第5話 『綺麗』
———王都レントの教会にて。
教会。それは何かを信仰する者たちが集う場所だ。
その何かが『神』であれ、何であれ、教会は形を変え、世界に点在している。
そんな教会に一人、『神』の像に膝をついている女性がいた。
ステンドグラスを通って入ってきた彩光が彼女の顔を薄く照らす。
白い肌は繊細で、長くしなやかな淡い金髪は絹のよう。
ダイヤモンドのように透き通った瞳は何かを見透しているようで……。
彼女の名前はリリアナ・ラン・エウロア。ここエウロア王国の王女である。
リリアナはゆっくりと目を開け、祭壇の縁に置かれている天使の像に目を向ける。
そして、どこか嬉しそうな声で見えないはずの存在に話しかけるのであった。
「ねえ、天使様。彼は、あの少年はとても綺麗ですね」
◇◇◇
———神聖セレスシャル皇国。
その昔、『神』がこの世界を創造したとき、地界に初めての生命が誕生した地。
地界に生きる者全ての故郷であり、地界の始まりの地。そう呼ばれている。
統治しているのは王ではなく教皇。この世界最大の宗教国家である。
だが、そんな国に対してゼルドリックはあまり良い印象を持っていなかった。
「神聖皇国か………。とするとつまり……」
「はい。リリアナ様の婚約者、ランドリオ様のいらっしゃる国です」
「………」
職務室に沈黙が生まれる。
愛娘の婚約者。神聖皇国の教皇オプティムスの息子のランドリオ・セレスシャル。
彼はゼルドリックから見ても実に良い青年だ。
歳は19で16であるリリアナより3つ上だが、社交的で性格も申し分ない。
そう、問題は婚約者ではないのだ。そして、その問題というのが……
「オプティムスめ、まさかリリアナの『天眼』をよこせとは……」
『天眼』、それはリリアナが生まれ持った希少な能力である。
その能力が判明したのはリリアナが3歳の頃、教会に連れて行った時である。
そこでリリアナは何もない宙に向かってこう言ったのだ。
「父上、あの飛んでいる光は綺麗ですね」
最初、ゼルドリックはリリアナが何を言っているのか分からなかった。
だが、教会に連れて行くと必ずその見えない何かを目で追っているのだ。
そして調べさせた結果、それが『天眼』と呼ばれるものだと分かったのだ。
最初は喜んだ。これは神が愛する娘に贈ったものなのだと。
しかし、その能力によって彼女はあるものを失ったのだ。
それは、ゼルドリックがリリアナに宝石を見せてあげた時のことだった。
「ほれ、こっちがルビーで、こっちがサファイアだ。どうだ?綺麗だろ?」
「父上、———どちらも同じ色です。それに綺麗ではありません」
そう、リリアナは『色』を失ったのだ。
彼女には、見えるすべてのものが色のないつまらないものに感じられたのである。
だが唯一、教会で見える天使には色を感じられるらしいのである。
ただ彼女曰く、天使が見えると言っても姿形を視認できるわけではなく、色のある光に見えるそうだ。
そして、教皇はその能力に目をつけた。
天使が見える。それは、宗教国家にとって絶大な影響力を与える。
存在を証明できるのだ。これにより、神聖皇国にはより信者が増えることだろう。
ゼルドリックはリリアナには幸せな結婚をして欲しいと願っていた。
だが、相手は世界最大の宗教国家。その富は尋常ではなく、ここエウロア王国も何度も援助を受けている。ここで断れば国が立ち行かなくなる。いくら愛しの娘でも天秤に掛ければ上に傾いてしまうのだ。
「うむ、分かった。しかし、その落ちてきたという者はどんな者だったのだ?」
「詳しくは分かりません。なにせ文献には“落ちてきた”としか」
「………もっと調べるしかないな。だとすると手段は限られるな」
「———神聖皇国に直接赴く、ですね」
「しかし、今すぐには無理だ。手続きに時間がかかるだろう」
「では、当人に行ってもらいましょう」
「正気か?身の上も分からんのだぞ?」
「勿論、護衛と称した監視もつけさせます。いかがでしょうか?」
「うーーむ、仕方ない。少年に行ってもらうとしよう。——神聖皇国に」




