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元鉄鋼マンの暗躍製鉄録~ハズレスキル【アイアン】で最強の幼馴染たちを裏から育てたら、帝国最強の黒幕と畏怖されていた~  作者: 月神世一


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第一章 鉄の神童と辺境要塞化計画

鋼鉄の黒幕と、駄女神の健康サンダル

――のちに、大陸最強と謳われる超大国ルナミス帝国の最高指導部すら震え上がらせる男、『鋼鉄のフィクサー』。

ある者は彼を「影の支配者」と呼び、ある者は「常識を物理でへし折る魔王」と恐れ、またある者は「神をも手玉に取る希代の興行主」と崇めた。

だが、夜の帳が下りた王都の片隅、月明かりを浴びる粗末な工房で、少年――リオス・クルセイダーは手元の黒い鉄塊を愛おしそうに見つめ、ただ静かに苦笑を漏らすだけだった。

「……俺にはさ、あいつらみたいな眩しい夢なんてねぇよ。世界を救いたいわけでも、天下無双の英雄になりたいわけでもない」

指先を軽く振るう。

それだけで、常温の鉄塊から青白い火花がチチチッと散り、分子配列が目まぐるしく再構築されていく。

魔力も魔石も介さない、純粋な原子レベルの炭素量制御。ミスリルの名剣すら一撃で両断する『高張力鋼(ハイテン)』の切っ先が、闇の中で冷酷なまでの美しさを湛えて月光を跳ね返した。

「ただ、あいつらが命を懸けて追う夢を、理不尽に踏みにじるクソ野郎がいるなら――俺が最高の舞台(ハコ)を裏から創って、邪魔な障害ごと鉄で物理的に叩き潰す。それだけだ」

帝国を揺るがす怪物の原点。

それは、汗と油にまみれ、日本の過酷な現場で鉄を愛し続けた一人の男の「職人魂」から始まっていた。

* * *

時は遡る。

「さーて! 今日は豚バラとニンニクの味噌炒めで白飯を限界までかっ込んで……キンッキンに冷えた缶ビールを一気に流し込むぞ!」

戸田鉄平、25歳。

工業高校を卒業後、大手鉄鋼メーカーの高炉現場で泥臭く汗を流す、真面目な現場叩き上げの独身男である。

灼熱の炉から吐き出される千五百度の真っ赤な溶銑、飛び散る火花、炭素濃度ゼロコンマ数パーセントの差で劇的に表情を変える鋼の性質。そんな「鉄」と毎日向き合ってきた俺の至福の時間は、過酷な残業を終えた後の晩酌だった。

スーパーのレジ袋を指にぶら下げ、鼻歌交じりに夜道を急ぐ。

頭の中はすでに豚バラの焼ける香ばしい匂いで埋め尽くされていたのだが――。

『にゃーん』

街灯の下、一匹の痩せた黒猫が道路の真ん中にちょこんと座り込んでいた。

そして、路地の曲がり角から響く、けたたましいエンジンの咆哮とブレーキの金属摩擦音。暴走した大型トラックが、猫に向かって一直線に突っ込んでくるのが見えた。

(――おいおい、冗談だろっ!?)

頭で考えるより先に、現場仕込みの強靭な足腰が勝手に動いていた。

アスファルトを力強く蹴り、道路へダイブする。猫の首根っこを引っ掴んで歩道へと放り投げた瞬間、視界一面を真っ白なヘッドライトの光が覆い尽くした。

鈍い衝撃音と、宙を舞う豚バラ肉と缶ビール。

(あ……せっかくの晩酌が……)

それが、俺の前世における最後の記憶だった。

* * *

ふと意識を取り戻すと、俺は見知らぬ和室にいた。

広さは六畳ほど。畳の上にはなぜか年季の入ったコタツが置かれ、みかんの皮と空になったビールのアルミ缶が乱雑に散らばっている。

そして、コタツの向こう側には、上下ピンクの芋ジャージを着て、足元に健康サンダルを引っかけた若い女が正座していた。

女はハサミと蛍光カラーの画用紙を手に、何やら必死の形相で工作をしている。

画用紙には、極太のマジックでこう書かれていた。

『月人♡命(ファンサして!)』

「……あの、すみません。ここは一体どこですか?」

俺が恐る恐る声をかけると、女はハサミを置き、面倒くさそうにパチパチと瞬きをしてこちらを見た。

「あ、起きた? お疲れー。えーっとね、結論から言うと君、死にました。トラックにドカンといっちゃってね。いやー、あのトラック、整備不良でブレーキパッドが摩耗限界突破してたらしくてさ。マジで運が悪かったね!」

