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ギャルとボーズと白球と  作者: 野村里志
18/20

一筋の流れ星




「打ったー、一二塁間抜けた!桐国高校、九回の表、先頭バッターがヒットで出塁しました」


 実況の声に熱がこもる。打ったバッターは雄叫びを上げながら大きくガッツポーズをしていた。一塁側の応援席はそれに負けず劣らず激しい盛り上がりを見せていた。


(一本ヒット打ったくらいで大げさな)


 祐輔はマウンドの土を強めに蹴りながらならす。少し甘く入ったとはいえ半分討ち取った打球だった。しかしセカンドが少し反応に遅れたことで、一歩ボールに届かなかった。


(飛び込んで止めさえすれば……一塁に間に合っただろうに)


 祐輔は先程の回で勝負は決まったと思っていた。しかし予想以上の桐国の粘りにより追加点が奪えなかった。そこにわずかながら失望と怒りが生まれていた。


 そしてランナーを一人出したことはまた別の意味をもっていた。先頭バッターから始まるこの回、一人ランナーを出せば四番の坂本に回るのである。これが桐国の選手達の士気をさらに高めていた。


 次のバッターがバッターボックスに入り、バットを短く持ち始める。まだ構えてこそいないがバントをすることは明白であった。


(そんな簡単に……やらせるか)


 祐輔はセットポジションから強く腕を振り下ろす。鋭く曲がるカットボールにバッターはなんとかしてバントを試みる。


(弱い!)


 ボールはフェアゾーンに転がるものの打球の勢いは殺されており、キャッチャー前に絶好球が転がった。


「二つ!」


 祐輔がキャッチャーに指示する。キャッチャーはボールを拾い、すぐさまセカンドに送球する。


「セーフ!」


 しかし一塁ランナーの足が勝り、二塁はセーフ。その後すぐにショートが一塁へ送球したため一塁はアウトになった。


 バントの成功で桐国のベンチとスタンドはさらなる盛り上がりを見せ始める。祐輔はネクストバッターズサークルに入る誠二を見る。その姿は今まで以上に大きく見えた。


(今の打球も……アイツだったら……)


 祐輔は小さく舌打ちして、マウンドに戻る。ここから二人打たせなければいいだけのこと、そう自分に言い聞かせてロジンバッグを触った。




「ファールボール!」


 三塁審が大きく手を広げ、ファールのアピールをする。次で十二球目、鈴木祐輔はこれまでに無いほど粘られていた。


(坂本ほどじゃねえが、俺にも意地はある)


 十二球目の打球もファールにする。ツーストライク、ツーボールから既に八球粘っている。祐輔はその様子に段々と怒りを露わにしていく。


(クソッ。無駄に粘りやがって)


「ボール!」


 外低めいっぱいの球、くしくもその球はボールと判定される。これでカウントはツースリーとなった。

「ストライク!バッターアウト!」


 十四球目の球、ギリギリのボールを見逃すもストライクと判定される。バッターは項垂れながら戻ってくる。


「わりい。出れなかった」

「気にするな。おかげでボールを多く見れた」


 誠二は帰ってくるバッターの背中を叩いて、バッターボックスに向う。今日四度目となる祐輔との対決。おそらく最後の対決になるであろうことを誠二は感覚的に察していた。


(さあ、ここが二度目の勝負だ)


 ベンチで見守る小林は固唾をのんで誠二の打席を見守る。この試合、勝つとしても突破口は坂本以外に存在しない、小林はそう判断していた。




男には~自分の~世界が~ある


例えるなら、


空を翔る、


一筋の流れ星~




 コーラスを皮切りに景気の良いブラスバンドの音が鳴り響く。一塁側スタンドからは今日一番の声援がグラウンドに届けられていた。


(さあ勝負をつけよう。ユウスケ)


 誠二はバッターボックスでゆったりと構える。無理なく自然体で、力みをまるで感じさせないそのフォームはマウンド上にいる祐輔にとって寒気がするほど恐ろしく、大きく見えた。


(良い構えだ。完全に「オン」になってる。もとからこいつは一点への集中力はずば抜けてたんだ)


 小林はこの時すでにこの勝負での勝利を確信していた。そしてそれは反対側に立つ、松井にとっても同じであった。


(二度目の勝負、もらいましたよ。松井監督)


