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ギャルとボーズと白球と  作者: 野村里志
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17/20

「少しは見直したかよ?」




(あっついな……。今……何回だ)


 バックスクリーンのスコアボードに0が表示される。桐国高校の六回の表の攻撃はまたも0点に終わった。


(まったく、交代がはやいぜ)


 木佐貫は立ち上がり一杯水を飲んでから、マウンドへ向う。途中でプロテクターをつけている誠二の横を通る。誠二は気負った様子もなく、桐国高校の選手の中でも特に落ち着いていた。


(ほんとに……頼りになるキャプテンだ)


 木佐貫はマウンド上にあるボールを拾い、代理で来ている捕手に投球練習を行う。何球か投げた後に誠二がやってくる。


「ボールバック!」


 誠二の言葉で守備陣は練習をやめ、ボールをベンチに返す。ショートは二塁に着いて誠二からの送球を待つ。


「「逃げた!」」


 木佐貫がセットポジションからクイックモーションでボールを投げる。その左腕から繰り出される鋭いスライダーを誠二は難なくキャッチし、セカンドへ送球する。


 矢のような送球がショートのグラブにピンポイントで収まった。同時に観客席からはどよめきと歓声が起こる。


(やっぱり……こいつはすげえな……)


 木佐貫は18メートル離れた男を見ながら昔のことを思い出した。一年生の、野球部に入りたての頃である。


(あいつは……昔から一人だけ違ったな)


 坂本誠二は一年生の頃から異彩を放ってはいた。一年生の段階でチームでは群を抜いて活躍していた。しかし何より異常だったのはその姿勢である。


 まるで何かに取り憑かれたかのように練習をしていた。はじめは何人か触発されて、練習していたが、最後には誰もついて来れずにいつも一人で練習していた。


 木佐貫がその原因に気付くのにそう時間は必要では無かった。夏の甲子園で活躍する、一人の投手を誠二がテレビ越しに見ていたとき、その苦痛に滲んだその顔を見たとき、木佐貫は簡単に察することができた。



 この男はこのピッチャー……鈴木祐輔を見ているのだと



 (その日からだっけな。俺も帰ってから練習するようになったのって。結局あいつは最後まであの鈴木に目を向けっぱなしだったけど)


 木佐貫はバッターボックスに入る二ノ松学院の選手に目を向ける。この回は二番からの打順であった。


(だけどよ……)


 木佐貫は大きく振りかぶってボールを投げ込んでいく。追い込んでから坂本誠二が構えるはインコース。そのミットを構えた位置にいつも以上のストレートを突き刺す。


「ストライク!アウッ!」


 一塁側スタンドから歓声が上がる。木佐貫が今日初めてとった三振であった。


(お前の相棒は……)


 二人目も三振で切って取る。木佐貫のギアを上げた投球に応援席はさらに一段と盛り上がりを見せる。


(俺だろうが!)


「ストライク!スリー!」


 木佐貫はマウンド上で「しゃあ!」と吠えてガッツポーズを作った。その様子に応援席の盛り上がりは最高潮に達し、後半戦はじめの二ノ松学院の士気をおることに成功していた。


「ナイスピッチ」


 誠二が近寄ってきてミットを突き出してくる。木佐貫はそのミットにグローブでハイタッチした。


「どうだい?」

「ん?」



「少しは見直したかよ?」



 誠二は木佐貫の言葉に面食らいながらも、すぐに笑って返答する。


「見直すも何も……最初から信用してるぜ」


 まっすぐそう言ってくる誠二に「調子が良いぜ」といって木佐貫は横っ腹を殴る。


 そしてベンチの後ろ側に座って帽子を深めにかぶり直した。


(まったく……調子のいい……)


 木佐貫は自分の頬をつたう涙を汗と一緒にタオルで拭い去る。


(俺はきっと……)

 木佐貫はバッターボックスに向う大きい背中を見送りながら理解する。


(俺はこいつに認められたくて……野球をやってきたんだな)


 鋭い打球音と共に三遊間を打球が抜けていく。ベンチにいる選手達は総立ちで「ナイバッチー」と叫んでいた。





(まずいな……、ウチの選手が気押され始めている)


 六回、七回の攻撃を無得点に終え、松井は若干の焦りを見せていた。


(鈴木はよく投げている。これ以上点はやらないだろう。しかし……)


