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under rain  作者: 亮太 ryota
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第七話 「凍雲に眠る」 chapter 2

 凍える午後の空気を仇のように恨めしく感じながら、少ない人通りをずかずかと黒猫は歩く。風に煽られる粉雪は地面に落ちるとすぐに消えて、後には無数の染みしか残らない。

 煙草のストックがなくなり気乗りしないものの我慢する事も出来ず、道行きながらの最後の一本を燻らせて早足に街を行き過ぎる。繁華街に突き当たる交差点を曲がり、煙草屋に辿り着くその手前の陸橋が見えた所で橋の上に人集りが出来ている事に気付いた。

「ーー世界に愛を! 人は皆、愛の元に平等なのであります! 世界に点在する、恵まれない全ての同胞にどうか清き貴方方の恵みをお分け下さい!」

 野太い声や甲高い声、年齢性別織り交ぜたその集団は静かな町並みで高らかに声を張り上げる。物悲しげな表情を浮かべる子供の写真を首から提げて、その意味深な視線は何やら訴えたい様子であった。

「煙草美味しそうだな、お兄ちゃん。こんな寒い日に何処に行くんだ?」

 前の人集りに気を取られていた黒猫は、不意に横から壮年の男に声を掛けられた。見ず知らずの赤の他人は紙の束を腰に抱えて、道を遮るように付き従ってくる。

「あぁ? 何やおっさん、気安く喋ってんなよ。しばき回すぞ」

 黒猫は不機嫌さを開けっ広げに顔に出しながら太々しいその男を一瞥する。義理人情の欠片も彼は持ち合わせてはいない。この手の馴れ馴れしい人間にまともに付き合うつもりは一切なかった。

「まぁそう言うなって、煙草っていいよな。俺はもう随分前に辞めちまったが、今でも偶に吸いたくなるんだよな」

 豪胆な男は尚も追い縋り、黒猫のすぐ隣を付き纏う。聞いてもいない昔話に勝手に花を咲かせて、一秒毎に彼の気分を害し続けた。

「……おい、鬱陶しいねん、付いてくんな、何か用でもあんのか?」

 苛々が一定値に達した黒猫はその場に足を止めて、一際ドスの効いた声で男を睨み付けた。彼のボルテージは最早表面張力で耐えるばかりの状態になる。往々にして年を重ねる程に年下の相手を格下と見る傾向が強くなり、例外なく目の前の男からもそれを感じ取った。

「お兄ちゃん、深淵なる愛の集団って知ってるだろ? 俺はその信徒でな。恵まれない同胞を助けると思って募金してくれよ」

 遠い記憶の中で、何時ぞや聞いた宗教団体の名を男は口にする。金にならない事を承知の上で、殺意を漲らせていた黒猫は突如急速に萎えていく。

「あぁ、お前、あれやな。あのクソ宗教か、怠いねん。死にたなかったら消えろ、めんどくさい奴の相手してられへんわ」

 羽虫を払う手振りで黒猫は再び歩き出す。陸橋の階段は粉雪で滑り易くなっていた。グリップの効かない足許は下手をすれば、命に関わる大怪我の原因にさえなり得た。

「煙草に金使えるんなら、ちょっと人を助けるくらい安いもんだろ? お兄ちゃんだって、愛の尊さを知らない訳じゃあるまい。ほんの少し恵んでくれればそれだけで愛の信徒になれる!」

 男は性懲りもなく黒猫の後ろをどたどたと階段を上がり始める。滑らかに口から溢れ出す狂気の発言は止め処なく、漸く下火になっていた怒りに次々と薪が焼べられていく。

「黙れや、喋んなって、クソ乞食。ええか? そない金欲しいんやったら、募金集めるよりまず働けよ。我がの身銭で助けたったら全部済む話やないか」

 振り返った黒猫は男の胸倉を鷲掴みにして、最も正当性のある意見を叩き付ける。金が必要になった時に、まず何より先にするべき事を目の前の男は既に放棄しているのである。

「愛を知らない哀しい目だ、お兄ちゃん。募金どうこうよりも、お兄ちゃんの行く末が心配になってきた。深淵なる愛の集団に入るといーー」

 喧しく吠えていた男は黒猫の暗い相貌を見つめて、人が変わったようにうわ言を呟く。自身の狂気を棚に上げて、哀れみを浮かべたそれに堪忍袋の緒が切れる。

「ーー余計なお世話や、カス」

 黒猫は聞くに耐えない男の言葉が終わる前に、その顔を殴り付けて階下に突き落とした。粉雪で湿る階段は男の体を踏み留まらせず加速させて、硬いアスファルトへ男は派手に打ち付けられる。

 非常事態に遅れて気付いた周囲の群衆の悲鳴を背中で聞きながら、黒猫は煙草屋へと歩いた。陸橋の上で乞食活動に明け暮れている人集りはそれすら耳に入らず未だ変わらず無知蒙昧な声を張り上げていた。


「ーー所で白猫、中学校の件はどうなってるんだ? 校長から連絡が来て依頼の取り消しにはなったが、報酬金は一部だけ振り込まれた。あの馬鹿に任せた手前、きっちり仕事分の金は回収してるようだが、詳しい話は何も聞いてないぞ」

 銀猫は蚊帳の外から居心地の悪い女子トークで盛り上がる二人に話を振る。自身を棚に上げて、説明責任を黒猫へ完全に押し付けていた。

「元々あいつに学生なんて、更々無理な話だったんですよ。知る限りまともに通学してなかった筈だし、来てもトラブルしか起こしてなかったですから」

 白猫は朱雀お手製のアルバムスライドショーを一旦切り上げて、それまでの苦労の日々を振り返った。セーラー服を着て学校に通う生活はとても新鮮で、彼女にとっては割と楽しい時間ですらあった。

 黒猫という存在の世話さえなければ、校長の依頼の全ては到底無理でも多少の遣様もあった。スーパーヒーローは難しくともあの中学校に蔓延る問題に対して、黒猫とは違う解決法を彼らに提案出来た筈である。

「まぁそれでも、あいつなりに仕事はしたんでしょう。校長の要望を、ほぼ無視してましたけど」

 事の顛末を簡潔に伝えて、白猫は話を締め括った。悪役に準ずる彼の生き様はある意味破滅的で見ている側が虚しい気分になる。空になったマグカップは温もりをとうに失い、その陶器の冷たさは彼女にとって凶器と同じに思える。

 黒猫本人を除いた欠席裁判はもう暫く続いて、薄曇りの空は何処までも灰色でその様は憂鬱に漂っていた。

 静謐な寒さが弱肉強食の世界を支配していく。

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