 勝負は一球だった。快音を響かせ、白球は左中間を切り裂き、ランナーはホームへと帰ってきた。







「皆集まれ」


 松井は選手全員をベンチ前に集める。選手達は終盤に一点勝ち越され、追い詰められている状況もあってか全員顔がこわばっていた。


「おい、鈴木」


 松井が低い声で呼びかける。祐輔は静かにうつむいたままであった。


「試合前の質問の答え、今教えてやるよ」


 祐輔ははっとなって頭を上げる。松井は今まで一度も見せることもなかった穏やかな顔をしていた。


「俺の決断は一切間違っちゃいない。この判断に疑いを持ったことなんて一度たりともありはしない」


 祐輔は何をいわれたのか分からず、ただ呆然としている。松井はお構いなしに話を続ける。


「坂本ではなく、お前を二ノ松学院に取ったこと、俺は一切後悔なんてしていない」


 祐輔は予想だにしない言葉に胸が詰まる。


「例え何度やり直すことがあったとしても、俺は自信をもってお前を選択する。この決断は今後一生揺らぐことはない」


 松井はおちついた声ではっきりとそう告げる。


「他の選手達もそうだ」


 松井は続ける。


「俺はお前達を選び、お前達と共に戦ってきた。このチーム作りに一片の後悔もない」


 選手達は皆黙ったまま監督を見つめている。しかし彼らには既に恐怖や不安といったものは存在せず、ただ安心と勇気だけが芽生えていた。


「鈴木、お前はこう言ったな。俺の選択が正しかったことを証明すると」


 松井はまっすぐ祐輔を見つめて話しかける。もはや祐輔の目に余分な感情や想いは含まれていなかった。


 ただ勝ちたい。その想いだけが二ノ松学院をまとめていた。


「じゃあこれぐらいの点差、ひっくり返してこい。春にできなかった甲子園優勝の目標がまだ残っているだろうが」


 選手達は元気よく「はい!」とだけ返事をした。





(流石は名将。このままずるずる負けてくれはしないか)


 小林は二ノ松学院の選手達の顔をみて、選手達に微塵も諦める気持ちがないことを察する。


(木佐貫は強がっているがもう完全にガス欠だ。向こうの打者は既に五巡目、もうとっくに木佐貫の球に慣れているだろう)


 小林はブルペンで待機させている、越智と東野に目をやる。どちらも準備はできているが、下級生二人にこの局面を乗り切れるとは思っていなかった。


(ここまで来たら心の勝負だ。精神的部分で勝っていた方が勝つ)


「こっちは最初から真っ向から力勝負で来ているんだ。今更じたばたすることもねえ」


 小林はそう言って動きたくなる自分の心を律しながら、選手達を見守った。





(ここが正念場だ)


 松井は静かに戦局を見守っていた。九回裏、一点ビハインド。三番からの好打順。ひっくり返す要因は十二分にあった。


(だがあの投手の気迫、それにキャッチャーのリード、そして必死の守備によってここまで流れをつかめずにいた。これは認めようがない事実)


 松井はバッターを見る。カウントはワンストライク、スリーボールと打者有利のカウントであった。


(だが高校野球において度々、九回にドラマが生まれる。それは一回でも負ければ終わりというプレッシャーの中で「守り」に入った瞬間に精神的な優位性を失うからだ)


「ストライーク!」


 カウントはツースリー。しかしバッターには不安や焦りというものは生まれていなかった。


(今、彼らは勝ちを嫌が応にでも意識している。「逃げ切りたい」と。それはすなわち……)


 木佐貫がワインドアップからボールを投げ込む。ボールは「バシッ」という音を立てて、誠二のミットに吸い込まれた。


「ボール!フォア!」


 バッターがガッツポーズして、バットを置き、一塁へ向う。二ノ松学院の選手達は今まで四球に対して大して感情をこめることはなかっただろう。彼らはそういう野球エリートの集まりである。


 それ故これはそんな選手達が初めて喜んだ四球といえる。今文字通り、最強が「必死」になって挑んできていた。


(「弱気」だ。その「逃げたい」「勝ちきりたい」という気持ちがこちらにとっての「追い風」になる!)


 マウンド上の木佐貫は既に肩で息をしている。どう見ても疲労困憊。一方で小林も動く気配はなかった。


 対する二ノ松学院の打撃陣は誰一人、負けるという気持ちは持ち合わせていなかった。ただ勝つ、その一心で戦っており、そのことを微塵も疑ってはいなかった。


(「流れ」が今、二ノ松学院に来ようとしている)


 松井はそう判断し、四番バッターにサインを出す。サインは勿論ヒッティング。バントで送ろうという考えは既に完全に捨てていた。すこしでも安全策をとれば相手に優位性を与えかねない。そしてなにより、二ノ松学院の最強打者にバントさせるという選択肢はなかった。


(さあ行け!二ノ松の四番こそが高校一だと教えてやれ)


木佐貫がセットポジションから投げる。




 鋭い打球音が響いた。


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