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三十二章 公正な警備隊長&異端な神父(5)

 コーヒーで休憩をした後、しばらく散策するようにマリアは引き続き町を歩いて回った。二度、馬に乗った警備隊の巡回を目にしたが、ただ馬に乗って喋り散歩しているだけにも見えた。


 日差しが弱まったのを感じた頃、調査を終えて宿に引き返した。


 そこには、既にニールとヴァンレットの姿があった。少し腹ごしらえをして戻ってきたばかりなのだと言って、荷造り前の一休憩中のつまみの菓子パンを分けてくれた。


 それから、ほんの少し違いでジーンが「親友が戻った気配を感知した!」と飛び込んできた。マリアは先程のジョナサンと同じくして、「やっぱり分からんな……」という感想を抱いたのだった。



 部屋を片付けている最中に、レイモンドとグイードも戻ってきた。


 みんなで一緒になって、使用したものをきちんと綺麗に片づけていった。それから各自の荷作りを始め、まだ戻っていないポルペオの鞄類をひとまず一ヶ所にまとめて置いた。



「なんかねぇ、やっぱりここ最近は、町の人も感じるくらい治安の悪化が加速してるっぽい」


 濃く色付き始めた西日が差し込む中、すっきりした床に胡坐をかいて座ったニールが、一つの方向をじっと見つめながらそう言った。


「元々警備隊の必要性を感じていない人たちもいて、俺がヴァンレットと見て聞いてきた感じだと、それが更に増してるというか?」


 その組織の神聖さや、普段からの信心深い行動や態度もあって、今のところ聖職者を疑っている者はいないようだった、と、ニールは自身の見解を述べた。警備隊にはまるで期待はしておらず、相談事があれば教会へ、というのが町の人たちの認識であるらしい。


「大聖堂がある町だと、もしかしたら全部そんな感じなんですかねぇ」


 マリアは、ヴァンレットに肩車されている状態でそう相槌を打った。


 そのそばに監督のように立って指示しているジーンが、「うーん」と言って言葉を続ける。


「やっぱ、もうちょっと右かな」

「了解――これでどうかしら?」

「うーん。まだちょっとばかし目立ちすぎるかなぁ。もう少し隠さないと、即バレしそう」


 それを、食卓で一息ついているグイードとレイモンドが、呆れたように見ていた。彼らの足元には、既にまとめられた荷物が置かれてある。


「お前らさぁ、……なんで、そうヅラには団結力を発揮すんだよ……」


 とうとう黙っていられなくなったのか、グイードが思わず口を挟んだ。そばでレイモンドが「ほんとにな……」と、ちょっとポルペオを憐れんだような表情を浮かべる。


 するとジーンが、元黒騎士部隊のメンバーを代表して、振り返りこう答えた。


「見ていると、こう、反射的に抹消したくなるんだよな」

「反射的に抹消って……その返し、旧ドゥーディナバレス領に行くポルペオの進行軍に、部隊ごと突っ込んでいった話を聞かされた時と同じだぞ」

「だってさ、まさかポルペオが、こっちにヅラのスペア持って来てるとか、想像もつかなかったというか」


 どんな返しの言い訳なんだよ、と元騎馬隊の名コンビが思う回答をジーンがした。


 少し前、荷造りをしていた時にそれは発覚したのだ。第一発見者であるニールは、上の棚を開けた際に「ぎゃっ」と飛び上がっていたし、ヴァンレットと揃って抱きつかれたマリアも「うわっ」と少し声が出たほどだった。


 ジーンが再び代表として、当時の自分たちの気持ちを、グイードとレイモンドに述べた。


「俺ら、ポルペオの首があるのかと思って、マジでビビッたんだわ」

「そう勘違いするの、まずお前らだけだぞ……」


 レイモンドが、そう言ったところで「ん?」と首を捻った。


「なんか、揃ってそういう反応しているのに、覚えがあるような、ないような……」


 でも『四人』というキーワードの数の中に、当時はいなかった『小さな少女』が代わりにいる事で、ちょっと鈍いレイモンドは気付かないでいた。


 対するグイードも、目の前のジーン達の様子に意識が全部向いていた。だから相棒の疑問の呟きなど耳に入らず、ややあってから、呆気交じりにこう言いながら椅子に背をもたれた。


