第四十七話 ー友の凱旋とそれぞれの道ー
三月の終わり。
海鷲駅のホームに、再びあの「三時間に一本」の汽車が滑り込んできた。
しかし、今回の春が運んできたのは、これまでの別れとは全く質の違う、衝撃的な知らせの数々であった。
佐藤家の居間には、康一の友人たちの進路を伝えるニュースが、怒涛のように舞い込んできた。
まず、悟。彼は三重県の秀才が集まる津の予備校から、日本最高峰の経済学部を持つ『帝京都大学』への合格を勝ち取った。
「親父の体裁を数字で叩き壊す」と言ったあの日の誓い通り、彼は日本の経済の中枢へと足を踏み入れる切符を手にしたのである。
そして、拓馬。東京の風に揉まれながらも、実家の商会を継ぐための地力をつけるべく、難関の『私立早慶大学』に合格。物の価値を突き詰めるための、新たな戦場を確保した。
しかし、一番の衝撃は法規であった。
「法規、お前……正気か?」
康一は、海鷲に戻ってきた法規と港で対峙した際、思わずそう聞き返した。法規は、日本で最も偏差値が高いとされる『大東京大学』に現役合格しながら、そこへは『行かない』と決断したのである。
「康一君、驚くことはない。僕にとって大学の四年間は、今の僕が必要としている知識を得るには長すぎる。僕はすでに司法試験に通っているんだ。今は机の上で講義を聴くより、実社会の歪みを、法の現場で解剖する方が先だ」
法規は、十七歳で司法試験を突破したその頭脳を、すぐにでも実践に投入すべく、東京の弁護士事務所への就職を決めた。
「僕は、君が泥だらけで走るこの社会の『理不尽』を、法というメスで切り裂く仕事に就く。大学の卒業証書より、君の現場を守る判例を一つでも多く作る方が、僕らしいと思わないか?」
眼鏡の奥の瞳は、康一が知るどの大人よりも冷徹で、そして熱い志を宿していた。
その夜、佐藤家は順の消防士合格に加え、三人の快挙を祝う熱気に包まれた。
母・美里は、いつもより多めの料理を並べ、眩しそうに息子と友人たちを見つめていた。
「悟君は京都、拓馬君と法規君は東京……。みんな、本当に遠くへ行くのね」
「……康一と順。お前らだけやな、この町に残るのは」
悟が、少し寂しそうに、しかし誇らしげに康一を見た。
康一は、自分のゴツゴツとした、「タコ」がある掌を見つめた。
「ああ。俺はここで、お前らがいつ帰ってきてもいいように、道を作っておくわ。……法規、大学行かんのはもったいない気ぃもするけど、お前がそう決めたんなら、それが一番の正解なんやろな」
法規が薄笑いで「ふふ、ありがとう。康一君にそう言ってもらえると、百人の教授に認められるより心強いよ」と答える。
リビングでは、古い扇風機が止まったまま、部屋を埋め尽くす若者たちの熱気を見守っていた。
エアコンのないこの家の、少し湿った春の夜。
自らの足で立つ「一人の男」として、康一は旅立つ三人と、そして消防士になる順と、力強く杯を交わしたのである。
「俺は海鷲の建設業や、お前らが東京や京都で困ったら、俺がトラックでいつでも駆けつけるさ!」
康一の言葉に、全員が笑った。
康一の目には以前と比べみんなの色がより濃くなっているように映った。
海鷲の小さな平屋から、それぞれの「戦場」へと向かう、五人の若き獅子たちの春が始まった。
第三章はここまでです。
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