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三十九章 懐かしい邂逅と、やばい邂逅(4)

 ポルペオのヘルメットみたいなヅラは、今日は一段と偽物感が強かった。いつもの地味な茶色から、焦げ茶のペンキ色になっているのも、アウトだ。


 めっちゃ目立つ。もう色が、そもそも自然色から外れている。


 正直、何があったのか訊いてしまいたい。


 ごくり、と、マリアとレンモンドは同時に唾を飲んだ。けれど事情を聞いても答えてくれないだろうし、へたすると自分達の友人に関わる誰かのせいだった場合、説教がこちらに飛び火する。


「言いたいことがあるのなら、言え」


 思わず「どうするよ」「いや、でも」とひそひそ二人が交わしたところで、ポルペオの不機嫌な声が上がった。


「そんな風に見られては、かえって苛々するわ」


 腕を組んだ彼の指先が、トントントンと腕を叩き出す。


 レイモンドが、そんなことを言われてもと躊躇った。だが直後、マリアがふらりと進み出て思わず言っていた。


「いや、一体何があってそんなヅラになっているんですか。これ、もうヅラじゃなくて置き物ですよ。前のヘルメットの方が依然まだマシ――いてっ」


 マリアの頭に、加減された拳骨が落とされた。


 王宮の建物へ出入りしていた者達が、何か思った顔でチラチラ見ていく。警備している兵が、「あのリボンのメイド、勇者だ」と口にしていた。


「貴様は、ほんとに――」


 その時、言いかけたポルペオが不意に止まる。


 説教される前にと思ったようだ。言葉が止まったのを幸いと、レイモンドが二人の間に割り込んだ。


「まぁまぁ、ポルペオも落ち着け。ほら、マリアはまだ十六歳の女の子で……うん、その、さすがに俺も、そのヅラはちょっとどうかとは思った」


 そっと視線をそらして、レイモンドも思わず本音からそう伝えた。それくらいにひどかったからだ。


「ふん。これはヅラではない」

「じゃあなぜ形が変わるのですか」

「お前は、遠慮というものを知らんのか?」


 ズバッと口を挟んできたマリアを、ポルペオは見下ろす。


「ここで遠慮なんかしたら、絶対に気になって気になって仕方なくなるじゃないですかっ」


 マリアは、クワッと目を見開いて主張した。


 珍しく、ポルペオが言い負かされたように黙り込む。少し置いて「チッ」という小さな舌打ちを聞き、そもそもとレイモンドはマリアを見る。


「なんでそれで必死になるんだ……」


 その勇気は真似できねぇと、レイモンドがぞっとした。


 つまるところ、ヅラがなぜ代替え品になっているのかは答えてくれないらしい。時間もないようなので、マリアはひとまず納得することにする。


 そこで、ヅラ以外のところには驚いていないレイモンドに尋ねた。


「それで、どうしてポルペオ様がここで〝待っていた〟のですか?」

「ああ。実は、マリアが一緒だと分かった途端、飛び入りで参加させろと言い出したんだ」

「飛び入り?」


 あのポルペオが?


