第10話 第三話・第一章『影を抱えたプレゼンター 』―イベント会場の脅迫―
第三話・第一章
『影を抱えたプレゼンター』
―イベント会場の脅迫―
今日から三日間にわたり、海に浮かぶ人工島に造られた巨大アリーナでは、
高級家具メーカー Traditional Furniture 社の大型イベントが開催される。
早朝から営業担当たちが慌ただしく動き回り、
アリーナ中央には、自社製品の家具と住宅をインテリジェントに制御する
最新のスマートホームシステムが並んでいた。
地方都市のスマートシステムとも連携可能で、
居住者の状況に応じて照明や空調を自動調整する。
外出先からでも調理・清掃・防犯設備の操作ができるという、
まるで未来の生活をそのまま切り取ったような演出だ。
このイベントの目玉は、
選別された地方自治体の招待客や業界関係者を前に行われる
営業部パート社員・由紀のプレゼンテーション。
「人の心を動かす話し方」で社内評価が高い彼女は、
今回のイベントでも重要な役割を任されていた。
しかし――
その由紀の表情は、朝から緊張で硬かった。
◆ 開場前の控室
控室では、美咲が由紀の資料を確認していた。
「由紀ちゃん、練習通りにやれば大丈夫だからね。
あなたの声は、ちゃんと会場に響くよ」
営業部のエースであり、由紀の良き理解者でもある美咲は、
いつものように優しく声をかける。
由紀は小さく頷いた。
「……はい。
でも、なんだか胸がざわざわして……」
美咲は由紀の手が震えているのに気づいた。
「緊張してるだけだよ。深呼吸して。」
由紀は言われた通りに息を吸い、吐いた。
それでも胸のざわつきは消えなかった。
◆ 開場
開場と同時に、来場者が次々とアリーナに入ってくる。
その中に――
場違いな男が一人いた。
由紀の元夫。
スーツでもなく、イベント関係者でもない。
しかし、首からは 社印入りの臨時入館証 がぶら下がっている。
美咲は目を見開いた。
「……なんで、あんな人が入館証持ってるの?
招待客の名簿をチェックして!」
由紀は蒼白になり、その場で固まった。
「……どうして……?」
男は由紀を見つけると、ゆっくりと近づいてきた。
由紀の肩が震える。
美咲はすぐに間に入り、由紀を後ろへ下げた。
「ここは関係者以外立ち入り禁止です。
あなた、どうやって入館証を?」
男は臆さず笑った。
「渡されたんだよ。
俺に“会いたがってる”ってさ」
由紀は震える声で言った。
「そんなこと……言ってません……」
美咲は由紀の顔を見て、胸の奥に強い違和感を覚えた。
係員が男を遠ざける。
「こちらでお話を伺います。」
男は素直に係員に連れられ、騒ぎは広がらなかった。
美咲は由紀に寄り添いながら、プレゼン会場へ向かった。
◆ プレゼン開始
照明が落ち、由紀のプレゼンが始まった。
しかし――
由紀の声は震え、スライドの操作も乱れた。
観客のざわめきが広がる。
由紀の視線は、会場後方に立つ男に吸い寄せられていた。
半年前に離婚した元夫。
男は腕を組み、無表情で由紀を見つめている。
由紀の呼吸が乱れる。
「……次に、こちらの……」
言葉が続かない。
ステージ袖で美咲が必死に見守る。
「由紀ちゃん……落ち着いて……!」
しかし、
由紀はスライドの順番を間違え、説明が完全に破綻した。
観客のざわめきが大きくなる。
由紀はついに、言葉を失った。
◆ プレゼン終了
プレゼンが終わると、
由紀は控室に戻り、その場に崩れ落ちた。
「……どうして……
どうしてあの人が……」
美咲は肩を抱きながら言う。
「由紀ちゃん、絶対におかしいよ。
あの男は誰?」
由紀は震える声で答えた。
「……半年前に別れた元夫です……
でも、しつこく付き纏ってくるんです……」
美咲は強い違和感を抱いた。
「でも、なんでこのイベント会場に?」
控室の空気が重く沈む。
営業部の黒川部長と三枝課長が入ってきた。
美咲が二人に由紀が動揺した理由を説明する。
三枝課長は怒りを露わにした。
「何をバカな!
お前たちが我が社の大事なプレゼンを台無しにしたんだ。
あと二日で挽回しろ。処分はそのあとだ!」
三枝は、美咲と由紀を激しく叱責し、
黒川部長への当てつけのように控室を出て行った。
営業部内の勢力争いと亀裂が露呈した瞬間だった。
美咲は悔しさをこらえ、黒川部長に頭を下げる。
「黒川部長……明日以降のプレゼンに集中します。
私と由紀ちゃんにチャンスを下さい」
黒川部長は二人を見つめ、静かに言った。
「美咲君、君が言った由紀さんの元夫が入館証を持っていたんだな?」
「はい。社印の入った正規の臨時入館証でした」
「それは、おかしい。何かあるな。
明日のプレゼンは君たちに続けてもらう。
あの男の件は私が善処する。
君たちは落ち着いて準備したまえ」
「はい、ありがとうございます。がんばります!」
美咲と由紀は手を握り合い、黒川に礼を述べた。
「でも部長、どうやってあの男に対処するんですか?
また明日も妨害されるかもしれません。」
黒川は苦笑した。
「大丈夫だ。
もっとも、私ができるのは――
一番頼り甲斐のある男を呼ぶだけだが」
黒川は、この件をどうサトウに話すべきか考えていた。
そして――
この“プレゼン失敗”が、第二の事件の幕開けとなる。




