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第33話 ノッキング・オン

第33話 ノッキング・オン


あ…そうか。

揚弘の想い人はもう死んで、天界の人になったのだ。


「その人と一緒にいられるなら、俺は喜んで死ぬ」


だから死に無頓着でいられるのだ。

俺とは反対なのだ、俺はこの「ねお薩摩」で生きる事への執着が湧いた。


俺たちは支度をしてその病院とやらへと出かけた。

子安どんは家におらず、どこかへ出かけているらしかった。

俺は刀を大きな布でくるんで、提げるための紐を付け、

外からわからないようにと服の中に隠し持った。

それからこないだ配布された拳銃も弾がまだ残っている、懐に入れた。

揚弘がそうしないと面倒臭い事になると教えてくれた。


病院は家から歩いて行ける距離にあり、周りに緑が多く、大きくきれいな白亜の建物だった。

戦国の世界の診療所は狭く、汚いところだったし、野戦の診療所となればなおさらだった。

俺と揚弘は刀を隠しながら、病院の庭の一角に備え付けられた長椅子に座って、

自販機なる無人の売店で買い求めた果物汁を飲みながら、扉の出現を待った。

俺たちのいる場所は灰皿があって、たばこを吸う人たちが次々に集まって来る。


「フライド丸よ…俺らどう見ても、あやしい日本語話すあやしいもんやで」

「そんなん勝手に思わしとけばよか。ところで…じゃん!」


俺は外套の物入れ袋から、子安どんのたばこと火付けを取り出した。

台所の机の上にあったやつを持って来たのだ。


「ちょっ、フライド丸お前たばこ吸うんかいな」

「おいは大人ぞ、おまんよかずうっとずうっと大人ぞ。たばこぐらい吸うと」


俺は例のアホなおとんがたばこは嫌いだったから、戦国では吸わなかったけれど、

初めて子安どんを抱いた夜、子安どんがたばこを回してくれて以来、

俺は時々こっそり子安どんのをくすねて吸うようになった。


「てかハイライト…子安っさんもきっついの吸うなあ、おっさんかいな」


俺はたばこをくわえて火を点けた。

そうして少し吸ってから、たばこを親指と人差し指で持ち、それを揚弘に回した。


「俺?」

「子供やからいけんか?」

「俺も一応大人やで、今年で23やし」

「えっ、そげんなっとか? まだ二十歳前くらいち思もちょった」


揚弘はたばこを奪うように取って、勢いよくふかし始めた。

俺はその様子をしばらく眺め、それからふと建物の窓に目をやった。

建物の中には顔の濃い女が歩いていた。


「あ…」

「どうした?」


揚弘も俺と同じ方を向いた。


「子安っさんや、なんで病院おんのやろ」

「ほんまや、誰かん見舞いか何かじゃっどか」


俺らが病院にいる子安どんの姿を不思議に思って、あれこれ言い合っていると、

敷地の奥の方の木立の中が白く光った。


「来たでフライド丸」

「井伊どんほんまに来たわあ…」


光は四角を形作り、四角は白い今様の扉にだんだんと姿を浮かび上がらせた。

そして扉はぱかりと開いて、中から井伊どんの「ぞんび」が出てきた。

俺たちは椅子から飛び上がって、井伊どんの「ぞんび」に抱きついた。


「うわん、井伊どんの『ぞんび』待ってたわあ!」

「逃がすなフライド丸! 死守!」

「お前ら! 確か島津豊久withフライド丸のお笑いコンビ、『ねお薩摩サイバーパンク』!」


井伊どんの「ぞんび」は俺たちに抱きつかれて、びっくりして目をくりくりさせていた。

島津豊久…そうだった、井伊どんの「ぞんび」の前で揚弘は「島津豊久」だった。

これは気をつけないと。


「『うぃず』て、『こんび』て、何ね井伊どん? 昆布の仲間か?」

「『with』は『〜と〜』、『コンビ』とは『二人組』の事ぞ! …と、俺も仕事で最近覚えた。

ええい! 仕事の邪魔をするな、もうすぐ新しい仏様が肉体なる枷から解放される…!」


井伊どんの「ぞんび」は、俺たちを振りほどこうと必死に体をよじった。


「嫌やあ! 井伊どんの『ぞんび』行かんといてえ!

頼みがあんねや、井伊どんの『ぞんび』にしか頼まれへんねや!」

「『ぞんび』、『ぞんび』言うな! 俺は成仏した! 仏様だぞ!」

「頼むう! 俺らを戦国の世に連れてってえな! 嫌やて言うんなら化けて出たるう!

連れてけー、連れてけー、戦国連れてけー!」


俺と揚弘も死に物狂いで、井伊どんの「ぞんび」を行かせまいと抱きついた。


「なんで戦国? あんなしょぼいとこ。天界の方がずっと快適で良いのに」

「どげんしてんやらんといけん事あっと、戦国にやり残した事あっと!

じゃから、どうしてん行かんといけんのじゃ! こいは世を異なるおいが心んけじめぞ!」

「何したい?」


井伊どんの「ぞんび」は動きを止めて言った。


「離縁じゃ、前の世で縁のあった者ば離縁しに行っと!」

「いや、その…死ねば縁は切れるであろう。あ、生きているのであったな」

「生きちょっど! とにかくきちんとけじめばつけたいんじゃ、

そいが…戦国が武将の心んあり方っちゅうもんじゃ!」


おし、井伊どんの好きそうな事言うたで。

井伊どんの「ぞんび」はふうとため息をついた。


「…まあいいだろう、私もこの後戦国の世で仕事がある」

「ほんま? おおきに井伊どんの『ぞんび』! 大好きやあ!」


俺は井伊どんの「ぞんび」の首筋にしがみつき、頬に唇をぺとぺとと押し当てた。


「あんな、井伊どんの『ぞんび』。戦国にこん男連れてきたいんじゃけど…」

「俺も行くで、アホのフライド丸ひとりじゃすぐに殺されてまう」


揚弘が井伊どんの「ぞんび」から俺を引きはがした。


「よかろう、二人一緒でないと嫌とは、さすがお笑いコンビ。

戦国での仕事は少々時間がかかる故、芸も磨いて来るが良い」


それから間もなく、病院の建物の壁から青い光が通り抜けてて出、

井伊どんの「ぞんび」はその光を出迎え、引導を渡して、白い今様の扉へと誘った。

俺と揚弘もその後に続いて扉をくぐった。

天国への扉をくぐって、俺たちは生を離れた。

死後の世界へ、経由して戦国の世界へ。


扉の向こうは階段になっており、俺と揚弘の生身の人間二人は、

ひいこらひいこら言いながら、白く長い階段を上って行った。

井伊どんの「ぞんび」と新しい仏様は死人だから、楽々で、

階段の上から俺たちを見下ろして笑っていた。


「くそ、井伊直政め…帰ったら子安どんの許へ派遣しちゃるわ!

子安どんに撃たれて百万回け死んだら良か!」


そうして長い階段を上がって行くと、ふわりと甘い香りが鼻先をかすめていった。

一瞬子安どんがそこにいるのかと思ってしまったくらいだった。

香りは上に行くほど強くなり、階段の終わりで最大となった。

その先はどこまでも続く白い花畑だった。

いろいろな種類の白い花が地面にびっしりと植え込まれていた。


「白い花畑…」

「天界へようこそ」


井伊どんの「ぞんび」は俺たちと新しい仏様の背後で言った。


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