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古桜庵にて待つ  作者: 挿頭 草
第一章:賽の河原
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玄米粥と天ぷら

『神さま、だいじょうぶですか・・?』



「・・・っ!何でもない。大丈夫だ。」



頭の中に響く幼い声に、銀次は慌てて裾で目元を拭い、手元を見下ろす。

皿に盛られているのは母の味に酷似した、湯気の立つ玄米。

どうして、どうやってこの玄米が現れたかは謎だったが、まず今は二人の腹を満たしてやるのが先決だ。

山盛りの一部は欠けてしまったが―――まだ二人に食わせてやるには十分な量が残る皿と茶碗を手に、茶卓へ戻った。



『まんま、まんま・・・』



『ミヨってば、ダメよ。お行儀わるいから・・・』




よっぽど腹が減っていたのだろう。

茶卓に皿を下ろす前からミヨは手を伸ばして飯をねだり、サエも妹を諫めてはいるが、皿に目が釘付けになっている。

すぐに飯を出してやれなかったことを申し訳なく思いながら、目の前に配膳してやる。



「全部食っていいぞ。行儀とかも気にしなくていいから、仲良く食え。」



言葉を言い終わる前に手づかみで玄米にむしゃぶりつくミヨ。

それに負けじと続くサエを見て、銀次は心底食料が手に入ってよかったと思った。

さもなければ、ずっとつらい思いをさせ続ける所だった。



銀次は次々と吸い込まれていく皿の中身に感心しながら、2人を見守る。

火鼠での御勤でも、餓えた童に施しを与えることは数々あったが、何度見ても飢えた子供が食べ物を頬張る姿は、胸に来るものがある。

そんな場面を隔離世に来てからも、それを見るとは思っていなかったが。



あとは自分の食料やお美希の乳も、手に入れられれば文句なしだ。


そもそも、なぜいきなり飯が現れたんだろうか。

思い当たる節を考えてみて、銀次はふと桜の精の言葉を思い出した。




―――『妾、地獄桜は仁と瘴気を糧に望むものを具現化ことが出来る。死者なら霞程度だが・・・生者なる貴様ならば完全な物質を創り出すことも出来よう。』



望むもの。そして完全な物質を創り出す―――



慌ただしく席を立った銀次が向かったのは台所。

試しに埃を洗い流した別の大皿を手に、脳裏に食卓に並ぶ夕餉を思い浮かべた。


しかし、皿は空っぽのままだった。



「まだ望みが足りないということか。よし、もう一度やってみるぞ。」



目を閉じてもっと強く思い浮かべる。

お袋の作る握り飯。御勤が成功すると焼いてくれた鮎の塩焼き。祝いの席でのみ味わえた沢蟹と山菜の天ぷら。

くたくたで帰れる度に、家に立ち込めていた香ばしい香り。かぶりついた時の塩味。少し焦げてしまっている魚の皮。


瞼の裏まで焼付いた、鼻腔の奥まで染みついた、二度と忘れる事のないお袋の味を、さらに強く脳裏に描く。

そうして記憶を手繰り寄せた瞬間、皿の上にドンと重みが増した。



「きたぞっ!!」



目を開いた銀次の抱えた大皿の上には、大量に盛られたお袋の料理。

やっぱり桜の精の力とは、想像することで物質、つまり食べ物も創り出すことが可能なのだ。


そして、銀次にはもう一つ確認したいモノがあった。

振り返った先にあるのは台所の棚に置かれた黒い金属の箱だ。紅色の釦が今は消灯している。



皿の上にある品々はどれも常温。さっき黒い金属の箱から出した飯はどれも湯気が立つほど温められていた。

だとすれば、黒の箱の力は文字通り【あたため】なのだ。



銀次は大皿を黒の箱に突っ込んで、紅色の釦を押す。

先ほどと同じように異音と光が出て、幾秒後に音が鳴った。

蓋を開けて中身を確認すると・・・



「黒の箱に入れて釦を押すと、食事を温めることができる。これで間違いないな。」



湯気の立つ飯の香りが、ずっと無視し続けてきた腹の音を誘う。

溢れる涎をゴクリと飲み込んで、銀次は皿を凝視した。



「これだけあれば、三人で食べても問題ないよな・・・?」



桜の精の言う、仁とやらがどのくらい残っているかは分からなかったが、きっと二人をもてなせるくらいはあるだろう。―――そう信じながら、銀次は山盛りのご馳走を抱えて、茶卓へ戻った。



