【書籍版5巻、発売記念SS】~書籍版「番外編」つながりのSS~
今から約十七年前、王宮。
軍区から公共区へ向けて、男達がバタバタと走って行く。黒騎士部隊、騎馬隊、近衛騎士隊、銀色騎士団……なとせなど相変わらず所属先は色々ある。
そして、その中には、なぜか非軍人も一人混じっている。
「なぁ、俺、離脱していいか?」
「飛び込んできたんだから、最後まで付き合えよ」
もう帰りたいと表情で語っているグイードへ、オブライトが低い声で言った。
それを近くで走っている近衛絵騎士が、同情交じりに見やる。
「確かにそうですよねぇ。面白がって見に来たのが、仇になったと観念するしかないですよ」
「まさにミゲル師団長の『天罰!』とか、そういうやつだな」
「つか、あの人ほんとなんなの? ポルペオ様の信者なの?」
別部隊の軍服の男へ、警護班の帽子を押さえて深く押し込み直した男が言った。
「ポルペオさんの一族って、あの建国の有名な『白の騎士』だろ。ミゲルさんのところの一族は、信仰心が強くて、昔から憧れてるらしいぞ」
「憧れでなくて、もはや尊敬を通りこして目が曇ってるのでは」
「分かる。あのヅラ見て『尊きお考えのもとされているのだ!』て言い切ったあいつ、マジすげぇわ」
はぁやれやれ、とグイードが相槌を打つ。
オブライトが悩み込んだ表情で、長く溜息を吐きながら目頭を揉みほぐした。
「ほんと、あの二人のタッグが嫌だな……」
「黒騎士さん、俺、途中から加わって意味不明なんですけど、一体何がどうなってこんなことに?」
「腹黒令嬢の抜刀喧嘩騒ぎだったんじゃなかったんですか?」
警備兵らが、腰元の剣と警棒をがちゃがちゃ鳴らしながら尋ねる。
「つか、お前ら途中から平然と加わってるよな……」
すぐそばにいた近衛騎士が、そういえばと彼らを見た。
「なんかオブライトさんが絡んでいると、何かと面白いし」
「なんか困ってることあるんなら、協力しようかなって」
「その心意気、是非うちのグイード将軍にも分けてやってくれ」
ついでにグイードに「一緒にサボって見に行こうぜ!」と巻き込まれていた部下が、真剣な目でそう言った。
先日、例の腹黒令嬢が、何度目かのサンドイッチ作りに挑んだ。その一件で、またしても兄が墓穴を掘ったのだ。
それ続きで、過敏になっていた妹の方が切れて抜刀し、また兄妹喧嘩が勃発した。
すぐに決着はついて、勝ったのはまたしても妹。
こんなんじゃ嫁にいけないぞと、余計な本心を言い残した兄が床に撃沈。
――だったはずなのだけれど、何がどうしてこうなったのか。
しばし思い返し考えていたオブライトは、そこで不意に真面目な顔をした。
「もとはと言えば、筋肉馬鹿が着火点だった気がする」
真面目な顔をしたものだから、一体なんだろうと発言を待った男たちが、途端に「あーなるほど」という空気を漂わせる。
あの人ならやりかねない。自分なりに間違った解釈で話をぐんぐんすすめてくるの、ほんとすごいと言葉が交わされる中――。
唐突に、全く関係のない一声が上がった。
「あーモテたい! 彼女が欲しい!」
「ははは、隣で好き勝手願望を叫ばないでくれます?」
非軍人の男が、さらりと指摘した。
「モテる肩書きな助教授に、俺の気持ちが分かるもんか――っ!」
「あんた、先日もパーティー会場で騒いでいたのに、懲りてないんですねぇ」
「うおおおおおおモテたい……!!」
その時、騎士団の男が、モテたい発言をしている騎馬隊の男へガバッと一睨みを送った。
「あーもう煩い! お前マジでレイモンド将軍のところに追い返すぞ!」
彼はそう怒鳴り付けるなり、見ろとオブライトへビシッと指を向けて続ける。
「この騒ぎっ、お前も引き金になってくれちゃってるんだからな! 飛び火したオブライトが可哀そうだろが!」
「もういいよ、俺、色々と諦めてる」
「黒騎士さん諦めるの早いです。大丈夫、来年こそは問題児な後輩は入ってこないと思います」
別所属の軍人が、ぽんっとオブライトの肩を叩いた。
グイードが、ちょっと心配そうに怖々とオブライトの横顔を見やった。
「諦めているとか、絶対ないだろ。お前結構スパルタだぞ、その上いつも即発散してるじゃん……」
「別部隊の新人、指導付けるとかで全部ぶっとばしたんでしたっけ」
「助教授よ。それ、昨日の話なんだぜ」
