三十二章 公正な警備隊長&異端な神父(4)
現場から離れた後、マリアは、ジョナサンに連れられて町中のカフェに来た。
そのお店は、こじんまりとした商業建物が並ぶ中にあった。お洒落な外観をした二階建てで、屋上にもカフェ席が設けられていた。
「この屋上席は、とくに観光客受けしているらしいんだ。ほら、よく見えるでしょ?」
屋上席に案内されたところで、そうジョナサンに言われた。
目を向けてみると、確かにそうだなとマリアは思わされた。いくつも目に留まる教会関係の尖塔、住民の暮らしにある煙突屋根。お洒落なレンガ作りの町並みは美しくて、先程の事はどこか別の場所での悪い夢みたいにも思えた。
ああ、だから連れてきたのかな。
マリアは、そう思い至って、ゆっくりと首を傾げる。赴任して一年と少しとはいえ、ジョナサンはこの町をそれなりに気に入ってもいるのだろう。
「ふふっ、オブライトさんが何を考えているのか、推測は付くけど、まぁそれでいいよ」
コーヒーが運ばれてきた後、私服の女性店員が去ってから彼がそう言った。
屋上にある数席分のテーブルセットに、他の人の姿はなかった。もう少し落ち着いた時間から混むのだと、ジョナサンは通い慣れた様子で教えたあと、唐突にこう切り出した。
「実は、ここにいる聖職者の中にも、協力的な者が少なからずいるんだよねぇ」
それで結構動けている――らしい、のだと彼がコーヒーカップを片手に語り出す。
そのおかげで大司教周辺といった内部情報や、町の中の動きも、全体的に常に把握出来ている状態であるようだ。
「僕、結構役に立つでしょ?」
コーヒーカップを戻して、ジョナサンが不意に言った。
楽な姿勢で足を組み、カップを手に持っていたマリアは「ん?」と動きを止めた。一体何が言いたいんだろうなと思って、そのまま彼を見つめ返す。
「僕の事、褒めてもいいよ、オブライトさん」
「…………」
なんで?
たまに彼は『褒めてもいいよ』と言ってくるが、褒めたら褒めたで、ひどい『返し』が待っていたのは覚えている。彼はなんというか、ちょっと難しい性格をした少年だったのだ。
というか、他に知り合いがいないからって、堂々と前の名前で呼ぶなよ……。
にこにこしているジョナサンの顔からすると、褒められたいと思っていないのは見て分かる。それもあってマリアは、過去と重ねつつちよっと呆れてしまった。
そもそも、どうして自分は、彼とゆっくり珈琲タイムなんて過ごしているのだろうか? これ、一休憩でサクッと飲んで、終了にしても良いのでは。
「ゆっくり楽しんでよ。休憩は必要だよ」
「昔から言ってるが、心を読むのはやめろ」
「違うよ、顔に全部出てたの。それに落ち着いて話したいとも思っていたし」
ああ、それから、と言って、彼がにっこりと無垢な天使の笑みを浮かべる。
「内部にも協力者がいるって言ったでしょ? 僕ね、ここでも『結構』慕われているんだよ」
その笑顔を見て、嘘くせぇ……とマリアは思ってしまった。彼は王宮で司書員をしていた頃、「悪魔がきたああああ!」と逃げ回っていた兵士の事も似たように表現していた事があったからだ。
まぁ、でも、あの頃よりはちょっとマシになった、のかも……?
マリアは何もツッコミをせず、ひとまずしばらくコーヒーを飲んだ。
二、三口、何も考えずに香りと味を堪能していた。ようやくコーヒーカップをテーブルに置いた時、向かいの椅子に座っていたジョナサンが、ギシリと椅子の背に体重を預けて含み笑いを向けてきた。
「ところで、ロイドはどう?」
なんだか、美しいと分かってやっている笑顔があやしい。
マリアは疑問を抱いたものの、ふと、ジーンに再会した時にも似たような感じで訊かれたことを思い出した。
「どうって、こっちはメイドなのに、相変わらず俺様的にド鬼畜な迷惑をこうむっているが」
首を傾げつつ答えると、彼が意味深な笑みを浮かべて、外の景色へ視線をそらした。
「僕、アドバイスはきちんとしてあげていたつもりなんだけどねぇ。いつも信じてもらえなくって」
それは、これまでのせいなのでは……。
マリアは、なんだかロイドに同情してしまった。独り言のような唐突なジョナサンの声を聞きつつ、やっぱり少し不思議に思って尋ねる。
「たとえば、どんなアドバイスなんだ?」
「牛乳は逆効果だよ、って」
「はぁ?」
「大きくなるのは得策じゃないかな、と、僕なりに『きちんと』回答してやったんだけどね」
フッ、とジョナサンが柔和で優しげな笑みを浮かべた。これ以上は答える気もないらしいと分かって、マリアはますます理解から遠のいた。
心地良い風が肌に触れるのを感じながら、コーヒーを口にした。
先程、町で目にした事を思い返して、頭の中で整理しながら少し考える。
コーヒーカップを片手に、とんとん、と指先でテーブルを叩いていると、ふと視線を感じた。目を向けてみると、テーブルに頬杖をついて、どこか愉しげにこちらを見ているジョナサンがいた。
「なんだ?」
「ふふっ、別に。なんでもないよ?」