「……は?」

「あ、名乗りが遅れました。私、この宇宙の惑星管理を担当してる女神ルチアナでーす。永遠の十七歳! 第3種惑星創造神格公務員やってるよ。まあ気楽にルチアナちゃんって呼んでよ」

片手で缶ビールをプシュッと開け、ぐびぐびと喉を鳴らして飲む自称・女神。

神々しさなど微塵もない。漂うのは圧倒的な実家感と、日曜夕方のダメ人間オーラだけだ。

「ええと……じゃあ、ここは天界か何かで、俺は死んだと?」

「そゆこと! でね、君にはこれから剣と魔法のファンタジー異世界『アナステシア』に転生してもらいます! ほら、今ウチの神界動画サイト『ゴッドチューブ』でも異世界転生モノがめちゃくちゃPV稼げるからさー。ノルマ達成のためにガンガン下界へ転生者を送り込んでるわけ」

「ずいぶん世俗的な理由だな、おい……」

「世知辛いのよ、神格公務員も! というわけで、転生特典のユニークスキルをあげます! えーっと、残ってる枠は……あ、あったあった。はいこれ、【アイアン】ね」

ルチアナが指先をパチンと鳴らすと、俺の胸の中に淡い光が吸い込まれていった。

「【アイアン】……? どんな能力なんだ?」

「んー、周囲の『鉄』を魔力で念動操作するだけのスキル。魔石や魔法全盛のあの世界じゃ『釘を数センチ転がすくらいしか能がないゴミスキル』って言われてるハズレ枠なんだけどさー。まあ、タダで生き返れるんだから文句言わないでよね!」

ハズレスキル、とルチアナは鼻を鳴らした。

だが、その言葉を聞いた瞬間、俺の胸の奥で何かがカチリと音を立てて噛み合った。

(……鉄を操る、だと?)

脳裏をよぎるのは、前世で叩き込まれた工業知識の数々だ。

鉄の融点、結晶構造、熱処理による組織変化、オーステナイトからマルテンサイトへの変態、そして炭素量の絶妙な配合。

この異世界の人々は、魔石やマナの力に頼りすぎるあまり、純粋な『冶金学』の深淵を知らないのかもしれない。

「……悪くないな」

思わず口元が緩む。

「おいおい、ハズレだって言ったじゃん。強がり?」

「いいや。鉄ってのはな、武器になって人を殺すだけじゃない。鍋になって人を養い、農具になって大地を耕し、橋になって人を繋ぐんだ。文明の骨格そのものなんだよ。……鉄を操れるなら、俺の現場知識と経験が丸ごと活きる。最高のスキルだ」

職人としての誇りを胸に断言すると、ルチアナは「ふーん、変わった奴」と缶ビールを飲み干した。

その時、部屋の隅に置かれていたルチアナの魔導スマホから、陽気なアラーム音が鳴り響いた。

『ピピピピッ! ♪〜月は迷わない〜暗闇の中で〜♪』

「ぎゃあああっ!? もうこんな時間!?」

画面を見たルチアナが、血相を変えて飛び上がった。

「ヤバいヤバいヤバい! 今日の夕方から日本の福岡で、推しの朝倉月人君のドームツアー初日なのよ! 神界出張枠の時空ゲート使って物販待機列に並ばなきゃいけないのに! 新曲の『月は迷わない』のうちわがまだ完成してないぃぃぃ!」

「はぁ!? 福岡!? ドームツアー!?」

「というわけで鉄平君! 説明は以上! じゃあ異世界で適当に頑張ってねー!」

「おい待て! 転生先の情報とか生活費とか、もっと教えるべきことがあるだろ――」

ルチアナはコタツから飛び出すと、履いていたイボ付きの健康サンダルを右足に構え、美しいフォームで腰を捻った。

「月人君のためなら神界予算も投げ出すのが私のジャスティス! とぉぉぉりゃああああっ!!」

ドゴォォォォォンッ!!