「まぁ、面白そうだから別にいいんだけどさ」

「おい、よくねぇよ馬鹿」


 その途端、相棒のレイモンドが反応してグイードを見た。


「あいつ、絶対一発で気付いて、すぐ説教モードに入るぞ」

「案外気付かねぇかもしれねぇぞ? なんかさ、こっちで寝泊まりしてる間、十六年ぶりくらいに気が抜けてる感じもあったっつーか」


 よく分かんねぇけど、とグイードがこの部屋内でのポルペオの印象を口にする。視察で彼が爆睡するというのも、ここ十数年はなかったような――。


 その時、ガチャリと扉が開いた。


 音を聞いた一同が、揃って目を向ける。


 戻ってきたポルペオが、長いコートの先を揺らして入ってきた。彼は扉を閉め直すなり、室内の方を振り返ってすぐ、凛々しい黄金色の眉を寄せた。


「――貴様ら、一体何をしている?」


 しばし動きを止めていたマリアは、そこでようやく、ヴァンレットの肩からひょいと飛び降りた。ふわりと広がったスカーを手で押さえる中、近くに座っているニールの目はポルペオを見続けている。


 ポルペオはとくに興味がなかったのか、質問した後だというのに歩き出した。一番遅れての到着だったせいか、誰も何も答えない沈黙ではなく、室内の片付きっぷりを確認している。


 食卓まで向かってくる彼を、じっと一同が目で追う。


「なんだ、先に荷物までまとめたのか」


 まとめられている他の面々の荷物を見て、ポルペオが半ば感心交じりに言った。そのまま目を向けられたジーンが、ちょっと肩を竦めて「まぁな」と答える。


「ニール達の調べた感じだと、町の様子は、お前が推測していた通りってとこだな」

「ふん。だろうな、先の暗殺部隊の報告書で予想はしていた。――私も実際に目でいくつか確認出来たが『予想以上に悪かった』な」


 ざっくりと報告しながら、ポルペオがしゃがみ込み、用意されている自分の鞄の一つを開けた。――そこには、スペアの太い黒縁眼鏡がギッチリ入っていた。


 それを目に留めた瞬間、ジーンが「ぶはっ」と笑った口を手で押さえた。


 さすがに衝撃的な光景で、マリアもニールと揃って両手で口許を塞いでいた。レイモンドが「げほっ」とやって、グイードが、爆笑数秒前の顔で唇を噛み締めて「ふぐっ」と笑い声を殺す。


 ヴァンレットが、物珍しそうに見つめて、ゆっくりと首を傾げている。


 ざっと荷物をしまったポルペオが、続いて別の大きな鞄を開けた。やけに厚みのある旅行鞄だと思っていたが、そこには、まさかのもう一個のスペアヅラが収まっていた。


 しかも色と質感が、急な用意のようにして明らかにおかしい。


 マリア達は、とうとう堪え切れなくなって、それぞれ口やら腹やらを押さえながらも笑い声をもらしてしまっていた。ニールが「もう俺、無理」と四つん這いになってぶるぶる震えて全身で笑い堪えている中、ジーンとグイードが失礼なくらい床の上で笑い転げた。


「あーっはははははは! ゲホゲホッはははは! 更に似合わねぇヅラが!」

「アッハハハハハ! 後輩それやばいって、めっちゃ似合わないって!」


 二人は、バンバン床まで叩いて笑っている。


 そんな二人の先輩軍人へ、ポルペオがジロリと目を向けた。


「馬鹿者め。毎度、出張のたび誰のせいで損失していると――」


 そう言い掛けた彼が、ようやく気付いたようにして上を見た。そこには絶対に分からないレベルではなく、きちんと返そうという心遣いがあって、八割のレベルで隠し置かれているヅラがあった。


「私の『髪』を始末しようとしたのは、一体どこの馬鹿者だ!?」


 直後、ポルペオが目を剥いてそう怒鳴った。


 その台詞が、なんだかツボにはまってしまって、マリア達はつられて笑ったヴァンレットと共に、一緒になって大笑いしてしまった。



 その後、何故かピンポイントで「お前ら四人だろ!」と元黒騎士部隊のマリア達は正座させられ、協力犯としてグイードとレイモンドも揃って説教を受けたのだった。

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