 松井はベンチ前でキャッチボールをしている木佐貫を見る。その投球には強い思いが込められているのが分かった。


「あれほどのピッチャーを育てているとは……小林先生も人が悪い」


 マウンド上の鈴木が十個目の三振を奪いベンチへ戻ってくる。


(何か一つ……)


 ベンチ前に選手を集め、松井は指示を出す。八回の裏の二ノ松学院の攻撃は今日ヒットを打っている八番からであった。松井は必ずチャンスが来るから粘り続けろと繰り返し伝えた。


(何か一つきっかけさえつかめれば……)


 松井がそう願いながらグラウンドを見つめる。


 そして、野球の神様はその“きっかけ”を二ノ松学院に与えていた。





(まずいな。今の四球は非常にまずい)


 八回の裏、木佐貫は先頭打者にツースリーからフォアボールを与えていた。最後のボールはストライクともボールともとれる球であったがボールと判定されてしまった。


 今日ヒットを打っているとはいえ下位のバッターに四球を献上してしまうことは野球の流れにおいては非常にまずい展開ではあった。相手に好機を与えてしまうからだ。


 そしてこの好機を逃すような男は名将と呼ばれたりはしていない。


(来た!千載一遇の好機が)


 松井はやっと訪れたチャンスに心拍を早めていた。松井は長年の経験からここが勝負の分かれ目だと理解していた。そしてそれは小林も同様であった。


(キャッチャーがタイムを取ったか……。良いタイミングだ。しかし小林先生は……)


 松井は小林が選手の交代をしないことを確認して、心の中でガッツポースをした。このタイミング、この場面、これ以降投手を代えるタイミングは存在しない。松井はそう確信していた。


(投手交代は監督としての采配の肝。その判断の遅れは致命傷になりますよ)


 松井はネクストで準備する九番打者を呼び出し、そっと耳打ちした。





「監督、木佐貫を代えなくて良いんですか?」


脇に控えるコーチが小林に聞いてくる。しかし小林は動こうとはしなかった。


(俺の感覚では交代がベスト。おそらく松井監督もそう考えている。しかし……)


 小林は木佐貫、そして坂本を見る。


(俺の……野球人としての魂が……続投だと告げている!)


 小林はそう判断し、コーチに告げる。


「責任は俺が取る。今日の試合、木佐貫にやらせる」


 いつになく強くはっきりと明言する小林にコーチはすこし押され気味に頷く。そしてその言葉はベンチにいる他の選手にも伝わっていた。





「監督は……続投みたいだな」


 誠二はベンチを見ながら木佐貫に話しかける。


「さて……どうするかね」


木佐貫はひょうひょうと次のバッターを見る。二ノ松学院の上位打線はその素振りからでも十分脅威が伝わってきた。しかしその打者陣を相手にしても、今日の木佐貫は一歩たりとも遅れをとってはいなかった。


(とはいえ既に百球を超えている。普段の監督なら間違いなく代える場面だが……)


 誠二は監督を視界に入れる。しかし小林はベンチに腰深く座り、決して代えはしないという意思表示が見て取れた。


「打たれてもいい。俺が取り返す。その代わり……」


 誠二は木佐貫の胸に拳を当てて力強く言う。


「逃げるんじゃねえぞ」


 誠二はそれだけ言ってマウンドを後にした。



「プレイ!」


 審判が試合再開のコールをする。誠二は再度データを思い出しながら配球を組み立てる。


(下位打線は出塁重視。特に九番はノーアウトでのランナーは必ず送っている)


 誠二はインコース高めに構える。球種はストレート。左腕の木佐貫から右バッターの胸元に来るクロスファイアでヒッティングなら詰まらせ、バントなら失敗させる算段であった。


 デッドボールの危険もありピッチャーも投げにくいコースではあるが誠二は木佐貫に強気でいけるように仕向け、投げやすくしていた。


(この打者は今大会長打はない。加えて、打球のほとんどが右方向だ)


 木佐貫がセットポジションからクイックモーションで投げ込む。誠二の構えるところへ最高のストレートが投げられた。


(良し!完璧なコース……)


 しかしその時、誠二は視界の端にランナーが走っているのが目に入った。そして同時にバッターが早い始動からスイングを開始しているのを見る。


 一瞬の出来事ではあるが瞬間的に誠二は負けを確信した。


(しまった……)


 カキーン!


