表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
120/399

十七章 任務前日~参謀の大臣&戦闘使用人~動(※)

 一仕事終えたアーシュは、あれで良かったのだろうか、と友人たちのアドバイスをもとにやった事を思い返しながら、薬学研究棟に向けて歩いていた。


 少しはねた癖のあるすっきりとした短髪に、一見すると机仕事の文官という印象はない、どこか喧嘩っ早い生意気なイメージの方が強い少し釣り上がった生意気な目付きをしている。しかし、懐かない犬のようなその目も、今はどことなく素直な不安を滲ませる。


 二十歳にしては少々華奢であるアーシュの腰には、軍人として所属している者に支給されている剣があった。人の多い通路で、文官服の上からジャケットのように着ている裾の長い白衣が、彼の歩く早い歩調に合わせて揺れている。


 マリアが王宮に来ないのは、一緒に活動をする事になってから初めての事である。彼女はリリーナという、第四王子の婚約者である侯爵令嬢付きのメイドなので、婚約者同士が会う登城の予定がないのなら、お休みも普通なのだが……。


 なんというか、居ないのが、ちょっと落ち着かない。


 軍人に協力させられるらしいと知らされた日から、ちょいちょいこちらに来る時間も減っているせいでもあるのだろうか?


「渡しておいてくれって伝えたけど、ちゃんと届くのか不安なんだよなぁ」


 アーシュは、思わず独り言を口にした。というのも、つい先程軍区にある騎馬隊のサロンまでどうにか足を運んで、そこの一人に『馬用の風邪薬』を渡してきたところだったからだ。



 なんだか、軍区は相変わらず物騒なところだった。

 角を曲がったら、多分あの軍服は銀色騎士団のものだと思われるのだが、その男たちが目の前を猛然と駆けて行って、もう少しでぶつかって、突き飛ばされるところたった。


 その直後、先日に見掛けた銀色騎士団の総隊長補佐であるモルツ・モントレーが、鮮やかな碧眼を爛々とさせて「どれほどの威力なのか計ってさしあげます」と言いながら、先日にあった騒ぎを彷彿とさせる様子で、若い軍人たちを颯爽と追っていったのだ。


 勘弁してくださいと聞こえたが、彼らが一体何をしでかして追い駆けられていたのかは、分からなかった。とにかく凄いスピードだったので、騒ぎの声もすぐに聞こえなくなってしまっていた。


 軍区では、唐突に喧嘩が勃発するのも珍しくないという話は、友人伝手で聞かされていたし、噂もちょいちょい拾って知っていた。マリアと一緒にいた時にも、実際に騒がしい現場を目撃したうえ巻き込まれ掛けた経験もあったので、危機感から早く用件を済ませてここを出たいと思った。


 急ぎ足で、引き続き騎馬隊のサロンを目指していたら、今度は「誰だ師団長の地雷を踏んだのは!?」という悲鳴が聞こえてきた。そうしたら、「うちのルルーシアちゃんは、まだッ、どこにもやらん!」と、どこかで聞いたような声の怒号が上がった次の瞬間、四人掛けソファが砲弾のように目の前を飛んでいったのである。


 マジで命の危険を感じた瞬間だった。

 おかげで、誰の声だったかは思い出せなかった。

 


 軍区から離れて公共区を歩き進みながら、回想を終えたアーシュは次の渡り廊下から、正午にはまだ早い澄んだ青空に目をやった。長閑な晴れ空を見るたび、なんだかマリアの瞳の色みたいだな、と最近はよく思う。


「でも、ラジェットが騎馬隊のサロンの場所を知っていたのは、ちょっと意外だったな」


 ざっと地図を書いてもらったおかげで、誰かに尋ねる手間も迷う事もなく辿りつけたのだ。だから、一旦ルクシアのもとを出てから、そんなに時間もかからずこうして戻る道を進めていた。


 本当は『レイモンド総帥様』に会えるのを待とうと思っていたのだが、預かっていた薬をポケットに入れたまま、どうしたものかと論文資料を取りに向かっていたところ、偶然にも午前の一回目の休憩に入っていた救護班の友人である、キッシュ達の四人に出会った。そこで立ち話をしたついでに、ちょっと知恵を借りようと思って尋ねてみたら、良い案をもらえたのである。


 普段は気付け薬を劇的に不味くするという、才能の無駄遣いのような事に力を注いでいるラジェットだったが、この時ばかりは、アーシュも含めて全員一致で「騎馬隊の暇をしている誰かに、あの馬の面倒をみている人に渡してもらう」という彼の案に賛同した。


