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後悔と覚悟と旅立ち

 大きな空洞の中は、洞窟内とは思えない程に明るかった。天井は遥か高く太陽の光を入れている穴は大きいのか小さいのか、下から見上げてもわからない程だ、天井からの光は大きく枝を伸ばした林檎の木を照していた。

 ハインラインは空気のひんやりとしたの空洞の中を見回し歩くきながら言った。

「黄金の林檎の木か、神話の造り話だと思っていたけど、本当に有ったんだな」

 すると洞窟の反対側の穴から、銀色の鱗に青い瞳、黒い大きな翼を持った一匹の銀竜がゆっくりと出てきた。その神秘的な姿の銀竜からはファーヴェニールの甘い香りがした。

「ハインライン様、引いて下さい」銀竜の声は愛おしい、聞き覚えのある声だった。

「お前はファーヴェニールなのか?」

 悲しそうな瞳で私を見つめる銀竜の全身が小さくなり、人間の姿になるとその姿は紛れもなくハインラインが愛したファーヴェニールだった。

「私は、星の世界の神々から賜った黄金の林檎の木を護るお役目を果たさねばなりません、どうかこのままお下がり下さい」

「お前はなぜ人間の姿で私の前に現れた?」

「あなたを一目見た時から、あなたの優しさが……」

 ファーヴェニールが言いかけた次の瞬間、急に横穴の方からたくさんの人間の足音が響いてきた、バシャバシャと水路の中を歩く足音やガチャガチャと石の通路を歩く軍靴の音に、ハインラインはすぐにそれが兵士達の足音だと分かった

「まさか、つけられていたのか」

 ハインラインの嫌な感は当たった。ギルモアの兵士達が洞窟内に入って来たのだ。

 先頭には親衛隊長で【風牙の騎士】アズリューンが既に剣を抜いて歩いてくる。

「ハインライン、ご苦労であったな、国王陛下も大層お喜びだぞ」

「アズリューンか? なぜお前がここに居る?」

 アズリューンは不適な笑みをうかべ「私も国王陛下より特命を承けておってな、お前が銀竜の泉に辿り着いたら黄金の林檎の木と銀竜がため込んでいる財宝を回収しろと……そしてもしもハインライン、お前が反抗するようであればその場で殺せとな」

 あり得ない、あの聡明な国王陛下に限って……呆然と立ち尽くすハインラインの頭に「後悔するぞ」という老魔法使いの言葉がよぎった。

「かかれ!」アズーリュンの声で、親衛隊が銀竜の財宝に群がった。

 洞窟内に強い吹き下ろしの熱風が吹いた。

「銀竜だ!」誰かが怯え声で叫ぶ。

 先程のまでの美しいファーヴェニール姿は無く、銀竜が怒りに赤い瞳を爛々と輝かせ、大きな牙が並んだ口からは高温の息を吐いて荒々しく呼吸をしていた。

「狼狽えるな、竜の鱗を貫く流星鉄の矢を撃ち込め」

 アズリューンの指示で親衛隊が次々と流星鉄の矢を銀竜に向けて放った。

「やめろ、アズリューン!」

 ハインラインが掴んだ肩を振り払い「キサマ、邪魔をするなら切り捨てるまでだ」そう言ってアズリューンが両腰の二本の剣を抜き、疾風の如く斬りかかってきた。

「速い!風牙の異名は伊達ではないか」二刀流のアズリューンの斬撃を辛うじて弾き後退する。

「グギギィャー!」銀竜の悲鳴が洞窟内に響く、流星鉄の矢を身体中に受けて血を流している。

「私を相手に余所見とは、ナメられものだな、ハインライン」

 絶え間ない攻撃で銀竜と化したファーヴェニールを助けに行くことが出来ない、しかし焦りはない、盟友の剣の癖は心得ている「あと三手……あと二手……一手……ここだ!」アズーリュンが二本の剣を同時に振り下ろすと剣を横にして受ける、ほんの一瞬動きが止まる隙に、ハインラインは剣を反して異能の力を覚ますと、力任せに双刀ごとアズーリュンを、払いった、「グハッ!」双刀は砕け散り、一文字に胸は裂け鮮血が飛び散った

「おのれ、ハインライン」

 アズリューンは両ひざを付き、口から血を吐きながら、それでも砕けた左右の剣の柄を握ったままハインラインを睨み上げている、誠に強き騎士の眼光だった。

 

 銀竜は矢を受けながらも、数十人の親衛隊に壊滅的なダメージを与えていた。

「親衛隊は、アズリューンを連れて早く引け! まだ戦い足りぬのであれば、このハインラインが相手をする」

 ハインラインの迫力に圧され、親衛隊は負傷者を抱えて、通路から退いていった。

 ハインラインは呟く「同胞のこんな姿など見たくなかった……」

 

