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三十四章 大司教邸と王国軍(聖職者編/終)

 任務を無事に終え、マリアはジーン達と一緒に王都へ帰還した。リリーナは、貴族の友人令嬢達の領地別荘へお泊まり会をして気付かれなかった。


 久しぶりに王宮へ顔を出すと、薬学研究棟の一階研究私室に入ってすぐ、待っていたルクシアとアーシュに声を掛けられた。


「おっ、宰相様が言っていた通り、今日は来たな」

「怪我もないようで良かったです。おはようございます」

「おはようございます。あれ? 今日は紅茶ですか?」

「兄上からの頂き物です。アーシュが先日、町で一緒に食事をした際にもらったそうです」


 文官のアーシュと、第二王子ジークフリートは一番の友人だ。周りには公言していない。たまたま時間があったので、食べて来たのだ、というアーシュの声を聞きながら、マリアは笑顔もゆるみっぱなしだった。


 ああ、この空気感、軍のところにはなくて和むなぁ。


 先日に馬車で戻ってくるまで、マリアはずっとジーン達と一緒にいた。もう騒がしいのなんので、休憩地点の町でレイモンドとも走ったりした。


 あの時、なんでポルペオの大説教になったのか、覚えていないけれど。


 そう思い返していると、アーシュが訝ってマリアをじろじろと見る。


「お前、なんか気持ち悪いぞ。ひとまず訊くが――お前の分の紅茶を淹れていいか?」

「アーシュって、ひどいのか優しいのか分からない時があるわよね」

「今日は赤毛来ないんだな」

「当分は忙しいだろうし、こないんじゃないかしら」


 大臣の仕事がたまっていると言っていたから、恐らくニールはジーンに付き合わされるだろう。


 今日は、久々にルクシアの手伝いに専念出来そうだ。マリアは、使用人だとか身分も関係ない友人だと、こうして自分の紅茶まで淹れてくれるくすぐったさに笑った。


「私、今日は絶好調で頑張るわね!」


 着席したマリアが告げると、見ていたルクシアが「はぁ」と溜息をもらした。それから、大きな眼鏡をかけ直す仕草で隠しつつ、ちらりと柔らかな苦笑を浮かべた。


「戻ってきたばかりですし、あまり無理はされないように」

「大丈夫ですよルクシア様! 私、体力は取り柄なんで掃除もバッチリします!」

「はいはい、お前はほんと戻ってきて早々に元気だな。ったく、俺とルクシア様の心配も考えないで……」


 もごもご言いながら、アーシュがこういう時には、貴族の子息として教育を受けた品のある仕草で、マリアの分のティーカップを置く。


「え? 今、何か言った?」

「なっ、なんでもねぇよ! だから、こっち見んな!」


 なんか顔が赤くなった気がした。だから心配して見ようとしただけなのに、顔面を本で遮られてしまった。


 でもいいんだ。今日は機嫌も良くて、マリアはにっこりする。


「このあと本を取りに行く予定あります?」

「先に、仕上がった論文の提出の方ですかね。公共区の郵送窓口に預ける予定だったのですが、学会の方が、ついでにとわざわざ足を運んでくださる事になりまして」


 ルクシアが、思い返しながら答えた。


 するとマリアの隣の作業椅子に座ってから、アーシュがこう続ける。


「なんか、王宮に立ち寄る偉い先生がいるらしいぜ。その助手が、元そいつの先生で、一緒に便乗して登城させてもらうんだと。公共区側のサロンの外席で待ち合わせ」

「そうだったの。あ、この紅茶、美味しい」

「ジークがおすすめしてたやつ。フレーバーの香りが、ほんのり甘い」


 アーシュが、マリアの持つティーカップに指を向けて教える。


「でも、赤毛頭は本当に来ないんだな? つまりこの時間は、久々にゆっくり三人で朝の休憩ができるわけだな?」

「アーシュには、いつも苦労をかけているわね……ほんと、ごめんね」

「ストックの菓子が、ちょうど三人分くらいだからな」


 ……ニールの扱いが、子供以下になっている気がする。


 マリアは、冷静顔で紅茶を口にしたアーシュを見て思った。この時間、一緒にいると一番お菓子をばくばく食べている元部下(ニール)を思い返す。


 するとルクシアが、なんと取ったのかマリアに目を向けて言った。


「それなら出しましょうか。マリアも、甘いものは好きでしょう」

「え? あっ、それなら私が準備しますよ。今日また手配するために在庫確認もしたいですし。大丈夫です、なんたって今日は誰も来な――」