 何せアーシュもルクシアも、あのブサイクな顔をした馬の所有者が、誰であるのか分からないのが現状だったからだ。それを踏まえると、知っている人間にお願いして託してしまう方が確実だろうと思えた。


 もともとそんなに友達の数が多くないアーシュにとって、彼らはいつも悩んでいる時に力になってくれる四人の幼馴染であり友人だった。「ありがとな」と言ったら、キッシュ達は「お互い様だろ」と笑い、ラジェットが眼鏡ごしに微笑んで「友人でしょ? いつだって協力するよ」と言った。



 ルクシアが昨日、マリアが『臨時任務の活動』とやらで不在の間、馬の風邪薬を調合するために初めて医療課に顔を出した。同行したアーシュは、周りの白衣の大人達が目を丸くして観察してくる様子を、彼と話しながらそれとなく窺っていた。


 すると、しばらくもしないうちに、何人かの男たちがこちらに歩み寄ってきたのだ。普通に話しかけられただけなのに、ルクシアはびっくりしたみたいに小さく目を見開いた。


『終わりましたので、それでは失礼します』


 どこか慣れない様子でルクシアは言って、アーシュが呼び止める声を振り切って、先に出ていってしまった。そうしたら医療課の中年男が、メンバーを代表するようにアーシュにこう詫びたのだ。


――またいつでもいらっしゃってくださいと、殿下にお伝えください。これまでお話しもしてこなかった事を、今になって悔いております。まだ十五歳になったばかりだというのに……どうかお許しください。


 それを聞いた途端に、なんだか胸の中がもやもやとした。どうしてか分からないけれど、貴族としてこれまで頭を下げられる事が多々あった中で、とても後味や居心地が悪く感じた。


 ひどく不味い物でも食ったように、腹がぐるぐるとして気持ち悪かった。


 ルクシアから「あの馬に、風邪薬を作ってやろうと思うのです」と相談された時、アーシュは特に不思議には感じなかった。人嫌いとして知られている彼が、本当は誰よりも人の事を考えて動くところもある、不器用ながら聡明で賢くて優しい人だと、過ごす中でとっくに気付いて、分かっていたからだ。


 詳細については分からないが、マリアが『例の毒』の名前を思い出すきっかけになった騒ぎの一件でも、ルクシアは彼女を気遣っていた。そして、軍人の協力に付き合わされる事になったと『決まった後で知らされた』時も、心から怒っていた。


『じゃあ話しかければいいだろ、ルクシア様は無視したりしねぇよ』


 そう医療課にいた男たちに言い返して、アーシュは部屋を飛び出した。けれど扉を閉めて少しそこから離れたところで、ふと、それがルクシアにとって迷惑になったりするのだろうかと遅れて悩まされた。



 しかし、自分らしくなく考えて一人でぐるぐると抱えていた苦悩は、その後に『臨時班』の活動からマリアが戻ってきて終わりを迎えた。


 何故かは知らないが、彼女はリボンでプレゼント包装された『宝石飴』を土産に持って帰ってきた。どうしてこんな事になったのか、自身でもちっとも分からないのだという顔で「そんなお店があるとは知らなかったなぁ」、というような事も呟いていた。


 なんだか分からないけれど、悩んでいるのが馬鹿らしくなってしまった。


 きっと、こいつは大きな悩みもないんだろうなぁ、とかチラリと思った。


 珍しくルクシアが、慣れない様子ながら空気を変える役を買って出て、ひとまず飴玉を三人で食べてみる事になった。そうしたら、物想いの顔でマリアが飴玉を秒速で噛み砕いて『食って』いた。


 かなりの強度があるのですが口の中は平気ですか、とルクシアは半ば唖然としていたし、飴玉の目的を根底からぶっ壊すみたいな食べ方に、アーシュも色々と思っていた事が頭から吹き飛んだ。


 そうしたら、自分から噛み砕いた癖に、マリアは遅れて気付いた顔で「どうしよう、勿体ない事をした」と助けを求めるみたいにこっちを見た。


 本当に、変な少女である。それでいて「多分、美味しかった」と疑問形で感想をしてきて、アーシュは理由も分からず笑ってしまった。二個目の飴玉を手渡したルクシアも、彼女が喜んだ様子で口に放り込んですぐ、ちょっと集中が切れたみたいに、また噛み砕いたのを見て「ぷっ」と顔をそむけていた。


