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第8話 武将の狙い

第8話 武将の狙い


締め切りと言う絵の納期が済んで、子安家の家臣らが引き揚げてしまうと、

俺は子安どんにこってり絞られた。


「いいかフライド丸、お前が何かをやらかすと全て私の責任になる。

言動には今後、十分気をつけて慎め」

「…は、申し訳ござりませぬ!」


俺は子安どんの足元にひれ伏すと、台所に走って包丁を持ち出した。

そして上半身裸になると、また子安どんの足元に座り込んだ。


「かくなる上は腹を切ってお詫びば…!」


子安どんは笑った。


「切腹とは立派だが、辞世の句はどうするのだ?」

「あ…」

「辞世の句も詠めぬのに切腹などちゃんちゃらおかしいわ」


くそ、俺が和歌も詠めないのを知っていて…。

いつか絶対仕返ししてやる。


「ところで暮れに催される出版社のパーティに行かねばならんのだが…、

フライド丸、お前伴をせぬか?」


子安どんは話題を変えた。


「出版社ち、パーティとは何ね?」

「私に仕事を与えたお上の者だ、その城で慰労の宴が催される。

今までは他の家臣に無理矢理伴を頼んでいたのだが、

誰も行きたがらないので、今度の伴をお前に頼みたい」

「誰も行きたないち…そん宴は楽しなかか?」

「仕事だからな」



そのパーティとやら言う宴のために、子安どんは俺に着物を新しく揃えてくれた。

スーツと呼ばれる、同じ生地で作られた揃いの上下に、

中はシャツという薄手の綿生地で作られた襟付きの着物で、襦袢に相当する。

それに毛織りの外套に、公家のもののような沓、

ネクタイと呼ばれる襟元に飾る細帯だった。


パーティとやらに出かける当日、それを着けたはいいが、

ネクタイとやら細帯の結び方がさっぱりわからず、

子安どんに教えてもらおうと彼女の前に出た。

すると子安どんははっとして、俺をじっと見つめた。


「…変じゃっどか?」

「いや…」


子安どんはちょっと赤くなって、ぷいと顔を背けた。

俺はそんな彼女が可愛くてならず、思わず笑い顔になってしまった。


「どげんね、ちったあ惚れてくれよったとか?」

「いや全然」

「嘘じゃ、そげんあっかい顔しよって」


俺は手を伸ばして、子安どんの赤い頬に触れた。

こんな可愛らしいおなごに触れる事が出来るのも、あの肥えた殿のおかげか。

なんとも皮肉な事よ。


「やめんか、お前はいつもそうやって男をたらし込むのか。

私は女だ、そんなのちっとも効かんぞ」

「なら、こういうのはどげんね?」


俺はそのまま子安どんを抱きしめて、彼女の唇を奪って軽く吸った。


「おいは子安どんが可愛いて可愛いてならん。

惚れて欲しか、寝所に召して欲しかっちゅうとは当然ん気持ちじゃっど」


あん戦国の世でむさ苦しいおっさんらの首なんぞ取ってる場合やないで、これは!

あんなきっしょい首とかどう考えても要らん、再利用も出来へんただのごみや。

俺は狙うべきもんをすうごい間違うとった、

狙うべきは子安どん、たったひとりのおなごの心やったんや。


「私はお前に惚れんし、寝所に召す事もない」


子安どんは冷たく言って、俺の腕をすり抜けた。

俺はそれを捕まえようと、もう一度彼女を抱き寄せた。


「なして、おいが隼人ん男やなかからか?」

「違う」

「主君と家臣じゃからか?」

「それも違う。別れがわかっている者など愛するアホはおらぬ」

「あ…」


…そうだった。

戦国の世とこの「ねお薩摩」、俺と子安どんは住む世界の異なる者同士なのだ。

流されてここに来た時のように、自分の意志で移動できる訳ではないのだ。

もしかすると、いつかまた戦国の世…別の世界に移らされるかもしれないのだ。

俺は彼女にとって時の旅人、通り過ぎて行くだけの存在なのだ。

彼女にそう思われるのは、なんだかすごく淋しいな…。



子安どんがネクタイなる細帯を結んでくれ、

俺たちは城の前から、鉄製の自走する車に乗った。

もう夜が始まっていて、ねお薩摩の森は光に包まれていた。

めかしこんだ子安どんの隣で、車の窓から糸を引いて流れる光を見つめながら、

俺はいつまでこのねお薩摩に、子安どんの側にいられるのだろうと思った。


パーティなる宴は、ねお薩摩の中心部にある、

子安どん曰く「ホテル」という巨大な宿屋の広間で行われていた。

集まった人たちは皆、俺や子安どんみたいに着飾っており、

広間のところどころで小さな固まりを作って、何やらおしゃべりをしているらしかった。


「成富先生」


飲み物の入った、びいどろの背の高い盃を手にした、

小太りのおっさんが子安どんに話しかけて来た。


「成富…成富て何ね?」

「成富信(なるとみのぶ)、漫画を発表する時の名前だ」

「くそ、兵庫ん使いか」

「成富茂安は一番好きな武将だ」

「改めえ!」


俺は子安どんの腕にかぶりついた。


「嫌じゃあ! 嫌じゃ、嫌じゃあ! 改めてくいやんせ!」

「何を改める必要がある」

「改めんか、頼むう! 子安どんが一番好いちょっ戦国ん武将はこん俺!

し…いや、フライド丸! こんフライド丸じゃっど!」

「これは新しいアシスタントの方かな、成富先生」


おっさんは俺を見てくすと笑った。


「あ、これはとんだ失礼を…うちの新しいアシスタントの者です。

どうかお気になさらず。それより今の連載が終了したらの事なんですが…」

「どこか二人きりになれるところでゆっくり聞こうか」


おっさんは子安どんを連れて行ってしまった。

子安どんも子安どんだ。

おっさんの腕を掴んで、べったりと絡むように体をくっつけている。

もう我慢ならん!

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