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古桜庵にて待つ  作者: 挿頭 草
第一章:賽の河原
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ピザとキッシュ

妻を伴った太郎が戻ってきた。

夫の肩を借り、足に受けた傷を庇いながらヨタヨタと歩く様は痛々しい。

表情も明るく、顔色も幾分か鮮やかさを取り戻してはいたが、いくらなんでも歩き回るには早過ぎる。

こっちに向かってくる老女を、銀次は慌てて椅子に座らせた。



「お、おい!もう歩いて大丈夫なのかよ!」


「それが・・・千代子も早く銀次君と話したいと言って聞きませんでね。こうなったら頑として譲らんのですよ。」



苦笑いの太郎は、諦めたようにため息を付きながら妻を支える。



「そんな言い方しなくてもいいじゃない!わたしゃ早く命の恩人さんとお話がしたかっただけよ?

こんにちは、銀次くん。わたしは金田 千代子、この人の奥さんです」


太郎の心配を他所に、老女が大きな声で自己紹介を始める。

中々圧の強そうな雰囲気に、銀次は普段の太郎の気苦労が知れてちょっとだけ笑ってしまう。

その表情に釣られるようにニカっと千代子も笑みを浮かべた。




「この度は助けてくれて、本当にありがとうございました。

右も左も分からん場所に入り込んでしまって、もう助からんかと思ってましたわ。

ええ、夫から色々説明は聞きましたよ、この世界の事やらあなた方の事情やらね。

でももし元の世界に戻れたら、って所の話は直接聞いておきたくてね」



挨拶も早々に、いきなり本題をぶっ込んできた千代子に、銀次は決まっている事だけを伝える。


「ええっと、、養子、って話は今のところまだ考えが決まってない・・・。

ただ、妹のお美希だけでも、できるだけ早く現世で過ごさせてやりたいんだ。」



「もちろん、こちらはオッケーよ。それに銀次くん、貴方も来るのよね?でないと妹ちゃんも貴方も、寂しいもの。」



「それは・・・。」




本当は喉から手が出るくらい受けたい申し出だった。けれど古桜庵の事や、まだイシザキの事、麻理子やまだまだ救えてない餓鬼たちの事を考えれば、自分がここを離れる事なんて考えられなかった。


もちろん木藤達に相談すれば、どんなに無理をしてでも送り出してくれるのだろうし、お美希と・・・唯一の家族と離れたくない。

しかしやはりこんな状況で、一緒に行けるとは思えなかった。


断腸の思いで、断り文句を練り上げているとーーー



「行ってきてください。銀次殿はそうすべきだ。」




いつからそこで話を聞いていたのだろう。突然木藤の声が響き渡った。


振り返ると玄関に木藤が立っていた。早朝から畑仕事をしていたのか、その腕には盥と水々しい野菜が詰められ、後ろに紫のヒヨコを肩に乗せたノリコまでいる。

仏頂面のノリコにとっては面白くない話だったのだろう、手のひらの上のヒヨコに目を落としたまま、唇を噛み締めている。


木藤の申し出は有り難かったが、やっぱりノリコの事だって放っておけない。



「いや、俺は行くべきじゃねえ。この世界ではまだまだやる事がたくさんあるんだ。それはお前だって分かってるだろ?」


「銀次殿でなくても出来ることの方が多いと思いますが。」


「・・・ッ!そ、そんな事言ってもよ、食糧だってどうやって創るんだよ!

