第1話 白馬の王子様(笑)
「たすけてくださぁぁぁぁぁぁい!」
深夜のマンションに、俺の絶叫が響き渡った。
目の前には女が一人。
白いスーツ。黒い手袋。長い髪を後ろで束ねた、どう見ても場違いなくらい整った顔の女だった。
ただし、その右手では俺の部屋の鍵がくるくると回っている。
「……助け?」
女が笑った。
「もっと大きな声で呼びなよ」
「たすけてくださーーーーーああーーーい!」
「ふふっ」
女は玄関から退いた。
「ほら。『誰か助けて』って。ご近所さん全員に聞こえるくらい」
怖い。
こいつ、本当に怖い。
普通なら慌てて口を塞ぐところだろう。
なのに、女は両手を後ろで組んで待っている。
「誰が最初に来てくれるか――私も見てみたい♡」
直後。
「どうしました!?」
廊下から声がした。
来た!
救世主!
「あの、この人に乱暴されて――」
「乱暴!?」
駆けつけた隣人が俺と女を交互に見た。
「大丈夫ですか!? 警察呼びます!」
「……へえ」
女の目が細くなる。
「ちゃんと他人に助けを求められるんだ」
「あなた、離れてください!」
隣人が俺をかばった。
女は素直に両手を上げる。
「いいよ。今夜はあなたの勝ちにしてあげる」
女は俺だけを見つめた。
「でも――これで終わったと思う?」
隣人が俺へ振り返る。
「ここ危ないです。外に――」
ガシッ。
「え?」
俺は隣人を取り押さえた。
「ええええええ!?」
女も固まった。
俺はニヤリと笑う。
「どう? 王子様」
「…………」
女は数秒沈黙した。
そして。
「あははははははっ!」
腹を抱えて笑い始めた。
「お前、私に助けを求めたんじゃなくて、私を試したの!?」
「まあな」
「離してください!!」
「いい。すっごくいい。その性格の悪さ」
女が俺の前まで来る。
「気に入った」
「俺は気に入ってない」
「もっと気に入った♡」
「帰れ」
「やだ♡」
最悪だ。
――そして翌朝。
ピンポーン。
「宅配です」
ドアを開けると、眼鏡をかけた黒髪の女が立っていた。
「昨日の王子様、つまらなかったでしょう?」
「……誰?」
ガチャ。
なぜか俺の背後から鍵の閉まる音がした。
「だから交代してもらったの♡」
部屋の奥から別の女の声。
「…………」
さらに廊下の扉が開く。
「三対一♡」
三人目。
俺は三人を見回した。
「三匹集まったところで」
空気が止まった。
「……三匹?」
「オスには敵わない」
眼鏡女のこめかみがピクリと動いた。
「なるほど」
眼鏡を押し上げる。
「じゃあ証明してもらおっか♡」
「望むところだ」
俺は――真正面から突っ込んだ。
「来た!」
「とうっ!」
「うわっ!?」
一人を崩す。
「お前、膝カックンしたな!?」
「戦場に卑怯もクソもあるか!」
「ここお前の家だろ!!」
しかし腕を掴まれた。
「捕まえた♡」
「甘い」
「え?」
スポン。
俺の腕が取れた。
「…………」
「…………」
女の手に残ったのは、俺の袖に仕込んでおいたダミー腕。
「じゃあな!」
「最初から偽物仕込んでやがった!!」
俺はエレベーターへ飛び込んだ。
扉が閉まる。
勝った。
そう思った俺は、エレベーターの上部を抜けてロープを登った。
「お疲れさま♡」
「……は?」
上を見る。
四人目。
「三匹だと思った?」
「増えてんじゃねえか!」
下から三人。
上から一人。
「捕まえた♡」
「ならば!」
俺は屋上へ飛び出した。
「待て!」
「とうっ!」
「おい!?」
屋上から飛び降りる。
――ように見せかけて。
ババババババババ!
「…………は?」
ビルの陰から上昇してきたヘリコプターへ飛び乗った。
「じゃあな! メスども!」
「ヘリどこから用意したんだよ!!」
勝った。
完全勝利。
そう思った。
数分後。
ババババババババ!
「……?」
後方から別のヘリ。
眼鏡女が乗っていた。
「王子様ヤンデレを舐めんな♡」
「なんでヘリ持ってんだよ!!」
「お前に言われたくない!!」
ならば仕方ない。
「透明化!」
「は?」
俺の身体が消える。
「透明化は聞いてないんだけど!?」
「さらば!」
俺は女の横を――すり抜けた。
「…………消えた?」
そして。
気がつけば俺は知らない街に立っていた。
「……ここどこ?」
高層ビル。
見慣れない標識。
英語。
そして目に飛び込んできた文字。
SINGAPORE。
「シンガポール!?」
どうやら俺のすり抜け能力。
ワープだったらしい。
「さすがにここまでは追ってこないだろ」
ポン。
肩を叩かれた。
「Excuse me♡」
「…………」
振り返る。
眼鏡女。
「シンガポール観光、楽しい?」
「なんでいるんだよ!?」
「パスポート取ってきた」
「行動力どうなってんだよ!」
「あなたへの愛♡」
「怖えよ!」
逃げる。
「待て!」
走る。
走る。
走る。
「ふっ……撒いたな」
パカラッ。
パカラッ。
パカラッ。
「……?」
背後を見る。
白馬。
その上に眼鏡女。
「言ったでしょう?」
髪を風になびかせ、満面の笑みを浮かべている。
「白馬の王子様だって♡」
「本当に白馬で来る奴があるかぁぁぁ!!」
「シンガポールまでワープした奴に言われたくない!!」
白馬が加速する。
二十メートル。
十メートル。
五メートル。
「つーかーまーえた♡」
「うう……」
「ん?」
女が俺の顔を覗き込んだ。
「ヘリ出して、透明になって、ワープして国外逃亡した大悪党が『うう』?」
「もういい」
「え?」
「もういい! 疲れた!」
「…………」
女が白馬から降りる。
「……また私、『張り合いない女』判定された?」
なぜか落ち込んでいる。
「シンガポールまで追ったのに……白馬まで借りたのに……」
「…………」
「私、結構頑張ったんだけど」
「…………」
なんだろう。
散々追い回された。
怖かった。
面倒くさかった。
何度逃げても追ってきた。
それなのに。
「……もう」
「ん?」
「あなたならいいかもって」
「…………え?」
女が固まった。
「今、なんて?」
「もう、あなたしかいないって」
「…………」
耳まで赤くなる。
「散々逃げて、煽って、ワープまでして……最後にそれ?」
女は恥ずかしそうに俺の服の裾を摘んだ。
「……じゃあ」
俺は彼女を見つめる。
「もうあなたしかいない」
「……うん」
「白馬様❤️」
「…………は?」
女を素通りする。
そして。
「白馬様ぁぁぁぁぁ❤️」
白馬の首へ抱きついた。
「ブルルル♡」
「…………」
「ずっと俺のそばにいてくれ!」
「ヒヒーン♡」
「お前かァァァァァァ!!!」
眼鏡女の絶叫がシンガポールに響き渡る。
「私、ヘリで追いかけて! 国境越えて! お前のために白馬まで用意して!」
「ブルル♡」
「勝ち誇るな馬ァ!!」
女が俺を指差した。
「返せ!! 私のお姫様を馬から返せぇぇぇぇ!!」
こうして俺は――
最凶のヤンデレ女ではなく。
その女が連れてきた白馬と結ばれた。
めでたし、めでたし。
「めでたくない!!」
――白馬の王子様は女でした。
なお、馬が本命です。




