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第17話 恋ん歌

第17話 恋ん歌


衆道ならまかせろ。

それが俺の仕事だ。


「衆道の見せ場て…! その顔でか!」


子安どんはぷっと吹き出し、声を立てて笑った。


「笑うな、子安どんが本気ならおいも本気じゃ。

戦国でのおいは武将らの衆道ん相手ばさせっためんおもちゃ、

おもちゃの本気ば見しちゃる、こん世界の男はみいんなおいに夢中にさしちゃる!」


俺は言い切った。

自信はある、本職だから。


「お前の顔じゃ無理! せめて島津の小さいのくらいイケメンじゃないと無理!」


子安どんはげらげらと笑った。


「笑うな! てか『いけめん』て何ね?」

「あ、ああ…美男子の事だ、今様の美しい男。

フライド丸、お前の顔立ち自体は整っているとは思うが、何せ今様の顔ではないのだ。

戦国時代ならお前もイケメンにぎりぎり入るかも知れないが…。

この『ネオ薩摩』でははっきりした、お前の言う隼人族の顔がイケメンなのだ」

「むう、隼人ん男がここでは『いけめん』ちゅうとか…そういや女は?」

「女もだ」


この時、俺は初めて子安どんが美しい事に気がついた。

目のあまり見えない俺が遠くから見ても、子安どんはすぐにわかる。

薩摩の森の人ごみの中でも、彼女だけは目立ってすぐにわかる。

おばさんになってまで男が途切れなかったのも納得がいく。

戦国の世界から来た俺にとっては、ただの顔の濃い隼人の女だけど、

この世界の人にとって、子安どんは美しい人なのだ。


「ところでまこちあん話描く気いとか?」

「さあな、その気になったらな…その時はお前が止めても描くから」

「嫌じゃそげん事、やめえや」


俺が反発すると、子安どんは薄手の小さな紙切れになにやら書いて、

俺の胸にそれを押し付けた。


「『風溜まる愛なる薩に身を置きて 吹き乱るるも心は豊し』、また歌か。

何ちゅ意味ね、教せてくいやんせ」

「自分で考えろフライド丸、戦国のお前の方がわかりやすいはずだ。

女にこんな歌を詠ませておいて、自分は返しの歌もなしとは呆れた男だな」

「返歌ち…どげんして詠むね、おいそげん事知らん」


俺は歌が書かれた、子安どんの丸みを帯びたおおらかな文字を見つめた。


「五七五七七だ、その律に言葉を当てはめるのだ。

ここではお前の世界とは違って、単純に日常を切り取ったものが多い。

枕や何だの細かい事は気にしなくともよい」

「ふうん、そうなんか」

「さ、腹減って来たから夜食の支度をしておくれ。

そろそろ家臣たちも起きて来る」


「風溜まる愛なる薩に身を置きて 吹き乱るるも心は豊し」。

俺はその歌の意味を台所で夜食の支度をしながら、ずっとぐるぐる考えていた。

やっぱ「薩」とか言ってるから、薩摩の歌かな。

「冬の風が吹きすさぶ薩摩で忠豊を思っている」…知らん、俺はフライド丸じゃ。

いや、子安どんの思い人は兵庫だ、そういう意味でもないか。

それも許せんな、子安どんの想い人は俺じゃ。

こん俺が子安どんを寝てん覚めても俺だけにしたる…。


俺は子安どんにもらった紙切れを、前掛けについている物入れ袋から取り出した。

そしてしばらく考え込み、彼女の歌の隣の余白に木製の先が硬い筆で書き添えた。

それをうどんのお盆に乗せて、子安どんに届けた。

「風光る春も近しと手を取りて 吹かれ飛び込む愛の中の愛」、

初めてにしてはまあまあだと思うんだけど。

俺と一緒に愛のど真ん中に飛び込もうよ。



またしばらくして、食べ終わったお盆を下げに行くと、

あの紙がまだお盆に置かれたままだった。

俺の苦心作を読んでいないのだろうか、俺は紙を開いた。

「冬結ぶ豊穣なる愛食みて 久しく続け恋の中の恋」。

これは…いつまでも俺にいてほしいって意味なのだろうか。

一見、例によってあて先違いの歌に見えるが…いや、でも下の句はわかりやすい。

これは「この恋がいつまでも続きますように」だ、絶対にそうだ。

…子安どんは歌に自分の気持ちを詠み込んでいるのだ。

これは子安どんからの恋文なのだ、だから返しが欲しいのだ。

なんと手の込んだ事を。


俺は子安どんの部屋に飛び込んで、子安どんを抱きしめた。

家臣らに見られてもかまうもんか。


「何をする、見られるではないか」

「愛しちょっ、愛しちょっ…子安どんば愛しちょっ。

おいは今、子安どんが欲しかと、欲しゅうて欲しゅうてたまらんとね」

「だめだ、今そんな事に体力を使いたくない。早う下がれ」

「嫌じゃ、そんなん嫌じゃ!」

「黙れ」


子安どんは俺の耳の後ろにさっと手を回すと、俺の口を自分の唇で塞いだ。


「わかったら早う下がれ」


俺はびっくりしながら台所に戻って行った。

…上手いやんか、こん女。

自分の心は隠すくせに、俺の心をいいように翻弄する。

あんな事されたらたまらない、余計に欲しくなってしまうじゃないか。

一層子安どんに狂っていくではないか…。


俺は狂っている。

俺は狂っている。

子安どんに狂っている。

愛の中で悩んでいるというのに、どういう事かそれすら愛おしい。

生きている事を実感する、温かなもので心が満たされている。

「風溜まる愛なる薩に身を置きて 吹き乱るるも心は豊し」、

子安どんもこんな気持ちなのだろうか。

子安どんも俺と同じ気持ちでいてくれるだろうか。

俺は子安どんからの返しの歌の隣にもう一度書き添えた。

「波洗ふ子安の貝を耳に寄せ 君が心を神に問ふ今日」。

子安どんの心が聞きたい。



子安どんと家臣らは打ち切られた連載の最終回を無事書き上げた。

原稿を取りに来た担当の者に渡し、みんなは疲れ果てて眠ってしまった。

俺は散らかった部屋を片付け、いつみんなが起きてきてもいいように、

風呂を沸かして支度をしておき、俺も寝ようと家臣らの体をかき分けた。


「起きろフライド丸」


気がつくと、子安どんが家臣らを従えて枕元に立っていた。

子安家の家臣らは寄ってたかって、俺の手足を持ち上げた。


「そうすよ、起きてください。お楽しみの時間す」

「先生が打ち上げに連れてってくれるんす、早く起きてくださいよ」

「フライド丸さん、打ち上げは初めてでしょ? 早く支度して行きましょうよ」

「打ち上げ…?」


俺は手足を持ち上げられ、体を宙に浮かせながら子安どんを見た。

子安どんはにかりと笑っていた。


「連載も終わったし、慰労の会だ。旨い物を食べて遊びに行くぞ。

フライド丸もよく手伝ってくれた、家臣のひとりとして参加するがよい」


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