もし俺が戻って来れなかったら、餓鬼達を成仏させてやる事だってできなくなるんだぜ?」



「野菜くらいなら自分でも作れます。ジョウロもありますからね。米も少し畑を改良すれば作れるでしょうし、なんてことはありません。方法ならいくらでもある。」



ああいえばこう言う木藤に、銀次も思いつく限りの懸念点をぶつけまくる。が、木藤も全然折れない。


騒々しい言い合いに、何がおかしいのか老人二人はあらあらと微笑んでいる。



「そもそも、銀次殿は知識が無さすぎる。彼方でキチンと学んで来るべきだ。

イチイチ教えて差し上げるこちらの身にもなって欲しいものですね。」



「なんだと・・・?!」



余りの言いようにカチンと来る銀次だったが、さらに言い返そうとした口を噤ませたのは、意外な人物だった。


「もう!いい加減にしてよ!」



普段は大人しいノリコの大音量に面食らう一同。

ピヨピヨと可愛らしいヒヨコの鳴き声だけが、場違いな静かさに茶々を入れている。

本人も思いの外の効果に、ノリコもちょっと恥ずかしくなったらしく、手元に降りてきたヒヨコに再び視線を落としてモゴモゴ言い始めた。



「あの、とりあえずこの子もお腹空いたって言ってるような気がするから・・・ごはんをお願いします。」




「朝食だったら僕に任せてください、今準備してるので。」



太郎が吹き出しながら台所に戻って行った。










太郎が作業台で捏ねているのは、麻理子が残していった白い粉と、水だ。

たしか何とか粉とか言っていたそれを、銀次は上手く扱う事が出来ず、台所の隅に持て余していたのだった。



「オーブンでもいいんですけどね、出来れば窯があると嬉しいですねぇ」




手を動かしながら笑う太郎は嬉しそうだ。

一体何を作ろうと言うのだろう。久しぶりの知らない料理にワクワクしながら、銀次は創造の力について説明する。


「その窯っていうやつ、作って見せてくれよ。太郎も千代子も生者だから、この世界で強くイメージすれば出来るはずだぜ。」



「先ほど説明してくれた力ですね!是非そうさせて下さい。では、外に窯を作りたいので空いてる場所をお借りしてもいいですか?」



その窯という調理道具は外にある物らしいので、銀次は温室の隣にある空き地を案内した。

元古桜庵の瓦礫を片付けたばかりで殺風景なその場所に、ちょうど何か置きたいと思っていたところだったのだ。



木藤と一緒に邪魔な石ころをどかして平らにすると、太郎は目をつぶって強く念じ始めた。

付いてきて固唾を見守る銀次達の目の前で、白く輝く粒子が集まり、大きな塊を作り始めた。



「す、すごい!」


「なんだ、結構デカいな・・・」



窯の存在を知っているらしい千代子とノリコは驚愕し、知らない銀次と木藤はただポカンとそれを見つめる。


窯は銀次の背丈ほどもあった。

温室の地面と似たようなレンガがきっちりと組み合わさっているが、銀次が木藤に習って見よう見まねで作ったレンガとは違い、頑丈でかなり分厚い。

あちらが観賞用のレンガだとするなら、こちらは実用的な建材としてのレンガとなるのだろう。


ずんぐりむっくりした形の窯には下部分と上部分に穴が空いており、これだけではどのように使うのか銀次にはよく分からなかった。




「創造の力ってすごいですね・・・。これなら足りないものもすぐに作れてしまいます。」



「なあ、一体これで何をするんだ?」



「まあまあ、楽しみにしてて下さい。絶対に後悔させませんから。」


摩訶不思議な構造に、敬語もとっくに忘れて見入ってしまう。

太郎は嬉しそうに手元の生地を捏ねまわしながら、不敵に笑った。

円盤状の生地を指先の上で素早く回すと、びろーんと生地が広がって傘のようだ。

まるで曲芸のような動きに、銀次も感心する他ない。

見慣れているのか、千代子だけが苦笑いしている。



「あの人ったら、かっこつけちゃって。ギャラリーがいるのが嬉しくて張り切ってるの。

許して下さいねえ。」



「そういえば、金田さん達はどのようなお仕事をなさってたんですか?差し支えなければ、教えて頂けると助かるのですが。」



木藤の質問は、銀次も気になっていた所だった。

千代子がジドウヨウゴシセツのオーナーという所までは聞いていたが、太郎の話は何も聞いていない。



「定年前まで夫はピアノの調律師をしていましたよ。それ以外でも若い頃に色々やっていたみたいでねぇ、海外をバックパッカーしながら渡り歩いたり、スポーツをしたり他にも色々自由に楽しんでたみたいねぇ。」



「バックパッカーとかスポーツってなんだ?」



「バックパッカーは簡単な荷物だけ持って、人様のクルマに乗せてもらいながら旅をすること。スポーツと言うのはあなたの時代で言うと・・・蹴鞠のようなものかしら?とにかく体を動かして遊ぶことよ。」



