三十九章 懐かしい邂逅と、やばい邂逅(5)
その様子をじっと見つめていたら、彼が気付いて目を向けてきた。ふっと目がこちらを向いて、マリアはファルガーとしばし見つめ合った。
「小さくて気付かなかった。レイモンドさん、この子、誰?」
「俺の友人で、仕事で組んでいる」
「マジかよ! 友人? へぇー」
ファルガーが、ぐいっと頭を下げて覗き込んできた。唇にされたピアスが、日差しがきらりと光っている。
「なんか俺、あんたのこと嫌いじゃないっすわ」
一言告げられて、マリアは首を傾げる。
昔から、彼の〝人間選択〟はよく分からない。オブライトだった時も、出会った中でそんなことを言われた覚えがある。
「はぁ、そうですか。私はアーバンド侯爵家のメイド、マリアと申しますわ」
すると、ファルガーが「んっ」とピンときた顔をした。
――知っている。
それを知らされる立場の者は、ごくごく限られてくる。国王陛下が認めた者、もしくは、アーバンド侯爵が直に関わる組織――。
そんなことを考えていると、ポルペオが察してマリアに言ってくる。
「ガネットファミリーのところだ」
「え?」
意外だった。あのファルガーが……?
マリアが視線を戻せば、ポルペオは「ふん」と静かに腕を組み直して、続ける。
「三番傘下の荒事処理チーム『エルギータ』のリーダーを張っている」
その時、ファルガーがちらりとポルペオを睨んだ。
「やだなぁ。そうポンポンバラさないでくれます? 俺は裏方なのに、どんどん知られていくじゃないですか」
「でも、そこは俺も意外だったよ」
レイモンドが、にこやかに口を挟む。
「ファルガーって真面目だし、まさかリーダーまで張るとは思わなくて」
その途端、ファルガーがジャケットを手でぎゅっとして、照れた。
あいつ、さっきまで結構柄の悪い格好だったぞと、ポルペオは言いそうにレイモンドを見る。マリアは、全く気にせず微笑ましげに眺めていた。
と、不意にファルガーと目が合った。
「あんた、俺のこと全然違う目で見ないんだねー」
「違う目、ですか?」
「うん。みんなさ~、よく外見と雰囲気から入っちゃうからさ~」
そう口にした彼が、不意に肩で笑った。
「まっ、でもあながち間違いなんて、ないんだけどね」
そのままファルガーが顔を上げ、ポルペオを見やった。
「そこの『ポルペオさん』が嫌う通り、目は真実を映すなんとやら、てね――俺、自分が大事なもん意外、ぜーんぶどうでもいいもん」
蛇みたいな、狐のようでもあるファルガーの目が舌舐めずりするように嗤った。それに対してポルペオが、正義を貫く目を軽く細めて睨み返す。
そのピリピリとした様子に気付かなかったのだろう。
一瞬、店先の賑わいに気を取られていたレイモンドが、「そういえば」と口にしてファルガーに目を戻した。
「ちょうど、声をかけてもらって良かったかもしれない」
「嬉しいな。なんスか、何か聞きたいことでも?」
「最近、王都で騒がれている三件の遺体発見の騒ぎを知っているか?」
ほんの僅か、ファルガーが作り笑いもぴたりと止めた。
何か知っていそうな気がした。けれどマリアのそんな印象に対して、にんまりとした笑顔にすぐ戻った彼が、首を横に倒す。
「あ~、その三件のことなら、町の噂程度には。ほら、新聞でも騒がれてたじゃん?」
「確かになぁ」
「どうにも、頭の沸いた奴でもいるんじゃないか、ってね」
その時、思い返すレイモンドに、ファルガーが「ここだけの話」と声を潜めた。片目をやや細め、ニヤァと嗤って告げる。
「実のところ、闇医者が関わっているじゃないかって、そう噂しているチームもあるらしいっスよ」
闇医者……それは医療系なのか、薬剤系なのかによっても、例のオークションとの因果関係の推測は絞れてくる。