「ぐへぇぇぇぇっ!?」

容赦のないフルスイングの踵落としが、俺のケツにクリーンヒットした。

衝撃波と共に足元の畳が砕け散り、出現した漆黒のブラックホールへと真逆さまに吸い込まれていく。

「てめぇええええええええええっ! せめて転生支度金と慰謝料を置いていけええええええええっ!!」

俺の魂の絶叫は、次元の歪みの彼方へと虚しく消え去っていった。

* * *

【マンルシア大陸 ルナミス帝国辺境・ララサ村】

「うぐぅぅぅぅんっ! ふんぬぅぅぅぅっ!!」

「アリア! そうだ、いいぞ! 闘気を下腹部に全集中させるんだ! 気脈を回せェッ!!」

木のぬくもりがある質素な民家の分娩室で、元S級冒険者の僧侶アリアが、寝台の鉄製フレームを素手でグニャリとひん曲げながら絶叫していた。

その横で、丸太のような腕をした大男――元S級冒険者の大剣使いガリンが、妻の手を握りしめながら部屋全体をビリビリと震わせる大音声で鼓舞している。

二人が発する凄まじい生体活力『闘気(オーラ)』の奔流により、室内のランタンの火が激しく明滅し、丸太小屋の壁がきしむ。

そして――。

「オギャアッ! オギャアッ! オギャアアアアッッ!!」

夜のララサ村の静寂を吹き飛ばすような、驚異的な声量の産声が響き渡った。

「産まれたぞ……! アリア、良くやった! 俺たちの息子だ! なんという力強い産声だ、生まれた瞬間からすでに闘気の片鱗が漏れ出しているぞ!」

ガリンは顔を涙と鼻水でぐしゃぐしゃにしながら、血塗れの赤子をその剛腕で優しく抱き上げた。

「はぁ……はぁ……あなた……無事でよかった……」

アリアが汗に濡れた金髪を払い、疲労の色を浮かべながらも、慈愛に満ちた聖母の笑みを浮かべる。

「男の子ね……名前は、どうしましょう?」

「そうだな……歴史に名を残した偉大なる勇者たちにあやかって、『リオス』というのはどうだろう? リオス・クルセイダー! 世界を切り拓く男の名だ!」

「リオス……ええ、とても力強くて素敵な名前だわ。いらっしゃい、私たちの可愛いリオス……!」

両親が涙を流して抱き合う、あまりにも感動的で温かな誕生のワンシーン。

……だがしかし。

抱き上げられている赤ん坊――リオス(中身:戸田鉄平、25歳)の脳内は、天変地異レベルの大パニックに陥っていた。

(はぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?!?!?)

自分の視界いっぱいに広がる、異常にちっちゃくてプニプニしたピンク色の両手。

言葉を発しようとしても、口から出るのは「あぶー」とか「オギャア」という情けない幼児音のみ。

(嘘だろおい! 転生って、まさかのゼロ歳児・赤ちゃんスタートかよおおおおおっっ!?!? 普通はもっとこう、十五歳くらいの都合のいい美少年に乗り移るとかじゃないのかよ!?)

しかも、目の前にいる父親の筋肉はもはや人間をやめているレベルで盛り上がっており、母親の手からは高位の回復魔法の光がバチバチと漏れ出している。両親の放つプレッシャーだけで、地球のプロ格闘家が気絶するレベルの超人夫婦だ。

(待て、冷静になれ。俺はこれから、この規格外の脳筋夫婦の元で、赤ん坊としてオムツを替えられ、離乳食を食わされながら育つのか……!?)

絶望と理不尽に打ちのめされた赤ん坊は、天を仰ぎ、ちっちゃな拳を夜空の神界へ向けて全力で突き上げた。

「オギャアアアアアアアアアッッ!!(今すぐ慰謝料耳揃えて振り込めぇぇぇぇ! この小豆色ジャージのクソ女神があああああああっっ!!)」

前世の鉄鋼マンとして培った、鋼鉄の冶金工学知識。

神から押し付けられたハズレスキル【アイアン】。

そして、元S級冒険者夫婦という規格外すぎる遺伝子。

後に帝国全土を影から掌握することになる『鋼鉄のフィクサー』リオス・クルセイダーの、波乱と受難に満ちた異世界スローライフ(予定)は、こうして怒号と産声と共に幕を開けたのであった。

読んでいただきありがとうございます。

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