「これも食え。足りなかったらまだまだあるから、みんなで食べよう!」








『おさかな、しおの味!すごくおいちい!』


玄米と鮎の塩焼きを両手に掴み、交互に頬張るミヨは口の周りにご飯粒をたくさんつけている。影のように顔まで真っ黒にも関わらず、その口元が満面の笑みを浮かべているのがわかるほどだ。



「俺もこの鮎の塩焼きに目がなくてな。ガキの頃なんざ鮎が釣れる季節になった途端、毎日捕まえに行ったもんだ。」



微笑ましい情景を眺めながら、銀次も鮎の塩焼きに齧り付く。

パリッとした皮ごと食べても生臭さは一切無く、咀嚼するたびに鮎の油と塩の旨味が溢れ出してきて米が止まらない。


ああ、美味い。



『神さま!この天ぷら、あんなに硬いカニさんがサクサクしておいしいです!』



サエも山菜と沢蟹の天ぷらに夢中だ。

こちらも口回りがテカテカしているせいで、ニッコニコなのが丸わかりだ。


「そうだろ?油が手に入った時しか作れない逸品だ。油で揚げれば硬い蟹だろうが渋みの多い山菜だろうが、ご馳走になっちまうんだよ。」



饒舌に語りながら銀次も箸で摘まみ上げた沢蟹を、口に放り込む。

途端に口の中に広がるほんのりとした苦みが塩味と合って良い。こちらも米が捗って仕方がないのが困る。



『わたしたち、こんなにたくさんご飯を食べさせてもらったの、生まれて初めてです!』



口いっぱいに頬張ったまま笑顔で告げるサエ。

一方銀次は無邪気な言葉にいたたまれなくなる。



「そうか・・・それは、よかったな。」



生まれて初めて、という意味はつまり―――生まれてから死ぬまで与えられなかったということだから。

思わず何も言えなくなってしまった銀次をよそに、サエは嬉しそうにしゃべりつづける。



『わたしたち、弱くて役に立たなかったから、いらない子だったんです。食べ物をあげるのは無駄だって言われてたので・・・。ミヨは足が悪かったからもっと言われてました。』