 綺麗な打球音と共に打球は左中間を破る。打球が外野を転々と転がっている間に、既に走り出していたランナーは悠々とホームまで帰ってきた。


(やられた……)


 誠二は自分の考えが完全に読まれていたことに呆然としていた。おそらく向こうの監督は自分のことをよく見ていたのだろう。それ故にデータが完全に頭に入っていることもわかっていた。だから初球にインコースを狙ってくることができたのだ。


 三塁側スタンドはうってかわって大盛り上がりをはじめ、一塁側は意気消沈していた。同点になってしまえば二ノ松学院が有利であることは誰の目から見ても明らかであった。


 小林がタイムを取り伝令を送る。それに気付いて内野陣はマウンドに集まった。


(一手遅いですよ、小林先生)


 松井はここで勝利を確信していた。同点になれば選手層の厚い二ノ松学院が俄然有利。加えて木佐貫はここまでかなりの球数を投げてきているのに対して鈴木祐輔はまだ百球にも到達していなかった。


 この考えは大方の意見と一致していた。大番狂わせは起きない。観客もテレビの視聴者も、ひいては桐国の応援席の人間までもどこかあきらめてはいた。


 しかしそうではない者もいた。その筆頭が他でもない監督である小林だった。




「監督曰く、ここが勝負所だそうです」


 伝令から伝えられる言葉にマウンドに集まった選手達は目を丸くした。


「他に何か言ってなかったか?」


 坂本が伝令に来た選手に尋ねる。


「あと『攻め続けろ』だそうです」

「……あいわからずよくわからないな」


 誠二は軽く息を吐き、監督を見つめる。小林はとくに変わる様子もなくこちらを見つめていた。誠二自身、勝負所は先程のバッターだったと考えていた。しかし小林の様子を見ても、微塵も焦る様子もなく、まるでこれが当たり前であったかのように振る舞っていた。


「おいおい、何弱気になってんだよ」


 木佐貫が気楽そうに誠二に声を掛ける。


「逃げるなよ、って言ってたのはお前じゃねえか。それに打って取り返すんだろ?じゃあ俺は最少失点で切り抜けるだけさ」


 木佐貫はいつものようにひょうひょうと言いながら、マウンドにあつまった選手達をそれぞれの守備位置に返す。気分屋である男が打たれたにもかかわらず機嫌が良くなっていることに誠二は不思議に感じていた。


「しゃあ!バッチ来いや!」

「内野ボールファースト!外野は四つな!」


 しかしこれは木佐貫に限った話ではなかった。守備に戻った内野陣もそれぞれ意気を上げていた。それはひとえに誠二の態度を見てのことだった。


(ここまで坂本におんぶに抱っこだ)

(でも今なら俺らにもできることがある)

(ここで俺らが引いてどうする!)


 彼らはここまでの試合、そしてここまでの二年半、誠二に頼りっぱなしであることを自覚していた。そしてそんな状況でも自分たちを一度たりとも責めなかった誠二の、その広い背中に追いつきたくて努力してきた連中でもあった。


 カキーン!


 鋭い打球が三塁線を襲う。しかしその打球が抜けることはなかった。


「アウト!」


 三塁手がすさまじい反応速度で飛びつき、ダイレクトでキャッチする。土にまみれながら三塁手は誇らしげに「ワンアウト!」と叫んでいる。


カキーン!


 またも鋭いライナーが二遊間へ飛ぶ。しかしセカンドが飛びつきキャッチする。


「セカン!」


 二塁ランナーは飛び出しており、二塁に送球しダブルプレーとなった。同時に歓声があがり、三塁側のスタンドからはため息が漏れていた。


(一度目の勝負は乗り切ったか)


 小林はそう考え松井監督をみる。向こうはどこか余裕綽々であった。


「そうだ。余裕に構えてろ。今にその首にかみついてやる」


 小林は帰ってくるナインの表情を見る。選手達は同点に追いつかれたことで逃げ切る体勢からふたたび挑戦者の顔へと戻っていた。


(延長戦なんて悠長なことは言わないぞ。ここで決めてやる)


 九回の攻撃を前に小林は選手達ベンチ前に集める。




 西東京の夏の終わりは、もうすぐそこまでやってきていた。



  

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