 にっこりと笑ってマリアが続けようとした時、不意に扉が勢いよく開かれた。


「マリアちゃん、おはよう! ははは、俺の分のコーヒーある? 休憩しに来たぜ!」


 まさかと思って振り返ると、師団長のマントを揺らして堂々と入室してくるグイードの姿があった。


 え、なんでお前が来るの、とマリアは思った。向かってくる彼の片手には、掴まえられたレイモンドが引きずられている。


「マリア。俺は、グイードを止めようとしたんだ……仕事がたまってるのに、このバカときたら……くっ」

「あー……なんとなく、分かります」


 マリアは、顔を押さえたレイモンドの呻きに同情した。あまりにも可哀そうになって、駆け寄り、ひとまずグイードの手を解いて助けてあげた。


「えぇと、レイモンドさん、とりあえずコーヒーをお出ししますわ」

「すまない」


 マリアに手を取られて立ち上がるレイモンド、こと『騎馬総帥様』をアーシュが戸惑い気味に見つめていた。その視線が、グイードと往復する。


 ――コンコン。


 その時、開いた扉を控えめに叩く音がした。


「マリアさんは、こちらにいらっしゃいますか?」


 そう続いた美しい柔和な男の声を聞いて、マリアとレイモンドが同時に鳥肌を立てた。自分達が知っている口調と〝あまりにも違いすぎて〟ゾッとした。


 それに関しては、グイードも珍しく驚いた反応を見せた。マリアやレイモンドと一緒になって、ガバッと入口の方へ目を走らせる。


 そこには、にっこりと微笑む神父ジョナサンがいた。


 しばし、室内に沈黙が漂った。


 きらきらとした空気をまとっている、神聖な聖職者が一人いる。ルクシアとアーシュが「なんで神父か王宮に?」と呟いた時、レイモンドが金縛りが解けたかのように後ずさった。


「で、で……出た――――っ!」


 彼が思わず叫ぶと、見かけだけ柔和な雰囲気の美しい男、ジョナサンが天使な微笑のまま小首を傾げる。


「ふふ、ひどいですねレイモンドさん。そんなに喜ばれたら困ります」

「喜んでないよ警戒してんだよ! なんでここにいんの!?」

「俺も、ちょっとびっくりしたわ……お前、ステラの町はどうしたよ」


 グイードが、聞き慣れないジョナサンの口調に、片方の耳を叩きながらポカンとした顔で尋ねた。


「知らないんですか? 僕、本日付けで王都の教会勤務になりました」

「こんな物騒な神父を置くとこ、よく見付けられたな!」

「金と聖職機関内の権力と、あと、平和的に直接話しましょうと訪ねたところ、納得頂きました」


 ジョナサンが、まるで読み聞かせでもするみたいなイイ声で述べる。しかし、その雰囲気と言葉の内容に差がありすぎて、またしても会話が途切れた。


 ――恐らく、それを一般的には〝脅し〟という。


 すっかりルクシアが警戒して青い顔をしていた。アーシュも顔色が悪い。これはまずいと、マリアは焦って考えた。でも元々考えるなんて得意ではない。


 思わず、混乱のまま、一番気になって仕方ないでいる事をジョナサンに確認した。


「あの、その口調は一体……?」

「マリアさん、僕は神父の時はこの口調ですよ」

「え。何ソレ、こわ」

「このたび聖職機関の代表として、王宮側との橋役にもなりましたから、ちょくちょく足を運びます。これから、どうぞよろしくお願いします」


 つまり、自由に王宮を出入りできる立場になったの……?


 さすがに神父服はかなり目立つと思うのだ。あきらかにおかしい。だが、きらきらなオーラを放っての敬語口調が強烈過ぎて、グイードも言葉を出せない。


 するとジョナサンが、続いてルクシアとアーシュの方を見た。目が合った彼らが、作業机の方でビクゥッとする。


「初めまして、僕は神父のジョナサン・ブライヴス。そこの〝マリアさん〟達の友人でもありますから、警戒しなくてもいいですよ。ああ、簡単に自己紹介をしますと――他人に踏まれるのは嫌いで、僕は進んで踏むタイプです」


 最悪な自己紹介だ。初っ端から、なんて挨拶してんだよ。


 マリアは、レイモンドとグイードとそう思った。ジョナサンはびくびく警戒している若者の反応が愉しいのか、すっごくいい笑顔だ。


「やっぱり、マリアの知り合いって変……」

「今回は、神父ですか……」


 アーシュが呟くと、ルクシアも同意しつつそう言った。二人の声には、機会があったとしても恐らく自分達から向かう事はあるまい、と語っていた。

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