三十八章 驚きとドキドキな婚約披露パーティー!?(6)
「その子、僕と約束しているんだ。――何か、用かな?」
目が合ったアルバートの、優しげな目がにこっと笑みを浮かべる。
令息が、直後にゾワッと鳥肌を立てた。
「い、いや、知り合いだったものですから」
言いながら、相手が誰であるのかとも確認しないまま、彼が慌てて人々の向こうへと紛れて見えなくなる。
ジョセフィーヌは、思わず緊張していた肩から、ふぅっと力を抜いた。
「大丈夫? 彼、君の知り合い?」
ふと、そう声をかけられてアルバートがいた事を思い出した。
「あの、その、いつかの会がお見かけした方ですわ」
「ふうん。そう――アシッド・ディーナーだね」
「あら? お名前をご存知なのですか?」
きょとんとして尋ねると、一度、彼がいなくなった人混みの方を見たアルバートが、ジョセフィーヌへと目を戻してきた。
「まぁね」
にっこりと笑い掛けられる。
リリーナの兄である彼がそうだというのなら、きっとそうなのだろう。
そう思っていると、すっと目の前に美しい男性の手が差し出されてきた。確認してみれば、アルバートが少し背を屈めて、紳士の礼を取って誘っている。
「僕と、ダンスする?」
「え? いえ、わたくしは得意でもありませんから」
ふるふる、とジョセフィーヌは首を横に振って答えた。
するとアルバートが、背を起こして「ふうん」と顎に手をあてた。推測でもしていた展開なのか、やっぱりかと呟いて少し思案気に上あたりを見る。
「なら、どうしようかな。実は君が見ていたのには気付いていて、さっきリリーナに踊ったやつを、やってあげようかなと思っていたのだけど――」
「是非お願いしますわっ!」
直後、ジョセフィーヌは、淑女としての仕草をどうしたのか、ずいっと迫るとアルバートの手を両手でぎゅっと握っていた。
ぎりぎりぎりと持ち前の怪力が、彼の手を握り締めている。それを平然と受けているアルバートは、きょとんとした目でしばし彼女を見下ろしたのち、
「ふふっ、やっぱり面白いなぁ」
思わずといった様子で笑みをもらすと、改めてジョセフィーヌの手を取り、ダンスの輪の中へと誘った。
※※※
ダンスの会場になっているフロアの一部で、マリアとロイドと向き合った。
そのままダンスの姿勢を取られた片方の手を包み込まれて、腰を抱き寄せられ、気付けばゆったりとステップを踏んで踊り出していた。
「うまいな。上達が早い」
「素直に褒められている気がしませんね」
ニヤニヤしているのは、きっと小馬鹿にしているせいだろう。
ロイドがなんだか上機嫌で、マリアはそう思った。それでも、それ以上意地悪してくる事もない。
こうして踊れているのは、彼が自分に合わせてくれているからだと分かる。
しばらく言葉がなかった。どうしてかロイドが、とても落ち着いてマリアを見つめ続けている。飽きもせずに、ずっと。
「なんで、じっと見てくるんですか?」
次第に、間に漂う空気感に落ち着かなくなってくる。
腰に感じる彼の大きな手の温もりに、なんだかそわそわしてしまった。
「見たらだめなのか?」
だめ、という事はない。
だって向かい合って踊っているのだから、互いの顔が見えてしまうのは当然だろう。……でも、なんというか、露骨にじっと意識して見ている気がするのだ。
マリアは考えて返答に窮してしまった。先程の彼が言った通り、衣装が違っているだけで、顔だってそんなに化粧もされていなくって、いつもの『マリア』なのに。
「綺麗なものを、じっと見たらだめなんて事はないだろう」
不意に、そんな事を言われた。
え、と思った直後、マリアは少しだけ頬が熱くなるのを感じた。何言ってんだこいつ、と思った。でもアルバートやアーバンド侯爵や〝家族〟達にも言われた事なのに、どうしてか、ロイドの言葉だけが妙に意識された。
「き、綺麗って」
「リボンがないお前って、こんな姿になるんだなって」
……物珍しいとか、そういう?
踊りながら覗き込まれて、マリアはふと思った。思えば彼は貴族なので、社交辞令なんて昔からよくやっていた事でもある。
なるほど、場の流れでそう口にしたわけか。
ふむふむと一人納得した。でも、引き続き胸は、先程大きく高鳴った余韻に、トクトクとしているので驚いたせいかなと首を捻る。
「ロイド様も、素敵ですよ」
こう言う時は、社交辞令を返すものなのかしれない。
そう思ってマリアが口にしたら、ロイドが次のステップを間違えた。
「うわっ」
引っ張られて、躓きそうになる。
すぐにロイトが体勢を戻して、マリアを支え直した。周りで同じように男女一組になって踊る者達にも気付かれない自然さで、優雅なダンスへと戻る。
「何してんですか、ロイド様」
「――すまん。なんでもない」
思わず唇を尖らせたら、いよいよロイドが顔をそらした。
「くっ、その顔」
「顔?」
「いや、なんでもない」
お前さっきから、一人でどうした?
きょとんとしたマリアは、また一層自分から目をそむけているロイドを見て思った。そろそろ一曲目が終わる事に、ふと気付く。
長いと思っていたが、やってみるとあっという間だった。
そう思っていると、向こうからワッと声が上がった。第四王子、殿下、婚約者様と、というキーワードがマリアの耳に飛び込んできた。
――あ、もしかして、リリーナ様が踊ってる!?
注意がそれたその次の瞬間、ぐいっと引き寄せられて驚いた。あっと小さなマリアの声がもれた直後、大きくステップを踏んだロイドが彼女を抱き寄せる。
「今、お前と踊っているのは、俺だろう」
真っ直ぐ覗き込まれて、マリアはロイドから目をそらせなくなった。




