第279話 苦労しそうな俺の子
「殿下、これまでの経緯はリーシャの手紙に書いてありましたので存じております。苦労なされたようですな。なんでも狼を食べたとか……」
何故、そこをチョイスする?
「まあな。これまでの旅で学んだことは人生どうとでもなるということだ」
「殿下は才覚に優れておりますからな」
うん。
「俺とリーシャが行方不明になってどう思った?」
「その日に王宮でぼやがありました。それですべてを察しましたね」
そうか……
さすがに親ともなると、娘のことがよくわかっているようだ。
「俺はちゃんと調整をしていたんだがなー」
「ロイドが悪い」
俺とリーシャが同時に答えた。
「殿下、リーシャ、あなた達はもう十分に大人です。いつまでも子供気分では困ります」
スミュール夫人がいつもの鉄仮面で苦言を呈する。
「わかっている。だが、結果的にはそれが助かった。陛下はイーストンに俺の暗殺を命じたそうだ」
「……真でしょうか?」
スミュールが聞いてきたのでシルヴィを見上げた。
「はい。確かに私の父であるイーストン公爵にそのような命が降っております」
「イーストンの者か…………一つ聞きたい」
「何でしょう?」
「それは殿下だけか?」
そんなわけないわな。
「もちろんリーシャ様もです。殿下を排除してもリーシャ様が子を身ごもっている可能性もあります。そして、その場合、リーシャ様が殿下の後を追わずに復讐することは陛下もわかっていますからね。将来、その子を旗印にし、必ずや謀反を起こすでしょう」
俺もそう思う。
多分、スミュール夫妻もそう思っている。
そして、それはほぼ確実に事実だ。
実際、クーデター計画なるものを計画していたし……
「…………殿下、私は魔法のことに詳しくありません。黒魔術とはこうも人を変えるものなのでしょうか?」
スミュールはシルヴィの言葉を聞き、数秒、目を閉じていたが、すぐに開けると俺に聞いてくる。
「変えるな。この国ではないが、黒魔術に傾倒して猟奇事件を起こしたり、領主が領内の子供を攫って実験材料にするようなことはある。そういう事件は過去にいくらでも事例があるし、そういうのをまとめた本もある。確か、俺の部屋にも何冊もあるぞ」
「陛下がそうなると?」
「それは知らん。黒魔術と言っても色々あるからな。だが、今の状況を見るに良いことはなさそうだ」
貴族をまとめられることだけが取り柄だったのにすでにバラバラになりかけている。
権力主義のエーデルタルトでは致命的だ。
もし、テールがいなかったとしても、このままでは貴族同士が争う群雄割拠の時代が訪れてしまう。
「確かにそうですな…………私はあれから何度も陛下に謁見を申し込んでいますが、すべて無視です」
「宰相は?」
「しどろもどろで話になりません」
あの頑固なジジイがねー……
「そうか……スミュール、俺は陛下を討つぞ」
「…………長年、陛下にお仕えしてきましたが、ここまででしょう」
スミュールも覚悟を決めていたようだ。
「表向きは病死で片付ける」
「もちろんそれがよろしいかと……事後処理はお任せください」
うん……
ここからが本題。
「それとな、スミュール。俺は王位に就かん」
「…………何故でしょう?」
スミュールの表情が変わった。
「今の王太子はイアンだ。この状況で陛下が死ねば、自動的にイアンが次の王。これで俺が王位に就けば簒奪となる」
「問題ないかと……元より、殿下の廃嫡は不当です」
そういうことにして事を進める予定なわけだ。
「それをイアンやイアンの派閥が納得するか?」
「しないでしょう。最悪は北部と南部で国が分かれます」
それまで予想をしているのに俺に王位に就けと言っている。
「テールに邪魔な南部貴族を一掃させるか?」
「いえ、テールと争いになっても南部貴族が勝つでしょう。私達が動くのはその後」
疲弊したところをテールとの挟み撃ちにするわけね。
いやー、孤立しているマリアの親父が可哀想だろ。
「なしだ。国力を元に戻すのに何十年もかかる。下手をすれば、遺恨が残り、100年はかかるぞ」
「そうですな」
スミュールはあっさり頷く。
「アホか……それはない」
「ですが、このままイアン殿下が王位に就くのは賛同できません」
そりゃそうだ。
「それを今からイアンに話す。次の王はイアンだが、その次はリーシャの子とする」
もちろん、俺の子ね。
「イアン殿下が承知しますか?」
「する。すでにこのことはカークランドに話している。奴は了承した。こうなったらイアンは了承するしかない」
多分、もうイアンのところにはカークランドの使者が行っているんじゃないかな?
あいつ、仕事が早いし。
「カークランドが素直に頷くとは思えませんが…………」
「頷かなかったな」
「言っておきますが、奴の陞爵は反対です」
本当に仲の悪い奴ら。
「俺もそう思って交渉に行ったが、奴は爵位よりも足元を固めに来たぞ?」
「それは?」
「俺とリーシャの子の婚約者を自分のところから出すそうだ」
「…………あやつめ。そっちで来たか」
スミュールが苦々しい顔をする。
「公爵になるより王族との繋がりを強化し、自分の地位を確固たるものにしたいらしい。まあ、あいつは領地貴族としては1位、2位を争うほどの勢力を誇っているからな。公爵にはいずれ、自分の力でなれると思っているんだろう」
「殿下は了承されたのですか?」
「した。お前は嫌だろうが、王族としては悪くないからな」
南部貴族最大の貴族の繋がりを強化するのは王族としても悪くない。
単純に謀反を防げるからだ。
もっとも、その分、カークランドの影響力が増すが、そんなことは俺の知ったことではない。
「殿下、孫の面倒は私が見ます」
これは教育係に自分がなるということだ。
「勝手にしろ。だが、有能にしろとは言わんが、無能にはするな。まだ生まれてもいない俺の子はお前らやカークランド、それにウォルター、さらには叔父のイアンに気を遣って政をしないといけないからな」
可哀想だが、そんな状況にした祖父を恨んでくれ。
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