 マリアは目を向ける。するとポルペオが、視線を返してきて黄金色の目で、ジロリと見下ろしてくる。


 しばし、考える間が置かれた。


「ポルペオ様、もしかして暇だったんですか? いたっ」

「お前は、なんでそう鈍いのだ?」


 またしても軽い拳骨を落としたポルペオが、太さのある凛々しい眉を寄せて言った。


「悲惨な現場なぞ。少女が見るものではない。ましてや幼女など」


 だから、幼女枠から外せっつってんだろコノヤロー。

 マリアは、似合わなすぎるヅラを前に、外させてしまいたい衝動もあったので切れそうになった。


 それを察知したレイモンドが、彼女を後ろから羽交い締めにして抑えた。


「マリア落ち着けっ。つか、なんでそうバカ力なんだよ……!」

「レイモンドさん、離してください」

「余計に時間が押すからっ。ほら、行くぞ!」


 レイモンドが言いながら、そのままずるずるとマリアを引きずった。


 騎馬総帥が、小さな少女を無理やり連れていっている構図に、周りから先程以上にチラチラチラと目が行く。


 ポルペオは呆れて「お前らは鈍いのか」と説教する気もなくしたようだった。



 そのまま正門から外へ出た。

 王都の町は、今日も活気付いて人に溢れていた。街中を進むと、一般の馬車の行き交いも多くなり、住民と商人の声が飛び交う。


「ん?」


 ふと、マリアは視線を覚えた。同じく察知したポルペオと目を向けてみると、そこにはサイズが大きなタンクトップを着た若い男がいた。


 かなり細身なので、余計にタンクトップがぶかぶかに見えるのだろう。


 鎖骨が浮いた薄い胸板には、大きなタシゥーが黒と灰色で色を添えていた。筋肉は付いているが、その細い腕にも色々と彫られている。


 くしゃくしゃの髪は、一思いに全部後ろへ撫で付けられていた。

 眉や唇にもピアスがされていて、目は細い。


 ――あれ? なんか見覚えが。


 そう思ってマリアが首を捻った時、こちらを瞬きもせずじーっと見て動かないでいた二十代半ば頃の彼が、腰に巻いていたジャケットを唐突にはおった。それを首元まできっちり閉めてたかと思うと、続いて上げていた髪を大慌てで下ろし、走り寄ってきた。


「レイモンドさん!」


 その声を聞いて、ようやく気付いたようだ。


 向こうの店先の大繁盛に気を取られていたレイモンドが「ん?」と顔を上げた。走ってきた若い男を見て、優しい鳶色の目を見開く。


「ああ、ファルガーか」


 ――ファルガーって、あのファルガー・ラルか!


 マリアは、驚いた拍子に声が詰まった。それはオブライト時代、王都で出会った不良少年の一人だ。


 彼は当時、十歳で年上の『ラル』という少年チームに所属していた。幼いのに既にピアスで飾っていたのが印象的で、けれど集団行動より一人行動が多かった。


 名前はなく、王都に流れてきて自分で付けたのが『ファルガー・ラル』だった。


 そういえば出会った当時、レイモンドを「理想のお兄ちゃん」と慕っていた。


 マリアは、なるほどと思った。喧嘩をしているところを見られたくない感じで、とくに懐いていたのを思い出す。


 大人の仲裁が必要な騒ぎだった時には、オブライトも止めたものだ。レイモンドが登場すると、彼が慌てて「オブライトさんっ、マントで俺を隠して! ちょ、髪整えるから!」というのも、よくあった。


 今は二十六歳になったファルガーが、いそいそとレイモンドの前に立った。


「今、何してるんスか? 散歩っすか?」

「いや、仕事でポルペオ達と、ちょっとな」


 レイモンドが、詳細は打ち明けず簡単に言った。


 すると、ようやく気付いたみたいに、ファルガーがポルペオを見た。その途端、反感を覚えた子供みたいな顔に戻る。


 ……そう、レイモンドには懐いていた。


 それ以外、彼にとって身分も年齢も関係ないのだ。


 不機嫌なオーラをまとったポルペオに、マリアはなんとも言えない。動物に好かれるだけでなく、妙な子供にも好かれるのかと友人達と会話したのは覚えている。


「ったく、ポルペオにも挨拶しろよな」


 レイモンドが、とくに怖くもない顔で軽く叱った。


「はいはい、いつかね」


 軽い調子で、全くとりあわずファルガーが答えた。


 これはいつもの流れだった。その目がポルペオに戻ると、嘘っぽい笑みがにぃっと口元と目元に孤を描いた。


 ――いや、笑顔とは言い難い。


 それは彼にとって、普段浮かべている考えの読めない表情の一つだった。


「つか、そもそもそっちの『ポルペオさん』、俺のこと嫌いっしょ」


 ファルガーがポルペオに一差し指を軽く向けて、躊躇いなくそう言った。そういうことを、ストレートに言う人間もなかなか少ない。


 だが、ポルペオも全く動じなかった。冷やかに見下ろし返すと、述べる。


「貴様の目は、嫌いだ」

「――そりゃ、どうも」


 真面目に正面から答えられた彼が、やや間を置いて、ゆっくり手を下ろしながら返した。

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