「なるほどなぁ」




詳細はよく分からなかったが、どうやら太郎は中々楽しい人生を歩んでいるらしい。

千代子の話は続く。



「ピアノの調律師というのも、元々海外でピザ焼きのレストランでバイトをしていた時に、たまたま仲良くなったお客から紹介してもらったのが始まりらしいの。

それから帰国して国内のピアノの調律をしている時に、ウチの施設のピアノを診ることになってねぇ。

・・・うふふ、よくある馴れ初めよ」



何でもない事のように宣っている千代子だが、なんだか嬉しそうだ。木藤も生温かい微笑みを浮かべて、相槌を打っている。

よくあるノロケなのだろうが、銀次にはピアノやらピザレストランやら知らない言葉が多くてあまり頭に入って来なかった。



「そのピアノってのは、なんだ?」



「それはねえ、口で説明するより観てもらったほうが早いのだけれども・・・わたしも創ってみてもいいですかねぇ?」



「あ、ああ。」




よしきた、と千代子が両手を打ち鳴らすと、急に手を合わせて拝み始めた。

別に物を創りだすのにそんな格好は必要ないのだがなぁ、などと考えていると千代子の前にまたしても大きな塊が出来上がり始めた。



「これは素晴らしいですな」

「なんか、こっちもでけぇな」



黒光りする巨大な家具だった。

不思議な形の板が斜めに掛かり、中にある金属質な弦を曝け出している。

全面には白と黒の飾りが横一列に並んであり、重そうな体を4つの脚は金色の車輪が支えていた。

飾りの前に同じような色をした椅子が現れた所から、そこで座って何かをする物なのだろう。


なんとなく貴重な物なのは分かるが、どのように使うのか全く分からない構造をしていた。



「あ、あの。」



出来上がった物に満足げな千代子に、ノリコが声を掛ける。ひそひそと耳元に向かって話すのは、何か言いにくい事なのだろうか。

銀次がそんな心配をしていると、配慮をぶち壊すような返答が発せられた。



「すごいわ!あなたピアノが弾けるのねぇっ!ぜひぜひ弾いてみて下さいな!」



顔を真っ赤にしたノリコがおずおずと黒い椅子に座り、白と黒の飾りの上に手を置いた。

これから何が始まるのだろうか。

そう思っているとーーー



ポロンポロンーー



聞いた事のない音と旋律が響き渡った。

ゆっくりと、一定の間隔で鼓膜を揺らす音がピアノから放たれ、思わず聴き入ってしまう。

これが何なのかは分からない。でも美しい。もっと聴きたいと、初めて銀次はそう思った。



「夕焼けこやけ、いい曲だ。やるじゃないか。」

「素晴らしいわ、もっと弾いてくれるかしら?」



木藤もピアノを知っているらしく、感心している。嬉しそうな千代子に褒められたノリコが、顔を赤らめながらも再び手を動かし始める。

優しく、不思議な気持ちだった。そして自分だけが、このピアノの旋律も知らない事が、少し悲しかった。



「次はショパンです。」



ショパンのキョク、も素晴らしかった。そして次にベートーベンのキョクが流れ始めたころ、いい匂いが漂い始めた。

これは銀次も知っている、チーズが焼ける匂いだった。

聞き慣れない音と香りに、赤ん坊の餓鬼を抱いた日比谷と北村も集まってきた。



「おはようございます・・・・って、ええっ!ピアノ作ってくれてる!千代子さん、次、私も弾いていいですか?」

「・・・ふん。」



ピアノに嬉しそうな日比谷と、何故か不機嫌そうにしている北村。

早朝のまだ眠たそうな空気が吹き消されるように、窯の周りが賑やかになってきた。



「皆さん、ピザがそろそろ出来上がりますよ。それから朝から重すぎるって方はキッシュも焼いてます。

さあさあどうぞ、せっかくだから外で座って食べましょう。」


「ええっ!ピザも作ってくれたんですか?!信じられないっ、もう夢みたい!」

「私も、食べたいです」



食べ物にあまり執着しないノリコすら前のめりになり、日比谷も大絶賛するそれが屋外のテーブルに並べられた。

ピザ、それからキッシュという名のそれらは、どちらも銀次の見たことのない料理だ。

窯に空いていた上の方にある穴で焼かれていたらしい。下の方の穴は薪を突っ込んで火を炊き、その熱で上の穴に入った料理を調理するようだ。この方法なら今までと違う料理も作れそうだ。

そんなことを考えながら、銀次は改めて目の前のテーブルに並んだ料理を眺めた。



「・・・なんだか、すっごくうまそうだ。」



ピザという料理は、モチのような生地の上に、何かの肉とじゃがいも、キノコの他に銀次の知らない野菜がいくつも載っており、未だにチーズがぷくぷくと沸騰している。

一方キッシュという料理の方は手のひらサイズのパンのような生地の上に、何かシチューのようなものが乗っかっていて、なんだか優しい香りのする料理だった。

あっという間に広がった美味しそうな匂いが、隔離世の冷たい風を溶かしていく。



「じゃあ、遠慮なく。いただきます。」



「自分も頂戴します。」

「わたしも」



各々が焼きたてのそれらを手に取り、かぶりつく。


サクッ。ジュワッ。

キッシュの外側にある、サクサクのパイ生地と、中からとろりととろけるホワイトソース。

噛み切ろうとしても伸び続ける、ピザのチーズの橋。



「う、うめええええ!」



銀次はまた一つ自分の無知を克服しながら、初めての味に舌鼓を打つ。

考えなくてはいけない事は山ほどあった。でも今だけはこの時を楽しんでいたい。


あとで作り方を教えてもらおうと決意しながら、ピザとキッシュを交互に頬張った。



楽しいピアノの音と温かい料理の香りが広がる、和気藹々とした雰囲気の中、一人だけ苦々しげな顔を見せている事に気付く者はいなかった。

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