ジョナサンは言いながら、くすんだ金髪をさらりと揺らす。
「全然変わらないなぁ、て」
前世とは全く違う性別と容姿になっているのだが……と、マリアは反応に困った。思えば、ジーンもいつもその反応をしている気がする。
すると彼が、すっきりとした色合いの新緑の瞳を細めた。
「僕らは、『あの後』、王宮を出て二人で決めたんだ」
知らない間にあった事を教えるかのようにして、唐突に彼がそう語ってきた。
いつくらいに出たんだろうなと思いながらも、マリアは話を折らない事にして質問はしなかった。聞く姿勢を取って、コーヒーカップをテーブルに戻す。
「あいつは好きな人と一緒になって家を継ぐ。僕は、目的のために教会入りする」
「好きな女性がいたのか?」
それは少し意外だった。
思わずちょっと目を丸くして口を挟んでしまったら、ジョナサンがくすりと笑った。
「オブライトさん、そういうの鈍いもんねぇ。いたよ、社交デビューしてからずっと、彼は一人の女性しか見ていなかった。でも相手は年上で、僕らが唯一続けられた家庭教師をしていた人で。――二十歳になっても、僕らは子供扱いだった」
思い返す目元は穏やかだ。彼も気に入っていたんだろうな、というのが分かって、マリアは「そうか」と少し微笑んでいた。
「ん? お前の目的って?」
ふと、今更のように気付いて尋ね返した。
するとジョナサンが「うふふふ」と、かなり嫌な感じで美麗に微笑みかけてきた。悪巧みしている時の顔だぞ……と、マリアは口許をやや引き攣らせてしまう。
「僕ね、こう見えて、弟よりも執念深いんだ」
そう口したジョナサンは、にーっこりと笑っている。
「神様が大嫌いになった――だから、まずは神とやらを知って、それで理解して分かった上で、心から侮辱してやろうと思って教会入りし、一心に学んだ」
「………………」
なんか、理由を聞かなければ良かったな……というか、ほんとなんで神父やってんの、と思ってマリアは首を傾げてしまった。
「あはは、オブライトさん、全部顔に出てるよ」
言いながら、ジョナサンが少年だった当時の「暇―」「相手してよー」と言ってきた時と同じく、ぐいーっと頬をつついてきた。マリアは、集中力を乱されて「やめろ」とその手を押し返した。
おかげで、不得意な考え事を続けていられなくなった。
もういいや、今だって分からない事は分からないままあるんだから。
ひとまずのところは考えなくていい。だって、そもそも、ココでそんな事を考えている場合でもないのだ。
マリアは目的を思い出して、長閑な昼下がりの空を見上げた。
「みんな、それぞれ歩いて見て回っているはずなのになぁ……」
こんなところで、悠長にしていていいのだろうか……。
完全なサボリのような気がする。そう思っていると、ジョナサンが頬杖を解いて残りのコーヒーを飲んでこう言った。
「でも『メイドとして』だとしたら、あまり難しいチェック箇所は任されていないでしょ。ジーンさんは知ってるけど、他のメンバーは、オブライトさんであるのを知らないわけだし?」
「まぁ、確かにそのせいもあって、課題はとっくに終わってしまっているんだが……」
軍部に無知な女の子が出来る範囲内であれば、これくらいなものだろう、という範囲内で『課題』を任されていた。それはどれも重要度合いは低いもので、だからニール達も反対せず『また後でね!』とあっさりマリアとも別れていた。
その時、マリアは、ジョナサンの目がやけにキラキラしているのに気付いた。
「なんだよ」
マリアは、ちょっと引き気味に尋ねた。仕事の合間に暇がある状況で、ジョナサンがこういう目を向けてくる事は、数パターンで覚えがあった。
そうしたら彼が、かなりお勧めの案、と言わんばかりに前のめりで話してきた。
「実はこれから相談者との面会があるんだけど、ちょっとした精神的な上がり症を克服したいと通ってくれている人でね。いい治療になると思うし、ショック療法でドSショーやってみない?」
「は? ちょっと待て――なんだって?」
「ひとまず鞭は用意してあるから、オブライトさんは、僕が言う通りのポーズを取って相手を踏み付けて、殺気を解放して僕が言う通りの台詞を言うだけでいいよ」
「嫌に決まってんだろ!」
というか、どんなショック療法だよ!?
マリアは警戒してガタリと立ち上がった。そろそろお開きにしようとしていたのか、ジョナサンが満足げに「いいくらいの時間かな」と呟いてゆっくりと席を立つ。
「代金は僕が持ってあげる」
「え。やだ、なんか後がこわ――」
「ふふふ、ただの善意だよ~」
言いながら、ジョナサンはマリアの背を押して一階を目指した。
結局のところ、二人分のコーヒー代は彼が持った。建物を出たところで、少し前に見知らぬ男の喉を剣で一突きしたとは思えない、自然な笑顔で彼は別れを切り出した。
「そろそろ行かなきゃ。優しい神父の僕を待っている人が、他にも沢山いるからね」
見送りには行けそうだから、後ほど――そう言い残して、ジョナサンが神父衣装を揺らして向こうへ歩いていった。




