、真っ逆さまに落ちていく鉄平。
「てめぇえええ! せめて慰謝料を置いてけええええええ!!」
鉄平の絶叫は、次元の彼方へと消えていった。
* * *
【マンルシア大陸 ルナミス帝国・ララサ村】
「ううんっ! ううんっ!!」
「アリア! 頑張れ! 闘気を腹に集めるんだ!」
村の小さな家屋の分娩室。
元S級冒険者の僧侶アリアが汗だくになりながら息み、夫であり元S級冒険者の大剣使いガリンが、その手を握りしめて大声で励ましていた。
そして――。
「おぎゃあ! おぎゃあ! おぎゃあっ!!」
元気な産声が、ララサ村の夜空に響き渡った。
「はぁ……はぁ……貴方……」
「良くやったぞ! アリア! 俺たちの子供だ! なんて力強い産声だ、すでに闘気が溢れているぞ!」
ガリンは涙ぐみながら、血塗れの赤子を抱き上げた。
「男の子ね、貴方。……名前は?」
「そうだな……歴代の偉大なる勇者たちの名前からあやかって、『リオス』と言うのはどうだろう?」
「リオス……素敵な名前ね。あぁ、私の愛しのリオス……!」
感動的な両親の抱擁。
しかし、その腕の中にいる赤子(鉄平)の脳内は、大パニックに陥っていた。
(は!? もしかして俺、赤ちゃんからやり直し(転生)かよおおおおおお!?)
「おぎゃあああああああ!!!(慰謝料払えクソ女神ィィィ!!)」
前世の記憶と、工業高校仕込みの鉄の知識。
そして、S級冒険者の両親から受け継いだ規格外の肉体。
鋼を操る男、リオス・クルセイダーの異世界スローライフ(予定)は、こうして幕を開けたのであった。




