放課後の教室での話
僕は授業が終わるとすぐに帰るのが通常運転だ。だから今日は通常運転ではないのだ。放課後の教室に残るのは課題が終わらない奴とか、話好きで友人たちと残っている奴ぐらいだ。
こんなところに残らず、僕もすぐ帰路に付きたいが、それを許してくれそうにない。俺の目の前では久米と女子が話しているのだ。そしてその女子の方が視線を久米から僕に向けてきた。
「ねぇ、話聞いてる?」
俺はもちろん正直に答える。
「聞いていないな」
「あんたって本当に人の話を聞かないわよね」
「聞かないわけじゃない。ただ聞いた話を左から右へと流していただけだ」
「それを聞いていないって言うのよ。だってなんの話をしていたのかも知らないんでしょ」
「確かに知らないな」
久米と僕以外のもう一人。この女子の名前は腰越冷子。僕の幼馴染でうるさい人。クラスが違うため、最近のことはあんまり知らないが、確か成績は優秀で教職員からの評判もいい奴だった。
一年の頃は僕と久米、腰越は全員が同じクラスだったからよく三人で話すことが多かった。そしてそれはクラスが変わった今でも続いているというのが現状。僕としてはこんな集まりはどうでもいいので早く帰らせて欲しい。
「はぁ…相変わらず、あんたは変わらないわね」
「そうか?」
「変わってないわよ。昔から」
「そうか」
僕としては別に変わらないようにしようとか思っているわけではないんだが。
「そう言うば、あんたたちよく話しているわよね。何のこと話してるの?」
腰越からの質問に答えたのは久米だった。
「最近は…長倉姉妹についてぐらいだな。逆にそれ以外のことはほとんど話してないな」
「え、あんたって長倉姉妹に興味があったの!?」
「別に興味がないが、なんでそんなに驚く?」
「だってあんたが人に興味を持つことなんてあんの!?」
こいつのこの驚きはかなり失礼だと思うが。僕だって一人の人間だ。もちろん感情だって存在する。
「…あるか、ないかで言ったらあるだろ」
「そ、そうなんだ…さすがに驚いちゃった」
腰越との付き合いはこの高校に通う生徒の中で一番長い。そんな腰越が僕のことを感情がない人間だと思っていたことに少し傷つく。傷付くと言っても別に数秒後には気にならなくなるんだが。
「冷子だって長倉姉妹の噂は耳にするだろ」
「そうね。あれだけ美人な姉妹だと嫌でも注目をあびちゃうから。でも、最近同級生の男の子と付き合いだしたみたいな話があったわよね」
「そうそう、名前は確か、井野正寛だったと思うぞ」
「そんな名前だった。それにしてもその井野くんも不幸よね」
僕は腰越の発言の一部分が気になって、珍しく質問してみることにした。
「不幸とは?」
「…これはあたしのクラスの子たちが言ってたんだけど。あの姉妹のファンクラブの人たちが井野くんと姉妹を引きはがそうと色々とやるみたいよ」
前に久米から聞いたファンクラブか。他人の恋路にそこまで首を突っ込むとは暇なのか、それほど熱量があるのか分からないが。
「すごいな」
僕の言葉に久米も腰越も首を横に傾けて、凝視してくる。
「だってそこまで時間や労力を掛けるってことだろ。僕には絶対にできない芸当だからな」
「まぁ…吉川には無理かもな」
「確かに章彦には一生縁遠い世界ね」
こいつらも僕の性格を分かっているな。
久米もファンクラブについての情報を色々と仕入れるために、話を聞いているらしい。
「久米くんも章彦と付き合えているだけであって、おかしいわよね」
「こいつと一緒にして欲しくはないが、褒め言葉として受け入れさせてもらう」
どう考えても今のは悪口だと思うがな。
「だが、ファンクラブのことはそれなりに有名になっているから、そろそろ《《生徒会》》が動き出してもおかしくないな」
久米の言葉を聞いた途端、腰越の顔が少し曇った。
「…生徒会…」
生徒会…?
そう言えば、僕はあんまり生徒会のことを知らないな。生徒会選出の選挙とかはあったけど、もちろん自分には関係ないのでほとんど聞いていなかった。
「生徒会が何かするのか?」
「何かするのかは分からないが、生徒会であれば何かしら手を打ってもおかしくないな」
「そうね。うちの生徒会は治安維持部隊みたいなところがあるからね」
え、うちの生徒会ってそんな物騒な奴らだったのか。今までほとんど気にしたことがなかったけど、目に付けられないようにしないと。
「ここの生徒会ってこんな感じなの?」
僕の言葉を他の二人は信じられないような顔で見て来るのだ。なんだ、その僕の質問がおかしいみたいな感じは。
「あんたって…本当に興味ないわよね。人のことにも自分のことにも」
「まぁ吉川だったら驚かない。もう出会ってそれなりに経ったからな」
こいつらがこんな風に言うということは、うちの高校で生徒会はそれなりに知名度を誇っているということか。
久米は一度ため息をついてから説明を始めた。
「菊花高等学校の生徒会は少し特殊なんだ。うちの生徒会には他所の高校よりも大きな権力が与えられているんだ」
「大きな権力?」
「ああ、例えば教職員と生徒会は対等な関係なんだよ。普通の高校だったら生徒が教師と対等なんて絶対にあり得ないだろ」
「そうだな。確かにあり得ない」
「それがあり得るのがうちの高校なんだ。そしてそこまで権力を持っているのは一重に生徒会長の力だ」
「生徒会長?」
「まぁ…お前は知らないよな。うちの生徒会長は高校三年の帯刀江理香っていう女だ」
その名前を聞いてなんか聞いたことがある気がしたけど、思い出せないということはそこまで重要な人間ではないんだろう。
「お前でもさすがに帯刀っていう名前を聞いたことないか?」
「帯刀……聞いたことがある気がする」
「そうだろう。帯刀財閥だよ。その一人娘がうちの生徒会長。そして帯刀財閥はうちの高校とも密接な関わりがあってな。その娘が生徒会長をしている。その財閥の一人娘という肩書が彼女に権力を与えている。そして教職員も彼女に嫌われることを恐れて、あんまり反対意見を言わない。だから対等というより、下手したら生徒会の方が立場が上かもな」
説明が終わったようで久米はカバンの中から水筒を取り出して、飲み始めた。
へぇ…うちの生徒会長ってそんな有名人だったのか。
腰越も静かに久米の話を聞いていたところを見るに、しっかりと生徒会長のことを知っていたんだろう。
「生徒会長のことを知らない人ってこの高校にいたんだという驚きはあったけど、あんただったらそうよね」
何も言い返せない。
その後は生徒会長の話というよりは、授業のことなどを話していた。僕は早く帰りたかったけど、久米と腰越が逃がしてくれることはなかった。




