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第16話 性格最悪

第16話 性格最悪


確か、異世界体験の先人である揚弘は、その世界の鍵となる人物を殺して、

それでその世界が終わって、この「ねお薩摩」に戻って来たと言っていたな。

あれはこの事だったのか。


「あの人がそう望んでん、自分自身を守るために。

そやから俺は殺した、自分の心殺してあの人殺した。

一生で一度きりの恋やった、最初で最後、俺が自分から愛した唯一の女やった…!」


揚弘は振り返った。

涙がぱらりと宙に舞った。


「フライド丸、お前は俺みたいになったらあかん。

どんなかっこ悪うても、愛のために殺したり死んだりしたらあかん。

愛ちゅうのは生きてそばにおってこそや、離したらあかん。

世界が違うちゅうのは関係あらへん、今そばにおる事、大事なんはそれだけや…」


…俺より十は年下のくせに。

そんな深い事言うにはまだ若過ぎやろ、揚弘。

俺はふと島津の大きいのの話を思い出した。

揚弘は淋しい人生を歩んで来た男だと。

きっと今までの淋しさが彼を大人にしたのだ…。

いや、生きるために大人にならざるを得なかったのだ。


俺は泣く揚弘を抱きしめた。

そしてこの歳の離れた友達をとても好きになった。



俺が子安どんに魂を抜かれている間にも時は流れ、

子安家にはまた家臣たちが集まり始めた。

俺がめちゃくちゃにした、子安どんの仕事の最後の締め切りである。

自分の仕事をしながら、真面目に働く家臣らを見ていると、

本当に申し訳なかったなと、また心が痛んだ。


「で、成富先生、これ終わったら本当にどうするんすか?」


家臣のひとりが墨を塗る手を動かしながら言った。

くそ、兵庫め…子安どんに「成富」と名乗らせるとは許せぬ。


「やっぱ次は戦国ものでしょ? やりましょうよ、島津の退き口。

俺、手伝うっす。給料なんか要らないっすよ」


別の家臣も灰色の薄い膜を貼りながら言った。

なんであんな見苦しい敗走を、子安どんが描かねばならんのだ。

そういや島津の退き口て言えば、俺のせいで歴史が変わってしまったのだったな…。


「いけん! 子安どん、島津ん退き口はいけんでね!

『ねお薩摩』からやって来た揚げ揚げん揚弘が、あやしか刀で揚げ揚げじゃっど!

歴史が揚げ揚げんなっと、いけん!」

「あ、島津揚弘知ってんだ? マイナーな武将なのにさすが戦国オタすね」


家臣らは笑い、揚弘の話を始めた。

やっぱり家臣らの間でも、島津軍の殿を務めたのは揚弘になっている。

俺は本当にとんでもない事をしでかしてしまったのだ。


「でも異世界から召喚された男が歴史の舞台に立って、

歴史を変えていくの、いいっすね」

「ありきたりな設定すけど、爽快感あっていっすね」

「…いや、違うな」


子安どんがたばこに火を点けて割り込んだ。


「異世界へ行った戦国武将が、その居心地の良さに元の世界に帰りたくないあまり、

異世界から自分の身代わりを派遣して、影武者に歴史を変えさせるのだ。

戦国の世界での自分の存在を抹消して、異世界に居座ろうともくろんでいる」

「ひー、子安どん?」


居心地の良い異世界に行った戦国武将だと?

なんかどこかの誰かみたいだな。


「その武将は島津の家臣で、そんな事をするくらいだから性格最悪」

「誰が島津ん家臣ぞ! 性格最悪は忠恒じゃ!」

「とんでもない事を次々しでかしておいても堂々と開き直る。

あと、島津家に対して懐疑的で、殿とか家督とか役目の見苦しいなすり付け合いとか、

そういう内側のかけひきとかもあると面白いな。

お前の言う忠恒をライバル役にしてやろうか、お気に入りみたいだからな」


子安どんは俺をちらりちらりと白い目で見ながら、笑っておもしろおかしく話した。

くそ、俺をネタにしやがって。

誰が性格最悪だ。今度また扉が開いたら、子安どんを忠恒の側に派遣してやる。

あいつの側で性格最悪とはどういう事か思い知ればいい!


「…それ、面白そうっすね」

「うん、主人公にだめっぽさが加わると読者の共感も得られます」

「タイトルはどうします?」


家臣らも子安どんの構想に乗った。


「『おいは揚丸』、主人公の名前であると同時に、開き直る時の決め文句でもある」

「え…それてフライド丸?」


家臣らは一斉に俺の方を向いた。

子安どんめ。


「…なんて冗談だ。もうちょっと考えたい」


子安どんは笑った。

いや、描く! 絶対描く!

俺の事を性格最悪な戦国武将にして、面白おかしく描くに違いない。

嫌な予感しかしない。

子安どんは続けた。


「でもネームは描くかな、持ち込みに行かないと」

「持ち込み? 子安どん、持ち込みて何ね?」

「漫画の本を作っている団体に原稿やネームなど企画を持ち込んで、

使ってくれるようにお願いしに行く事だ」


子安どんは筆を紙の上に走らせながら説明してくれた。

子安どんはずっと下を向いて、目を合わせてくれなかった。

なるほど、持ち込みとはお上に直訴しに行くという事か。

俺はふと思い出した。

子安どんが今までどうやって仕事を勝ち取って来たかを。


子安どんはお上の者と寝る事で仕事を勝ち取って来たのだ。

俺が止めてもそれが現実なのだから無駄だと言う事なのだろうか。


「いけんよ子安どん」


家臣らが別室で寝ている間、俺は子安どんに言った。

子安どんは一人で仕事を続けていた。


「は?」

「持ち込みん色ば使たらいけん」

「何を急に…」

「家臣らがためにまた体使お思もちょっとね、自分ば犠牲にしよち思もちょっとね」

「……」


子安どんはぴたりと手を止めた。

図星かいな。


「いけん…そげん横道行ったらいけん、堂々と正面行かんか。

島津んデブみたいに後々狡い狡い言われてん良かかね。

かっこ良う捨てがもうたつもりでん、後々家臣らん間にしこりば残すとね、

そんなん絶対いけんじゃろ、子安どん…!」


俺は子安どんの肩を掴み、じっと目を覗き込んだ。

子安どんはすっと目をそらした。


「言ったはずだ。正々堂々正面からなど、そんなかっこいい事している場合ではないと。

これは仕事だ、全員の生活がかかっている。

我ら全員が生きるためにする仕事なのだと」


子安どんは振り返って俺を睨みつけた。

その目は見た事もないくらい冷たく、暗く、黒が燃えさかっていた。


「…ならばおいがやっちゃる」


俺は決めた。

子安どんにもうあんな冷たい目をさせてはいけないと。


「おいがお上ん男こましちゃる、今こそ戦国が衆道ん見せ場ぞ、

こん俺が子安どんに代わい、一世一代ん色仕掛けば見しちゃるわ!」

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