第18話 不夜城
第18話 不夜城
「ほんま? 良かか?」
「お前も家臣のひとりと言ったであろう、何を遠慮する」
「行く、行くう! 熱が百度あってん行くう!」
俺は手足を家臣らに持ち上げられて宙に浮いたまま喜んだ。
そしてもがいて家臣らの手から抜け、洗面所に走った。
「…可愛いやつすね」
「なんかいじりたくなるっていうか」
「先生、フライド丸さんて可愛いすね」
子安どんはふふと笑った。
「そうだな…!」
打ち上げとやら子安家家臣慰労の会は、「ねお薩摩」の森で行われた。
この「ねお薩摩」の住民は何か用があると、森に入って用を済ませる。
薩摩の森は夜になると光に塗れるだけでなく、品物も施設も何でも揃っており、
人もたくさん行き交い、まるで祭りのようだった。
違うのは夜も煌煌と明るく、人が歩いている事で、
子安どんが前に歩きながら教えてくれた、
森を構成する四角い灰色の高層建築物の側面に設置された、
看板の「ねおん」なる灯りの鮮やかな色彩が、文字や路地の猥雑さと重なって、
森に膿んで爛れたような退廃をもたらしていた。
俺たち子安家の者は高層建築物の地下にある食事処に入る。
南蛮風の少し格式ある店だった。
子安どんはそこで酒を頼んで皆に振る舞った。
南蛮料理の店なので、酒は泡立つ白い葡萄酒だった。
皆で乾杯をして、背の高い足付きの盃に口を付けてみる。
「…旨い、何ねこん酒は」
酒はぶどうの醗酵した、複雑な、花や果実の合わさったような何とも言えぬ良い香りがし、
それがぷちぷちと弾ける細かな泡から生まれて香っていた。
味は深く、果実の甘みと酸味、ぶどうの渋みの調和が見事だった。
なんという酒なのだろう、なんと素晴らしい酒なのだろう。
南蛮の酒は新し物好きの信長さまが楽しまれていたと言う、
血のように赤い酒ぐらいしか聞いた事はなかった。
この「ねお薩摩」には他にも素晴らしい酒があるのだ。
「シャンパーニュ、お祝いの酒だ」
「『しゃんぱーにゅ』…旨か、旨か、何ちゅ旨さじゃ!」
俺は盃の酒をぐいぐい飲み干した。
「あ、高い酒を! そんなに飲むなフライド丸、破産する!」
おかわりを手酌で瓶から注ぐと、子安どんが盃を取り上げ、
俺の代わりに中身を一気に飲み干した。
「フライド丸さん、シャンパンは炭酸が入ってます。一気飲みはすぐ酔っちゃうす」
「構わん! おいはそげなごときじゃ酔わん!」
「は? フライド丸さん、大阪弁がおかしいすよ」
「もしかしてもう酔ってる?」
俺たちは「ぱすた」なる南蛮麺や、肉の焼いたのなどをたらふく食べ、
食事処を出ると、「ぼうりんぐ」なる重い玉を投げて床置きした複数の的に当てる競技を、
森の四角い高層建築物の一室にある会場で行った。
この競技の記録も電脳で管理されていると、競技の合間に子安どんが教えてくれた。
それから飲み直しと称して別の店に入り、みんなしこたま飲んだ。
そこはもうちょっと強い酒が置いてあり、子安どんや家臣らは、
「かくてる」なる混ぜ酒を頼んだが、俺は何を頼んでいいかわからず、
唯一知っているのが焼酎だったので、それを盃に入れてもらって飲んでいた。
「焼酎ストレートかよ、そんな強いの飲んで明日知らないぞ」
子安どんはけたけたと笑った。
そう言う子安どんこそもうべろんべろんじゃないか。
俺たちは日の変わる頃に駅で解散した。
「ねお薩摩」の「ねおん」がもたらす退廃はなんと楽しい事なのだろう。
このままどっぷりと漬かっていたいと俺は思ってしまった。
駅への途中、酔いつぶれた子安どんを背負って、家臣らと歩いていると、
四角い高層建築物のひとつの前に揚弘を見つけた。
「スーツ」に身を包んでおり、髪を奇麗に整えてある。
石のついた銀色の耳飾りが森の熱なき灯りに反射して光る。
「揚弘」
「あ…フライド丸に子安っさん」
声をかけてみると、揚弘は振り返った。
「あー島津の小さいのだ! 見たかフライド丸、これが今様のイケメンだ!」
子安どんも俺の背中から揚弘を見つけた。
ろれつがあまり回っていない。
「…『島津揚弘』て、戦国武将と同姓同名じゃね?」
家臣のひとりが揚弘の名前に気がついて言い出した。
「同じじゃっど、おいが代わりに戦国時代行て来たんじゃ、
島津が敗走ん時、殿ば務めちょったんじゃ…」
「は? フライド丸お前もしかしてめためた酔うとる?
お前の大阪弁はちょとマイルド過ぎて訳わからん」
「そうかあ? おいはちいとも酔うちょらん…」
そう言いかけた時、目の前が真っ暗になってしまった。
そして、足元をすくわれてしまった。
「…殿、お目覚めでございまするか?」
女の声がする…。
俺は目を開けた。
だるい、たぶん熱がある。
そこには顔の濃い女が心配そうに俺を覗き込んでいた。
その背景は板なのか、茶色が多かった。
「子安どん…?」
俺は顔の濃い女をじっと見つめた。
熱でぼんやりとしていっそう良く見えない。
「はい、何かご用でございますか?」
「子安どん…子安どん…!」
俺は腕を伸ばして女を抱き寄せた。
女を抱いて、その後ほら貝の音に気がついて辺りを見回した。
この家は…「マンション」の一室か?
俺は起き上がって、障子を開けて外を見た。
そこは俺がかくまわれていた美濃の庄屋の屋敷だった。
「え…俺、戦国の世界に?」
俺は戦国の世界に戻っていた。




