誰にも知られぬ勝利──十歳の英雄譚
ユーリは地面を蹴り、アンデッドの群れへ向かって走った。
冷静に、距離を測る。
三体。腐敗した肌、濁った目。おそらく元は人間だった個体。
ナイフのような骨の爪を振りかざし、呻き声を上げながら迫ってくる。
「……まずは、一体ずつだ!」
ユーリは腰のガンスラッシュを抜き、勢いよく振り払った。
──斬撃!
銀の刃が軌道を描き、最前の個体の首を切り裂いた。
肉が裂け、骨が砕ける。体が崩れ落ちる前に、銃形態に変形。
「チャージ、3秒……撃てる!」
残る2体のうち、右側に向けてトリガーを引いた。
発射されたのは、雷撃を纏った炸裂弾。
電撃が肉を焼き、アンデッドが一体、痙攣しながら崩れ落ちる。
「……よし、あと一体!」
最後の個体がすぐ目の前まで迫る。
顔が近い。腐臭と、うめき声。
が──
「ルシア、火球展開!」
「Executing: FireBolt Prototype_β」
ユーリの右手に、小さな魔力球が生成される。構文に沿って構築された、それは高温の小型爆炎。
「──はぁっ!」
放たれたそれは、相手の胸元に直撃し、爆ぜる。
地面に火花が散り、黒煙が立ちのぼった。
数秒後、すべての反応は消えていた。
「……ふぅ」
ユーリは深く息を吐いた。
指先が震えていた。喉も、乾いていた。
だが、それ以上に──
心の奥で、何かが燃えていた。
守れた。自分の手で。
初めての「実戦」。初めての「勝利」。
「……これが、“戦う”ってことか」
振り返ると、森の向こうに村の灯りが見えた。
あそこに、アネリスがいる。
守りたい人が、いる。
その夜、ユーリは誰にも気づかれないように村へ戻った。
翌朝、村の南東部に獣の死骸が見つかり、警備が強化されたが──
誰もそれを倒したのが、十歳の少年だとは思わなかった。
そしてその少年は、いつものように裏山へ向かう。
「遊び」という名の訓練を、今日も続けるために。
──彼の背中には、昨日より少し強くなった影があった。




