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栄華の跡

「待ってくれ、何がなんだかわからない。

ちゃんと説明してくれ。」


「…本当になにも知らないのか?

大和、お前も?」


「うん、照石高校はパパに言われて滑り止めで受けたんだ。

まさか本当に行くとは思ってなかったけど」


「社長が勧めただって…?」


鎌崎は暫く黙り、少し考え事をしているようだった。

しかし明らかな敵意を向けられているのにその理由が分からない状況に、おれは耐えきれなかった。


「おい、勝手に自分の世界に入ってないで説明しろ。

照石の生徒だから何だって言うんだよ。

照石生に何をされたか知らんが、少なくともおれ達はまだ入学式しかしてないんだ。」


「…わかった。ついてこい。」


鎌崎はこちらの返答も聞かずに先導を始めた。

こちらとしてもこんな辺境に取り残されたらたまったものではないので、否応なしに追従する。


鎌崎は暫く歩いたところでそれまで歩いていた道路から外れ、道外れのススキを掻き分けだした。


「ここからは獣道だ。はぐれるなよ」


無言で頷く。一度先導を任せた以上、主導権は完全に向こうにあった。


ススキの中は思った以上に道ならぬ道であり、虫やクモの巣などが夥しい頻度で顔に当たりとても不快だった。


川北市のシティーボーイを自称するおれとしてはできれば避けたい事態だが、なんとか耐える。


獣道は次第に傾斜がきつくなり、ついには完全な登り坂になった。

どうやら山に入ったらしい。


暫く登るとススキの道から外れ、山道に出た。

しかし登山道といえるような上等なものではなく、か細く頼りないものだ。


ススキの原を抜けると同時に、おれは周囲がかなり明るくなっていることに気づいた。


それまで長い間ススキで視界を塞がれていたせいもあるが、何よりこの山に高い木が全くといっていいほど生えていないからであろう。


といっても完全な禿げ山というわけではない。

山肌には低木がこびりつくように張り巡らされており、言うなれば天然パーマ山である。

これは、アジサイか何かであろうか。


山道とは名ばかりの跡は、その低木を縫うようにしてうねうねと曲がりくねっており、実に登りにくそうである。


心の中でため息をついてみたものの、上皿沼出身の二人は何食わぬ顔でスイスイ登っていく。


「ねえ、鎌崎先輩。

昔はよくこんな風に山を登って一緒に友達の家に遊びに行ったよね。


初めて二人だけで山向こうの田口くんの家に行くってなったときのことだよね、

鎌崎先輩が出刃包丁とスナイパーライフル担ぎはじめたの。

『熊が出たら俺が守ってやる』ってさ」


「ああ、そんなこともあったな…」


どうやら明らかな過剰武装は後輩を守るために始めたらしい。

実はいいヤツなのかも知れないが、敵対的な態度をとられている以上迂闊に信用することはできない。


奇妙な距離感のままひたすら山を進み、傾斜と疲労がきつくなってくる。


中学時代は野球部で鳴らしたおれだったが、流石に音をあげたくなってきた。


「はあはあ、ちょっと休憩しないか」


「もう少しで目的地だ。我慢しろ。」


「翔太はだらしないね、アハ」


心無い罵倒に自尊心を傷つけられ、無理して自分を奮い立たせて進む。


すると大きな湖が見えてきた。ここからだとかなり遠く、普通の山なら見えるはずなどないのだろうが、この山には低木しかないため見通しがかなりいい。


それと同時に甘ったるい臭気が鼻をつき、少し気持ち悪くなる。

このアジサイみたいな低木のせいだろうか、しかし花はおろか蕾すらつく季節ではないが。


「着いたぞ、目的地の桜山湖だ。」


「はぁ!?」


長い登山の終わりで喜んだのもつかの間、水亀が絶叫の声をあげた。


「ここが、あの桜山湖…?」


水亀が何に驚いているのかは分からないが、おれも落ち着いて辺りを見回してみる。


まずは足元に張り巡らされた低木から視線で辿っていく。

それは山の裾野まで続き、その先遥か遠くまで続いている。


どこまど続いているのだろう、更に先へ先へと視線を移していくと、ついには視線の先の湖へたどり着いてしまった。


つまり、山から平野にかけて、そして平野の見える限り一面が、このアジサイのような低木で埋め尽くされていたのだ。


植生も何も無視して暴力的なまでに地上を埋め尽くす低木、よく見ると湖の周りまで生い茂り水中にまで侵食している。


「おい水亀、ここって上皿沼で有名な珍しい自然の残る保護区域だったりするのか?」


「なワケ!!ここはパークゴルフ場とかキャンプ場とかあったはずだ。

温泉にホテルだって!!

こんな何もない所じゃなかった。


ボート乗り場だってあった!

ここで沙也加とスワンボートに乗ったんだ!!」


「沙也加って誰?」


「こいつの初恋の相手だ、まあそれはどうでもいい」


鎌崎がやっと説明を始めた。


「大和は知っての通り、ここ桜山湖は人造湖。

皿沼市がじゃぶじゃぶお金を使ってリゾート地として開発したが、いまとなってはこのザマだ。

ほれ、これを使って見てみろ。」


鎌崎にバードウォッチング用らしき双眼鏡を手渡される。


それを覗き込み注意深く観察してみると、湖の周りの低木群の中に幾つかこんもりと隆起した部分がある。

しかし、細部を見ようとするとぼやけてよく確認できない。

苦戦していると、鎌崎が呆れて口を挟んだ。


「あ、そこのツマミ回すとピント合うよ」


「先に言えよ」


「いや、双眼鏡の使い方知らん奴なんているんだな。

これだからゆとりは…」


赤面しながらお前もゆとりだろ、と悪態をつく。完全な虚勢である。


改めて焦点を隆起に合わせ、注意深く観察する。

すると低木の下にうっすら瓦礫のようなものが見え隠れする。


なるほど、よく見れば木材、コンクリート、鉄柱、鉄線などの片鱗らしきものが覆い隠され、かつての文明の跡が見てとれる。


「貸して」


水亀が双眼鏡をひったくり、慣れた手つきでツマミを調節し辺りを見回す。


断っておくとおれが双眼鏡を使えなかったのはシティボーイだからであって仕方のないことなのだ。


シティではビルの森のせいで30ヤード先も見えないのだ、双眼鏡など使おうはずもなかろう。

まあ川北市街のビルはまばらなのだが。


「あれがホテル、東屋、ボート貸場…

本当に…?」


やはり地元の者から見ると分かるものなのだろう。水亀の手は震えていた。

だが、鎌崎はおれ達をここに連れてきて何がしたいのだろう。


「ここがおかしいことは分かったからさ、それとおれ達に何の関係があるのか、そろそろ教えてくれよ」


「十年くらい前だったか、ここはある事故によって引き起こされた悲劇の舞台となった。


原因は上流にある大正製糖皿沼工場の工場だった。


ある日突然そこから大量の煮えたぎる液体が火砕流みたいになだれこんで来やがった。


すごい勢いで夥しい量が一気に流れてきて、すぐに辺りは埋め尽くされたよ。


水位は大人の首の高さくらいまで来て、工場側に住んでた人達はみんな湖に流された。

煮えたぎる甘い液と一緒にな。」


「そ、それじゃあこの瓦礫は…」


「そう、車みてえなスピードで押し寄せる奔流に、全部押し流されたんだ。

全部流されたんだ。人も車も、俺の家もな。」


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