「いらない子なんて、いねえよ。・・・頼むから、そんなこと言わないでくれ。」



発せられたあまりにも悲しい言葉に、忌避感しかない。

2人の親がどれだけ貧しかったのかは知らないが、どう間違っても子供に言っていい台詞じゃない。


それなのに銀次とは逆に、サエもミヨも慣れているのかパクパクと何事もなかったように食事を続けていく。

そんな二人の様子が、猶更辛かった。



『でもミヨはわたしの妹だから、ずっと守ります。だからずっと一緒なんです。

柱になるのも、ごはんをいっぱい食べるのも、ずっと一緒でよかったです。わたしは幸せものです。』



はにかんだ笑顔でそう告げるサエに、銀次はただ黙って微笑む。

今が幸せと言ってくれるなら、それがせめてもの救いだ。


よし、と銀次は頬っぺたを叩き気合を入れる。



―――こうなったら2人には、頬っぺたが落ちるほど美味いものをたくさん食べさせてやる。



銀次は幸いなことに、2人の知らないであろう美味しい菓子(かし)もいくつか知っている。

そんなものを食べさせたら、いったいどんな顔をしてくれるだろうと想像しながら、一人でニヤついてしまう。


まだ見ぬサプライズへの反応を期待して、席を立つ。

すると―――突然。

食事を終えたミヨの体が、光を放ちだした。




『・・・ミヨ!?どうしたの?!何があったの、だいじょうぶっ?神さま!助けてください!』



『ねぇね・・・』



「おい!どうしたんだ!」



サエが半狂乱にミヨを揺さぶって叫ぶ。

銀次も狼狽しながらミヨの体を掴む―――が、なぜか実態が無くなったように触れることができない。



「どうなってやがるッ!」



ミヨ自身もあふれ出る光に驚きながら自分の両手を見つめ―――それから泣き出しそうなサエを見た。

そして眩い光に照らされる姉に向かって、つぶやく。



『ミヨ、ねぇね、だいすき・・・』



全身が強く輝き、その小さな体が浮かび上がる。

それと同時に、天から屋根を透過するように金の光が差し込んだ。

神々しい光の柱に向かって、サエの手を握ったままのミヨが吸い寄せられていく。


何が起こっているのか分からないまま、茫然とその様子を見ていた銀次だったが、ふと一つの言葉が脳裏に浮かぶ。




―――成仏。




その単語の表出に、ようやく銀次はこの現象の意味を悟った。

ミヨは、成仏をしようとしているのだと。



「くそ。いくらなんでも早すぎるじゃねえか。もっと美味い物を食べさせてやりたかったってのに!」



悔いている時間すら残されていないらしく、光はどんどん強まり、ミヨの体が少しずつ崩れはじめた。

だから、銀次は悪態を付きながらも台所へ走り、目的のものを取り出す。そして、震える喉を抑えて声をはり上げた。




「サエ!ミヨ!これは成仏だ。2人で一緒に行くんだ!」



『ほんとうに、わたしたち、行けるの・・・?』



「ああ、行ける!俺・・いや、神さまからの命令だ。これからも、ずっと一緒に・・・それで今度は幸せになれ!」




その言葉を聞いた途端、ミヨの手から光が伝ってサエにも届き、輝き始める。

瞬く間に広がった二人分の極光が体の境界線を崩しながら、空中へ昇っていく。



「これで最後だ!食っていけ!」



台所から戻った銀次が両手高く差し出したのは、餡団子。

本来、生命の維持には関係ない、味を楽しむための食の道楽。



きっと生まれてから死ぬまで一度も食べられなかったであろうこの菓子を、最後に知って欲しかった。

そうすれば、極楽浄土とやらでもいい思い出に浸って貰える気がしたから。


それなのに、もう手が届かない所まで二人は登り詰めていた。

足りない身長に見切りをつけた銀次は、二人に向かって団子を放り投げた。

体が崩れて光の欠片が舞い落ちる中、残っていたそれぞれの手がそれを捕まえて、口に頬張る。




『『おいしい。』』



最期に光の中から見えたのは、幼子たち本来の、可愛らしくあどけない笑顔だった。









上へ上へ。二つの魂が昇る。



一方の魂は、生涯晴らされなかった飢餓から解き放たれたことで。

もう一方の魂は、長らく護り続けた魂が解き放たれたことで。


飢餓も苦痛も悲しみもない世界へ飛んでいく。


飢餓を伴う、かりそめの肉体はもういらない。

重たい殻は純白の欠片にして、恩人へと返そう。



これなら、もうどこへでも行ける。

二人でなら、どこへだって行ける。

誰かに不要と蔑まれても、お互いを必要としているからだいじょうぶ。

二人はずっと一緒だから、だいじょうぶ。









光り輝く欠片の降り注ぐ小屋の中。


遠く見上げた先、黄金の柱が消えて辺りに暗がりが戻っても、銀次はいつまでも二人の幸せを祈り続けるのだった。


自己満足で書き始めた作品でしたが、ブックマークをつけて下さってる方がいらして感動してしまいました。

ありがとうございます。

今後も金曜に更新を続けていきますので、よろしくお願いします。

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