「俺が知ってるのは、そこまでっスよ」
口を開きかけたレイモンドを見て、ファルガーが先手を打つように肩を竦めて両手を小さく上げた。
「そもそも、ウチで把握する案件だったら、ボスが黙ってませんし?」
「うーん、そういうものなのか?」
「レイモンドさんは、そういうの詳しくないっスもんね。そういうもなんスよ。それぞれルールを守るところは守って、領分だってある」
にこっと笑った彼が、「それじゃ」と言って人混みに紛れていった。
※※※
レイモンド達から離れたファルガーは、ジャケットの前をあけた。顔に降りている髪を、ぐいーっと上へ全部上げるように撫で付ける。
待っていた右腕の一人が、ファルガーのそばに寄った。
「王国軍が探ってるんですかい?」
「さーね。どうでもいい」
彼がジャケットを脱ぐ。目も寄越さず押し付けられて、その若手の男が「へい」と答えて受け取った。
「でも、兄貴、確かそいつ、もしかしたら昔の知ってる奴かもしれないって――」
「遠い昔さ」
ファルガーは、手を振って彼の発言を遮った。
「いいんだよ。あいつ、自分で〝壊れたがって〟んだもん」
それが最後に贈る情け。そして優しさ。
――それが、優しさというに相応しいかは知らない。でも結局のところ〝終わらせる〟のが一番だろうと、ファルガーは思うのだ。
「それでも心が痛まない俺は、悪、かねぇ」
わざと、その時を引き延ばすように、レイモンドやポルペオに教えなかったのも、また、罪か。
くくっとファルガーは喉の奥で嗤った。
こんなこと、している暇はないのだ。これからアーバンド侯爵の倅が動き出す。準備せよという知らせで〝こっち側の若手〟は、みんなピリピリしている。
「どうでもいいよ。結局さ、あいつは、俺と間逆の道を行っちゃった――それだけ」
ファルガーは言いながら、昔と変わらない青い空を見上げた。そして、よく見ていた人と同じように手で遮ってみた。
※※※
ファルガーと別れたのち、レイモンドに導かれマリアとポルペオは街中を進んだ。
誰よりも信頼している者の手で、そして容易く奪われない者が行く。
現場を見ての報告、資料回収もそうだった。いつものことなのだけれど、それに今の自分が同行しているのもマリアは不思議に思った。
歩きながら、レイモンドは声を潜めて教えてくれた。
ここ数年、たびたび〝肉片騒ぎ〟は出ていたらしい。だが、この半年で目立った数で二回、そして今回は無視できない惨状で発見された。
「工事ミスで水路に影響して、大量の水が引いたのち、土と一緒に上がった」
おそまつな廃棄の結末だったのか、それとも理由があってそこに投棄されたのかは不明だ。近くの水場も急ぎ確認がされたが、同じモノは出てこなかった。
「運び出すのはこれかららしい。だから、動かされる前に現場を見て来い、というのが指示だ」
「それは、陛下から直接ですか?」
「いや、宰相のベルアーノさんだ。頭を抱えていたよ」
レイモンドの柔らかな苦笑いに、マリアは仕事がどんどん増えているような気がしてならないベルアーノを同情した。そこにポルペオも居合わせていたのだろう。
これまでの事件詳細を綴った資料などを、専門機関と警備隊からも回収した。
それから、当の発見場所へと向かった。現場へ到着すると、立ち入り禁止のテープが張られ、見張りの兵が立っていた。
「御苦労さまです」
レイモンドが兵に告げ、マリアもあとに続いてテープをくぐった。兵達はポルペオの姿に気付くと、ハッとした様子でより身を引き締めていた。
相変わらずの有名人だ。
ポルペオに憧れている軍人は多い。それは四十三歳になっても現役の現在、当時よりもっと強くなっているのだろう。
――嫌な物を包んだ水の匂いと、異臭。
つんっと、それが鼻にかすめた。




