第六話 「翼を捥がれた鳥」 chapter 12
優しい拷問が始まって約二週間。吉澤は完全に廃人となる程に心と体を弄ばれ、手下を含めた五人の下半身には筋彫りが完全に終わった刺青が姿を見せて、発端となった少女は顔に厳つい刺青を掘られた上に髪を丸刈りにされていた。
「中学生のあそこが象さんだなんて、食べちゃいたいくらい可愛いと思う! シロちゃんのセンスには惚れ惚れするわ」
ホーネットは日課の過激なプレイを一旦休憩して、項垂れる中学生達の下半身を依然衰えない欲望の眼差しで眺めている。同意を求められた白井は渋い顔でそれを否定する。
「脅迫されてたとは言え、楽しんでた事に変わりないのは確実。今後のこいつら次第じゃ、ホーちゃんの玩具が増えてくから今は我慢して」
主導者ではない彼らにほんの僅かでも情状酌量の余地があるとすれば、この刺青が最低限の懲罰である。過ちは二度と取り戻す事は出来ない。彼らが今後どう生きるかで、この境界線は簡単に踏み躙られる。
「あぁ、ムラムラしてきたからヨッシーの所戻るわ! シロちゃんも今日までお疲れ様ー」
クールタイムに五分程しか掛からない彼の絶倫振りには白井も流石に驚きながら、大きなその背中を見送り彼女はガレージを出て清々しい朝日を見上げた。息が白く霞む冷え込む空気に、白井は巻いていたマフラーへと顔を埋めた。
同じ頃。眠気を噛み殺すように欠伸をかまして、黒川は朝の通学路をだらだらと歩く。煙草を燻らせつつ周りから浮き彫りにされた学生服姿に、周囲の人間は目を逸らして無関心に行き過ぎる。
白井から石川や長野の様子を見てくるよう言い付けられて、決して乗り気ではないもののやる事もない彼は学校へと向かっていた。
久々に登校した矢先に問題を起こし、それを咎めようとする教員達を撒いて優しい拷問を眺めていた。次に顔を合わせば何を言われるかは想像に難くない。特に校長は眉間の皺の本数まで簡単に想像出来てしまう。
それでも黒川には教育係の指示とは別の目的があった。校長と付けておかなければならない重要な話をするべく、堂々と校門を通り学校へと入った。
「ーー黒川君、君とはしっかりと話し合わなきゃいけない事があります。校長室で話しましょうか」
廊下を歩く黒川を見つけた校長は待ち伏せていたかのように、彼を見つけると道を塞いで自らの聖域に誘い込んだ。
「……ちょうどええわ。俺もあんたと話せなあかんなと思っててん」
黒川は少し怒りを滲ませた校長の円な瞳を睨み付けて、誘われるままに校長室へと足を踏み入れた。木の香りに包まれる厳粛な佇まいの中、登校初日と同じく不穏な空気の中二人が向かい合う。
「吉澤君達数名がこの頃登校していないんだけど、もしかして黒川君は何か知っているんじゃないですか? あの日も、また彼らと揉めてましたよね?」
校長はまるで取り調べでもするように、黒川の事を疑って掛かっている。無論言うまでもなく黒川達が原因ではあるが、それを黒川が認めない限りは確たる証拠を持ち合わせていない彼女にはどうしようもなかった。
「なぁ、聞く相手間違ってるで、俺がそいつらと友達やとでも思ってんのか? 腐る程おる手下供にでも聞いたらええねん」
黒川はどうでもいい前座にはまともに答えず、相手に主導権だけは握らせまいと斬り込む隙を見極める。人間関係もとどの詰まり、牽制と抑圧の匙加減でどうにでも立場が変わってしまう。
「勿論彼らには聞きましたが、まるで怯えたように何も話してくれません。貴方が何かをしたのではないですか? 真剣に話がしたいんです。黒川君、私の目を見て、ちゃんと話してください」
静謐な空気に校長の語気は徐々に熱を帯びていく。子供相手と何とも的外れな話の進め方である。虐め問題を解決する為の策すら、彼女が頭を張っている限りは上手く事が進む筈がなかった。
「ーーさっきから聞いてたら、吉澤にはえらい贔屓してるやないか。親が親やと、やっぱ教員も気ぃ遣わなあかんのか?」
黒川は攻め込む隙を見つけて、果敢に本題へと斬り掛かる。確認しなければならない話をするタイミングはこの瞬間だと察知した。
気になっていた事がふと言語化されて、事情に深く踏み込めば踏み込む程にそれは形を鮮明にしていく。
「俺からの頼みや。校長、真剣に話しよや……俺にスーパーヒーローがどうたら宣ってたけど、ほんまは最初から吉澤の本性に気付いてたんちゃうか?」
校長は予想し得ない切り返しに、沈黙を持って彼を見つめる。核心を突かれた、そう解釈する方が自然な程に彼女の表情は固まった。
「虐めで自殺した生徒がおって、その調査をしたあんたが、もっと言うたらあのアホをもっと近くで見てた他の教員が、何も知らん筈がないやろ。考えたら分かる話や」
吉澤はあくまで中学生であり、やくざ者の真似事をするだけの悪に被れた小市民に過ぎない。小さな社会のカーストで支配している気になっていただけの存在に、他の生徒達ましてや教員を完璧に騙す事など不可能である。
「分かった上で親の事もあるから黙認して、それでも調子付いたアホは何とかしたかった。せやから俺みたいなんを、態々回りくどく転校生として迎えた。大方そんなとこか?」
黒川は黙ったまま話を聞く校長に、反論の余地を残してソファに深く体を預ける。挑発に乗って相手が墓穴を掘る事を促す彼の誉められない裏社会でのスキルが発動する。あくまで推測でしかないが、この問題の根本にある病巣の原因を考えれば自ずと答えは出ている。
「ーー私達教師は、生徒に対して真摯に向き合う為に日々頑張っています。黒川君、貴方は考え方が根本から拗れているように思えます」
長い沈黙を破って彼女の口を衝いた言葉は、ありふれて当たり障りのない大人としての常套句でしかない。何ともつまらない回答に黒川は鼻で笑う他なかった。
「まぁ認める訳ないわな、腐っても建前は大事や。スーパーヒーローを求める奴が、必要悪を容認してるとややこしい話になってまうから」
捲し立てるように相手を肯定して、その上で黒川は校長を望む方向へ誘導するように追い詰めていく。そうやって論戦の中で綻びを弄り回して、あたかも非を認めるように差し向けていった。
「必要悪だなんて、虐めはなくさなければならないものです。その為にも貴方にはスーパーヒーローになってもらいたかったんです」
ふくよかな顔を悲痛に歪ませて、校長は黒川の目を見た。分かってくれ、そう嘆願するような姿に思えた。何処までも折り合いの付かない相手であると、そう彼に思い知らせているのかもしれない。
「分かち合うだけが理想やないやろ、ええ年こいてそれくらい分からんか? もうええわ、一生掛かってもお前とは話が合わん事だけ分かったから。吉澤の事は吉澤に聞けや、生きてれば何処ぞで会えるわ」
平行線を辿ったまま突き進むしかない話し合いに黒川は幕を下ろす。裏社会でも逞しく生きていけそうな程に自意識の図太い校長と、最早何も話す事はなくなった。
引き止める彼女の声を無視して、黒川は校長室を出る。短かった学生生活が終わりを告げる。