「あらら。じゃあ、新鮮な情報だったわけですか」
そんな話しがされるかたわらで、レイモンド将軍が教育と指導にあたっている騎馬隊の新米と、男達の話は続いていた。
「というかさ、なんでまたこっちに来てんだよ」
「新米にしては、そういうところのメンタル強すぎるだろ。抜け出し、サボりだぞ」
「俺だって彼女とイチャイチャしたいんだよコノヤロー! レイモンド将軍のところに、よ、嫁様がっ、弁当持ってきてのほほんとやりとりしている光景見せられて、飛び出さずにいられるかってんだチックショおおおぉぉ!」
「欲望剥き出しだなぁ」
呆れてそう述べた男が、ふっと反対側へ目を向けた。
「そういやあんた、ついてきて平気なのか?」
「バーグナー教授が、もう少しかかりそうなんで。なんか面白そうですし」
「それだけで付いてきてんのかよ……」
と、不意に後ろが騒がしくなる。
振り返ったグイードが、「げっ」と呻いた。
「ポルペオが来ちまったぞ」
「うわー、ミゲル師団長めっちゃ怒ってんなぁ」
「あれに火を付けた魔王な少年師団長、えげつない」
「いつも嫌なタイミングで火に油注いでくれるよな。分かっててやってるのが、またひっどい」
一同、キキーッと方向を変えて廊下を曲がる。
行く先に、今度は別れ道が迫っていた。
しかしその少しあと、オブライトは「あ」と声を上げ、右に行くか左に行くかを決めることになる。
※※※
ちょうどその頃、一人の貴族紳士が、小さな我が子の手を引いて歩いていた。
つい先程、警備の者にこそっと教えられ、言われた通りの道順にて不慣れな王宮の奥を進んでいるところだった。
『ファイマー様、陛下より伝言が。――ご希望された通り、人の目と耳がないよう、お話は『陛下の秘密の部屋』で行うそうです』
『そうですか、それはありがたい……感謝致します』
そんなやりとりを思い返していた彼は、不意に握っている手を引かれて、ハッとした。
目を向けると、そこにいた幼い我が子と目が合った。
「父上、向こうは、軍区なんでしょう?」
ビクビクとした彼に言われて、父はどうにか微笑んで見せる。
「アーシュ、そう怯えなくとも大丈夫だよ」
「お、王宮も、怖い」
「こうして登城するのは初めてだからね。父さんも、はじめはそうだったよ。大丈夫、そばに付いているからね」
彼は小さい。周辺国でもない巨大な複合施設も持った城だから、よりそう感じてしまうところもあるのだろう。
父は、門をくぐった時には、もう緊張がピークだったまだ三歳の幼いアーシュに言い聞かせた。
「お城の軍区だって、怖いところじゃない。守ってくれている、品行方正な優秀な騎士達だ」
「でも……」
「大丈夫、そばを通るだけさ」
道の途中、軍区へと行ける廊下が繋がっている。けれど彼らはそこへは進まない。行くのは、真っ直ぐだ。
そろそろ繋がった部分へと差し掛かる。
と思ったその時、父が安心させるように言って笑いかけたそばから、黒い影がぶんっと二つ飛んできた。
「子供がいるから、そっちに行くなつってんだろ!」
突如、目の前に、飛び蹴りで後頭部を踏んだ黒騎士部隊の人間と、騎馬隊の若者が廊下の壁にめり込む姿が飛び込んできた。
「いきなりの理不尽な暴力!」
「体で教えないで、口で教えてあげようぜ後輩っ」
あわわわとグイードが口に手をやる。
それを目の当たりにした貴族紳士が、立ち止まって茫然とした。その足元で、涙目いっぱいに子供がぶるぶる震えている。
不意に、その暴力を放った張本人――オブライトの目がくるっと向いて、幼い彼はビクーッとした。
「ごめんな坊や!」
まるで、直前のことなどなかったかのように、困ったように笑いかけられた。
彼が踵を返して駆けていく。軍区の廊下から出てきた他の男達も、合流するようにバタバタ向こうへ走っていき、その後ろから「待たんか!」と二人の師団長が続いた。
廊下の壁に足で叩き付けられていた騎馬隊の若者が、呻きを上げて震える手を動かす。
「も、モテたか、った……」
謎の言葉を残して、ぱたっと手も落ち完全に意識を失う。
直後、子供が怯えを露わに、堰を切ったように大泣きした。
「びえええぇぇ王宮怖い――っ!」
父が、慌てて宥めにかかった。
――こうしてアーシュの中で、王宮の軍区は「騒がしい」、そして「危険である」という認識が固まった。