 傷ついた銀竜は息も絶え絶えに横たわっている。ハインラインは駆け寄り血まみれの銀竜の首に震える腕で抱きついた。「ファーヴェニール……しっかりしてくれ、ファーヴェニール」

 老魔法使いの助言を聞いていればよかった、私が結界を破ってしまったせいで、親衛隊を引き入れてしまった、そんな思いが頭を廻る。

 後悔で涙が止まらない「許してくれ、お前を守ってやることができなかった、私のせいでこんなことに、許してくれ」

 銀竜はその大きな頭をハインラインに擦り寄せ言った。

 「いつまでも一緒にいることが、私の唯一の望みでした。でも私とあなたでは、時間の進む早さが違う、私にはいつか年老いて死んでいくあなたを見送る運命がまっていたの、

でもこうして若く強いあなたの胸に抱かれて、美しいあなたの瞳に見守られて死ぬのも悪くないわ」

 銀竜はファーヴェニールの姿になると私の腕の中でそっと微笑んだ。「あなたが愛してくれた、この姿で最後のお別れができてよかった」

 

「うっああ……」

 ハインラインは、ちから無くし座りこんで、少しづつ冷たくなっていくファーヴェニールの身体にしがみついて声を出して無き続けた。

 涙も声も枯れ果てるまで、永遠とも思えるような長い時間、後悔と向き合いながら、ただ声を上げて泣いた。

 

  ※  ※  ※

  

 いつからか、ハインラインの傍らに、老魔法使いが立っていた、ハインラインの肩にそっと手を置き「さあ、そろそろ銀竜を弔ってやってはどうかな?」

 ハインラインは泣き顔を横に振り、幼子が親に許しを乞うように見上げた。老魔法使いの長い眉毛と深いシワで細くなった目蓋の奥の瞳は、ハインラインを哀れんで見ていた。

「ワシは銀竜の泉をもう一度封印する。黄金の林檎の木も銀竜の亡き骸も、永遠に誰の目にも触れぬように、じゃが、お前さんはここを出て生きていかなければならない」

「私は、ファーヴェニールの居ない世界でどう生きていけばいいのかわからない……ならばいっそのこと、私もここで朽果てたい」

「馬鹿を言うでない、お前さんにはまだ、やらねばならない使命がある、それは、今の悲しみ以上の苦しみや痛みが待ってる事かもしれん、しかしお前さんにしか出来ない使命じゃ」

 ハインラインは老魔法使いの目をじっと見据えて聞いた「その使命の後にファーヴェニールの犠牲と私の後悔は救われるのでしょうか?」

「それは今、はわからん、しかし今度はワシの助言を信じてみんか?」

 

  ※  ※  ※

  

 老魔法使いによって銀竜の泉は再び結界で封印された。

 ハインラインは黒い巨岩の結界の前でファーヴェニールに弔いの祈りを捧げると、老魔法使いに向かって言った。その目は覚悟の光の中に悲しみを帯びていた。

「私の使命とは何なのでしょうか?」

 老魔法使いは少し間をおいて、「銀竜はお前との子を宿しておった」

「ファーヴェニールの中に私の子が?」

「ああ、正確には双子だから子ども達じゃがな、驚いたことに竜と人間の混血じゃ」

【そんなことがあるのか?】にわかに信じがたいと思いながらハインラインは「その子達は今、どこに?」

「銀竜はお前さんが結界を破ってしまった時に己の死を悟って、腹の子に術をかけてどこかに隠したのじゃ」

「では、私の使命はその子達を探しだす事でしょうか?」

 老魔法使いは顔を横に振り「いや、双子はいつの日か、戻ってくるであろう、そしてその事で、災いをもたらすか、幸せをもたらすか、今はわからんが、お前は双子が戻るべき国を造るのじゃ」

「私が国を?」

「ああそうじゃ、いつ戻ってくともわからぬ双子が帰る国じゃ、何百年、もしかしたら何千年も続く国をお前は造らなければならない、それは今日以上の苦しみを背負うことになるかもしれんし、その先に救いがある保証もない」老魔法使いはじっとハインラインを見つめている。

 

 ハインラインは老魔法使いにひざまづいて応えた「今日、私は一生分の涙を流し、後悔もしました、そしてファーヴェニールの居ない世界で泥水をすすってでも使命を全うする覚悟を決めました」

 ハインラインは始めに自分の助言者と言った老魔法使の名前を聞いた「あなた様のお名前を」

「ワシの名はギルギス、千年以上、生きた魔法使いじゃ」


 ハインラインは魔法使いギルギスに別れを告げて旅立ちました。

 愛すべきファーヴェニールとの子ども達が戻るための国を造るための長い旅です。

 

 

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