三十九章 懐かしい邂逅と、やばい邂逅(6)
やがて見えたその現場は、大きな水路を中心に泥が溢れていた。そこには、ふやけたバラバラの遺体、そして瓶や袋も散乱していた。
これは、ひどい。
マリア達はすぐ言葉が出なかった。鼻頭に皺が寄り、つい腕で鼻を押さえてしまう。
昔、戦場で見た、狂った者によって発生した惨殺現場より悲惨に思えた。それは殺人が目的ではない状況が、そうさせているのだろう。
「恐らく、不要なものが袋に詰められていたのが破裂したのかと」
転がった遺体の部分部分を指し、調査員が述べた。
「七割の瓶も割れてしまっています。切り取られた部分の形状が、腐敗せず〝綺麗に残っている〟のは、恐らく全て瓶詰めされていたものかと」
「一体、なんのために……」
レイモンドが思わず呻くと、調査員も顔色悪く首を小さく振った。
「分かりません。狂っている、としか」
全くその通りだろう、という感想しか浮かばない。
遅れて察したように、ポルペオがマリアの前に移動した。片方の腕を腰にあて、さりげなくマントで視界を半分遮る。
わざわざ気を利かせたのかと、遅れてマリアは気付く。
でも不要ではあったので、なんが申し訳なくなった。オブライトだった頃にも見慣れてはいるし、彼も知っての通り、自分は〝戦闘メイド〟だ。
「ただ単に、切り刻むのが趣味だとしたら、とんでもないヤローです」
その時、調査員がそう言って、とある場所を手で示した。
「こちらの切り口の部分、見えますか? 綺麗に切開されているでしょう。武器の刃物ではなく、医療用のメスで切られたものかと推測されます」
「医療用……」
レイモンドが、思うところがあって言葉を繰り返した。
マリアとポルペオの頭にも、先程ファルガーが口にしていた『闇医者』というキーワードが再浮上していた。
「そこで我々は、緊急を要するとして即、王国軍へ通報させて頂きました」
「これまでの調査からも、そう判断したわけだな?」
「はい、その通りです」
調査員は、確認したレイモンドに真剣に頷き返す。
今、レイモンドはここに代表として来ている。彼に伝えることは、国王陛下達にまで直接届いてくれると知って、この中年の調査員も真剣に伝えてくれていたのだ。
「前回、前々回の遺体からは、薬の反応が出た者と出ていない者の遺体がありました。薬剤投与の実験だけ、というわけではなさそうです」
武器開発、拷問開発……そういったことを人体で検証していくのも禁じられている。それをしているとなると、早急な解決が必要だった。
その可能性を考えていると、調査員が一つの〝綺麗な太腿〟を指差した。
「こちらをご覧ください」
「焼印……?」
「人身売買、もしくはなんらかの形で攫ってきた者を、所有員として焼印を付ける習慣はあります。王都で、密かに活動を続けている集団があるかもしれません」
そこで調査員が、改めて頭を下げた。
「どうか、すぐご報告ください。もしかしたら、彼らの中には……生きながら切り刻まれた者がある可能性もあるのです」
恐ろしいことですと、彼は戦慄を声にも滲ませた。
それを指示した者と、そしてメスを握って実行した者――やるせないなと、マリア達は思った。
※※※
戻る道中、誰も話さなかった。
先程のことを、ずっと考えていたせいだ。気付いた時には、歩き慣れた道のリを辿って王宮に着いていた。
「そういや、外出のコンビをマリアと組まされるのも、なんか不思議だな」
ふと、王宮の建物の階段を上がったところで、レイモンドが笑って今更のようにそう言ってきた。
……どうしよう、なんとも言葉が浮かばない。
マリアは、ポルペオと揃って思うところがある表情を浮かべてしまった。問題なく王宮に戻ったタイミングだったので、いよいよ言葉が探せなかった。
こういった場合、コンビを組まされるのは〝互いを護衛し合える者〟だ。
今回、スケジュール的に動けたのは、戦闘メイドのマリアと騎馬総帥のレイモンド。でも彼は、そもそもマリアが戦闘メイドであるとは知らない。
――なぜ、はじめに違和感を抱かなかったのか?
アーバンド侯爵家の事情を知らない男なのに、スムーズな進行を不思議にも思っていたのだが、まさか、ただ気付かなかっただけとは。
「お前は、バカなのか?」
ポルペオが、珍しく柔らかい感じで『バカ』と述べた。
するとレイモンドが、ぽけっとした表情で首を傾げる。
「俺、なんでいきなり貶されたんだ?」
心底分かっていないらしい。彼は何度か耳にした『護衛の達人』を、半ば本気で信じているところもある。
相変わらず大事なところで、際立って鈍さが出る。
今や騎馬総帥なのにと、マリアも遅れて頭痛を覚えた。
「えーっと、レイモンドさん、それでは報告とご提出をお願い致します」
溜息をぐっとこらえてそう言った。ポルペオに察した目で見下ろされ、マリアは言いながら視線が逆方向へそれていた。
「マリア、なんで目を合わさないんだ?」
「いえ、別に……」
「おい、お前は時間があるのか? 陛下を待たせるな」
「あ、そうだった」
ポルペオに促されたレイモンドが、「それじゃ」と言って衣装の長い裾部分をひるがえし、向こうへと足早に歩いていった。
時間がないのは、ポルペオも同じだろう。
これは本来、マリアとレイモンドへの〝急な指示〟だった。
「それじゃ、ここで一旦解散ですかね」
マリアは、廊下のあちら側を指差しながら確認した。
レイモンドを見送ったポルペオの眼差しが、ジロリとこちらを向く。
「なぜ私に確認する」
「いや、その、勝手に歩いていったら怒られるかな、て」
「当然だろう」
「えぇと、それでは、私は一旦ルクシア様のところへ戻――」
その時だった。聞き慣れた声が大きな叫びが、唐突にマリアの後半の台詞をガッツリさらっていった。
「お嬢ちゃんいた! アーシュ君のところにいなかったからさ、一体どこ行っちゃったんだろうと思って、即出て探していたんだぜ!」
目を向けてみると、廊下の向こうからニールがぶんぶん手を振って向かって来る。
――いや、そもそもお前、何しに薬学研究棟に来てんの?
伝言がないのに来るなよとか、色々思うところはある。けれどマリアが言うよりも、駆け寄ったお喋りな彼が口を開く方が早かった。
「はあー、やれやれ。ひどい目に遭った」
それが言いたかったんだと言わんばかりに、来ていきなり、ニールが溜息まで決めてそう告げてきた。
「それ、何度が聞いてる気がしますわね」
マリアは首を捻った。そもそも、また何かしでかしたんだろう。ロイドか、ジーンか、別の上官あたりを困らせたとか。
そう考えていると、ニールが妙な顔でこっちを見てきた。
「なんですか?」
「いや、そもそもお嬢ちゃんのせ――」
「そういえば遺体が出た件、ニールさんにも話が行ってます?」
マリアが尋ねると、ニールがつられて「うん」と答えた。