三十八章 驚きとドキドキな婚約披露パーティー!?(パーティー編/終)
マリアは、一瞬、周りの音も聞こえなくなった。ロイドにじっと見据えられて、視線がそらせない。なんだ、なんかすごく恥ずかしくなってくるぞ。
腰を抱き寄せる腕は強引な癖に、指先を握る手は、とても優しくて――。
「あっ、曲が」
不意に気付いて言ってしまった。二曲目が始まった。そのままロイドにリードされて、次のステップへと移される。
「ロイド様のせいで、離れるタイミングを逃したじゃないですか」
「いいだろう、付き合え」
こいつ、暇なのか?
マリアは訝った。しかし直後、ハッと思い出した。ちくしょー、二人の天使のダンスを、この目に焼き付けるつもりだったのに……っ!
悔しく思っていると、ダンスを続けながら追ってロイドが言ってくる。
「リリーナ嬢なら、もう一回公式で踊るぞ」
「えっ、そうなのですか!?」
「サプライズで、その時間が予定されている」
「なんだ、そうだったんですね、良かった……ん? なんで私が考えている事が分かるんですか」
「なんとなくだ」
専属のメイド、と考えていた彼が「ところで」と話を変えてきた。
「次、ターンをして抱き上げても構わないか?」
「調子に乗らないでくださいませ」
そんな高度なダンスは習得してねぇよ。
唐突にそんな事を提案されたマリアは、イラッとして間髪入れず言い返した。なんだ抱き上げるって、させるわけねぇだろが。
子供扱いしやがってと思っていると、ふと、先程より肩の力のが抜けているのが分かった。初心者には苦手な次のステップを踏む足が、とても軽やかで驚く。
まさかあのドSの鬼畜が、そんな細かな気遣いを?
「もしかして、わざと言ったんですか?」
思わず、マリアは尋ねてしまった。なんだか、ロイドっぽくない。いや、でも、これが大人になったロイドの一面でもあるのかな?
だって、あれからもう十六年が経った。
目の前にいる彼は、もう、子供ではなくなってしまっていて。
直前まで緊張していた反動なのだろうか。ちょっと楽しいとも感じるダンスに、そう考えた途端、なんだかマリアはおかしくなって小さく笑ってしまった。
「似合わない気遣いですね。でも、ありがとうございます」
まさか、こんな風にここでダンスを楽しめるとは思っていなかった。意外と、なかなかこういうのもいいのかもしれない。
そう思って素直に感謝を伝えたら、ロイドが同じく素を滲ませた感じで、目元に柔らかな笑みを浮かべた。
「それは、どういたしまして」
気のせいか、彼はとても嬉しさを噛み締めるみたいな声だった。
多分、それはマリアの気のせいだ。どういたしまして、なんて、前世じゃ絶対に聞く事がなかった台詞だったから、大人びやがってと、また笑ってしまったのだった。
※※※
そんなロイドとマリアのダンスは、一部から注目を集めてもいた。
目を引くくらいに空気感が良かった。相性がぴったりと言う感じのステップや、途中、優雅でいて元気さを増したリズムの調子が、息もぴったりだった。
それは自然と、見る者の目を一度引き付けると離さなかった。
「珍しいな、ファウスト公爵が踊っているぞ」
「それにファウスト公爵と踊っている、あの愛らしい令嬢は誰だ?」
見ている者の中から、やがてそんな声が上がる。
「いい雰囲気だな。あの我らが総隊長が、二曲目に突入したぞ」
「もしや、特別な相手だったりするのかな?」
「誰か知っているか?」
――それはマリアが、普段は王宮を騒がせている『リボンのメイド』と、全く認識されていなかった証拠でもあった。
ロイドとマリアが、呼吸を合わせてターンを披露して見せる。
すると途端に、周りからうっとりとした感嘆の息がもれた。初めてを試した事だったのか、ロイドが何やらこそっと話しかけて、彼女と小さく笑い合う様子も、見る者の心を和ませた。
「ふむふむ、本当に珍しい事だ。あのお方が上機嫌とは」
「あの子供も、将来は美人になりそうだな」
「ファウスト公爵様と並ぶと、本当に愛らしいですわね」
見守っていた貴婦人も、「どこの子かしら」と扇を口元に当てて微笑ましげだ。
「しかし、ここまで見せ付けられると、気になるな」
「確かに。この前の夜会でも、何も話されていなかったが。君、王宮の軍区の者だろう。何か知らないか?」
「え? さぁ、僕はあそこはあまり出入りもなく……あ。ちょうどいいところに! 何か知っていますか、ルーカス様?」
ふと、そう一人の騎士へ言葉が投げられた。
尋ねた騎士と共に、近くにいた者達の目が同じ方を向いた。
そこには、総隊長をよく知る友人の一人、と数えられている王妃の専属の護衛騎士、ルーカス・ダイアンがいた。
ルーカスは、彼らとは全く違った、実にテンションのひっくい表情を浮かべていた。
「ただ女避けで、無理やり付き合わされているだけじゃないか?」
ドン引きな顔で、ルーカスがやがて答えた。
ちょっと待って、と尋ねた騎士がツッコミを入れる。
「ルーカス様は、なんで総隊長様関係だと、全部消極的な感想になるんですか」
「俺はあいつを知っているし、そもそもあのロイドだぞ?」
追って、ルーカスは「あの」と強調し、ビシッと指差して言った。彼としては、リボンのメイドとして知られているマリアも含めて言ったものだった。
だが、ここにいる誰もが、まさかマリアであると気付いていない可能性を考えていなかった。
集まっていた者達が、納得した様子で高揚感をなくした。
「なんだ、ファウスト公爵の知り合いなのか」
「彼なら、ありえるな。よし、解散だ」
あの令嬢は一体何者なのか――そんな議論さえ交わされないまま、ルーカスの発言が発端で野次馬のように固まっていた面々は解散したのだった。