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under rain  作者: 亮太 ryota
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第八話 「居場所を求める者達」 chapter 5

 ふらっと外へ出て行ってから中々戻らない黒猫を探しに寒さを覚悟して雑居ビルを飛び出した白猫は、丁度汗に塗れてメイクが少し崩れた状態で全力疾走する吉澤を目撃する事になる。


 通りの縁石に腰掛けて煙草を吹かす黒猫の元に走り着いた吉澤はレジ袋を雑に献上すると、体から蒸気を漂わせてそのまま地べたに座り込んだ。

「ーーギリ間に合っただろ? くそ、コンビニ遠過ぎだろ」

 絶え絶えの息で吉澤は黒猫に確認を取る。命の手綱を握られた哀れな生き物が其処にはいた。かつての悪行や振る舞いが自身に降り掛かってくる事を、彼は心なしか受け入れていたのだ。

「あ? さぁな、時間測ってへんから知らん。それよりお前、炭酸入ってんのにガチャガチャ振り回すなや」

 黒猫は袋からハイボールの缶を取り出しながら吉澤を鋭く睨み付ける。吹き溢れる勢いを強引に流し込みながら、彼は座り込む奴隷に蹴りを入れた。


 白猫は雑居ビルの僅かな庇の下から冷めた眼差しで二人を見ていた。聞くまでもなく黒猫の玩具として吉澤は弄ばれている状況に呆れながら嫌々間に割って入る。彼の心境の変化は友人のホーネットを通じて多少なりとも知っており、慈善活動をしている事こそ予想外にしてもそれだけで芯からの評価が変わる事はない。


「……吉澤、遊んでないで早くそれを届けてあげなさい。あの子達が待ってる」

 道端に放置された寸胴鍋を指差して、白猫は素気なく言い放つ。許す許さないの話に彼女は無関係であるが、決して相容れない存在である事も事実である。

「おい何や、お前はこんなおもろい事になってんの知ってたんか? 知ってんやったら教えろや」

 黒猫はハイボールの缶を煽りつつ、冷淡な白猫に視線を移す。つまみに選ばれたミックスナッツを取り出してセンスの無さに溜め息を溢しつつ口に放り込んだ。


「ホーちゃんから求めてないのに報告が来てたから。言ったってどうせすぐ忘れる癖に何言ってんの」

 白猫は冷たい風を避けるように雑居ビルの入り口へ舞い戻りその場を陣取って、孤児達の細やかな食事に水を差さないように其処に留まった。

「……まぁ、それもそやな。もう飽きてきたわ」

 その言葉通りに黒猫の興味は極寒の月見酒に移行していた。何が楽しくてこの気温の中、外で酒を飲むのか。彼女には全く理解出来なかった。


 団欒の声が外にまでほんのりと漂い、それを聞きながら暫く時間をおいて吉澤は再び二人の元を訪れる。

「白井……いや、白猫。俺からも頼みたい事がある」

 彼は白猫を見るなり、土下座して頭を地べたに擦り付けて懇願する。その覚悟の決まり方はこれまでの人生とはまるで違う物であった。

 子供達にお手製のおでんを配り終えて、白猫からの話を聞かされた吉澤は居ても立っても居られない気持ちになる。

「ーーあんたの贖罪とあの子達を重ねるのは自己満足じゃない? そんな事をしたって罪は消えないし、半端な覚悟なら何をしたって邪魔にしかならない」

 白猫の視線はカッターナイフよりも容易に人間を傷付ける程に鋭く見えた。言葉一つ一つが正しく鞭打ちに等しく、心の奥底を見透かされたように息苦しさが胸の内に募り募る。

 それでも土下座の姿勢は一切変わらず、何度でも彼女へ懇願し続ける。偽善でしかない事は端から彼にとっても自覚があった。

 福井に対して行った所業が善行の積み重ねで帳消しになる事はあり得ない。抵抗出来ない相手に好き放題したその報いは、黒猫や白猫にされた事を差し引いても余りある。孤児に細やかな食事を振る舞う程度で薄まる罪ならば、彼は此処までの行動すら何も出来はしなかった。

「福井にした事も、それだけじゃない……今までの俺がやってきた事も。全てを生きている限り背負うつもりでいる。俺が許される為にじゃない、過去の自分を否定したいんだ」

 吉澤はありのままに思った言葉を並べた。傷付けてしまった心を補う物は存在しないのかもしれない。それを無理に埋め合わせた所で何もかも歪に拗れるばかりである。ならばどうする事が出来るのか。罪を贖う事は一体誰の為にするのか。

 足りない頭で何度も思考の堂々巡りを繰り返した中で、彼は自分自身の生き様を否定する事を思い付く。許されなくとも、志半ばに殺されようとも、今までは目を逸らし見ようともしなかった事に痛みを堪えて自ら手を伸ばす。

 言葉通り、許される為ではない。其処にだけは確たる信念を持って、宛ら胸さえ張って宣言出来ると彼は強く思う。


「ーーどんな生き方しようが、我がでケツ拭く限り自由やろ。なぁ、白猫。そのアホの好きにやらしたったらええねん」

 黒猫はハイボールの缶を大きく煽って空にすると、土下座したままの吉澤を見下ろす白猫に諫言する。正義も悪もなく、彼らは只のやくざ者である。

 白猫の真意には毛程も興味はない彼は、何かを考え込むような素振りを見せる事に疑問しか浮かばない。

「ーー吉澤、あんたが何処まで話を聞いたか知らないけど、私達は仕事である限り手心を加えるつもりは一切ない。犬死にしたって、誰も責任は取らない。それを承知するなら、あんたの願いを聞かないでもない」

 暫く黙り込んだ白猫は最後通告で吉澤を問い質す。命の補償はしないと言う宣言を聞いても、土下座したままの吉澤は意思を変えないようだ。

 居場所を追われるばかりの弱者を救う為に、命の危険を省みず過去と決別する一歩としてそれを受け入れる覚悟を見せる。

「間違った人間が傷付くのは仕方ない。でもあいつらは違う。受けなくてもいい傷なら、間違った俺が引き受ける。死んだらそれまでだ。覚悟は出来てる!」

 薄汚れた額を上げて、白猫と黒猫を見上げた吉澤は真っ向からその意志を宣誓する。その眼差しだけはかつての彼とは違って、芯の通った男の揺るぎない信念に感じられた。

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