 よくは分からないけれど、どうしてか、胸のもやもやはなくなっていた。ルクシアも、少し前の医療課の事も忘れたみたいだった。


「無事に届くといいけどなぁ」


 アーシュは、廊下から芝生地の方へと降りて、通い慣れた薬学研究棟へと続く道を進みながら、ルクシア手製の『馬の風邪薬』を思った。


             ※※※


 騎馬隊の将軍、バレッド・グーバーは三十代に入ったばかりの大きな男である。


 戦場を駆けた名将、グイードとレイモンドの騎馬隊最強の名コンビに憧れて、この道一本。肉体を鍛え続け、第三騎馬隊を率いてそのまま将軍となった。今でも、第三騎馬隊は彼の部隊である。


 あの軍馬は勇敢で美しく、まさにこの世に一頭しかいない名馬に違いない、将来は大活躍するはず!――と直感的に、そして一方的に確信して『例の問題の軍馬』を拾ってきた男でもあった。


 是非とも、もっとも激動だった戦乱時代に大活躍した、素晴らしい軍人たちに騎乗してもらいたい。それを願って行動を起こしたいものなのだが、そのためには、まずあの馬を軍馬として鍛えて教育しなければならない。しかし、バレッドには一つ欠点があった。


 彼は騎馬隊に所属していながら、馬の世話や生態どころか、調教の基礎的な知識にすら欠けていた『ある意味、珍しい男』であった。


 騎馬隊には筋肉で入ったし、その後も筋肉でどうにかしてきた。そもそも彼は、頭で物を考えるのは圧倒的に苦手だという自覚もないまま、何事も筋力ではねのけてきた生粋の軍人である。


 つまり、根っからの脳筋だった。


 けれどバレッドは、筋肉があればなんとかなる、という自身の信念を全く疑っていなかった。何故なら、彼を指導してくれた『上官』も、常々「筋肉こそが全てである」と口にしていたからだ。


 大戦乱時代に最強の軍人たちと肩を並べ、あの【黒騎士】や【突きの獅子】ポルペオ・ポルーと同年代で、彼等と友人として普段から交流があったらしいお人だ。よく共に走り合ったともいうし、うむ、間違いあるまい。


 とはいえ、今回の問題ばかりは、なかなかに強敵そうである。


 あの美しい軍馬を連れて来たのはいいものの、どうやら気候の違いもあって、風邪を引いてしまったらしいのだ。可哀そうに、日々「ペップチィィィ!」と、くしゃみが止まらないでいる。部下達も「神の申し馬なのに、おいたわしいぃぃぃ!」と泣いていた。さて、どうしたものか。


 何故か馬の話をしようとすると、他の部隊の誰もが「ぶっ」と口を膨らませた直後、その場からいなくなってしまうのである。誰もが忙しいようだ。


 通常の軍馬の一回りも大きくて立派なものだから、近寄れない者も続出しているのが原因なのかもしれない。「すみません直視出来ません」と逃げ出す者もいた。「笑ったら絶対、目の前でぶっ飛ばすんでしょう……?」とガタガタして止まらぬ者がいたが、はて、彼らは一体何が言いたかったのだろうか。


 軍人であるのに、ここでグーバー家の権力を行使するというのも駄目だ。


 何故なら我らが目指すのは、名ばかりの権力に屈しない正義の部隊である。あの黒騎士部隊は、大変かっこ良かった。権力に屈しない荒くれ部隊とは、実に素晴らしい。彼の『上官』も、最高の友だと語っていた。


「バレッド将軍!」

「む?」


 名前を呼ばれたバレットは、回想を止めて熊のような身体で振り返り、駆け寄ってきた騎馬隊の別部隊の若者を見下ろした。そして、伝言がてら説明を受けながら、手にその小さな小袋を置いてもらったところで硬直した。


 話は半分も聞いていなかった。めくりめく想像に歓喜していた。


 ぶるぶると小さく震える大きな騎馬隊将軍、バレッド・グーバーの異変に気付いて、若い騎馬隊の男が「あの……?」と問い掛ける。


「将軍、どうかしまし――」

「この薬は、一体どこの『お優しいお方』からなのだ?」


 ガシリと肩を掴まれた若い騎馬隊員は、なんだか嫌な予感がして、すぐには答えられなかった。


 つか、この人は俺の話を半分以上聞いてなかったんだな……とも察して、ここで再び第三王子とその『臨時助手』の名前を出していいものか、結構本気で悩んだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