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長いプロローグ:ティナリアSide



   〜*〜*〜*〜*〜

■■>【ティナリア6歳】






 6歳の時に婚約者が出来た。

 相手は侯爵家の嫡男。

 伯爵家の私は侯爵家にお嫁に行く事になった。


 婚約者となったシェイロズ侯爵家の嫡男カハル様は、柔らかい金の髪と紫の瞳が美しい、可愛らしい少年だった。

 私は、少し赤みがかった茶色の髪と髪と同じ色の瞳を持った女の子だった。


 わたくしたちは初めての顔合わせからゆっくりゆっくりと互いの事を知っていき、ゆっくりゆっくりと仲を深めていった。


「カハル兄様〜!」


 妹のアリシュアがカハル様に駆け寄ってくる。

 彼女はわたくしとカハル様の2歳下。いつまでも無邪気で好きなことを好きな様に楽しむ。

 それがとても可愛くて、少し羨ましかった。


「わたくしも入れて入れて!!」


 カハル様とわたくしの懇親を深める為のお茶会に、毎回アリシュアは顔を出す。同い年の子供と遊ぶ機会が無いせいで、アリシュアも寂しい思いをしている。

 でも私とカハル様はただ会っている訳ではない。将来の為に二人の仲を深める為のお茶会だから、アリシュアはすぐに彼女付きの侍女に連れ戻される。


「ねぇ、お姉様からも言ってよ! わたくしもカハル様と一緒にお話がしたいわ!」


「ごめんね、アリシュア」


 眉を下げてそう笑い返せば、アリシュアは頬を膨らませて不満を訴える。でも仕方がないの。


「ごめんね、アリシュア」


 カハル様もわたくしと同じようにアリシュアに笑いかける。

 そうするとアリシュアは心の底からガッカリしたように悲しげな顔をして、


「次は遊んでね……」


と、言って去っていく。

 カハル様とのお茶会での恒例のやり取り。

 アリシュアの背中を見送りながら、わたくしとカハル様は顔を見合って苦笑する。











   〜*〜*〜*〜*〜

■■>【ティナリア8歳】






 妹のアリシュアが6歳となり、アリシュアにも婚約者が出来た。


 アリシュアの婚約者はアリシュアより一つ年上のミロセリー伯爵家の次男のセッドリー様になった。

 アリシュアと婚姻してキゥーズダム伯爵家に婿入りする事になる。

 赤い髪と瞳を持ったキリリとした眉が印象的な少年だった。

 少し桃色に見える茶色の髪と髪と同じ色の瞳をしたアリシュアと並ぶと、アリシュアの可憐さが引き立つようだった。

 わたくしの事を「ティナリア姉様」と呼んでくれる。


 義弟(おとうと)が出来てわたくしは嬉しかった。


 自分に婚約者が出来るとアリシュアはわたくしとカハル様のお茶会に顔を出す事がなくなった。

 彼女自身も、伯爵家を継ぐための勉強で忙しいのも理由だった。


 わたくしたちは4人で顔を会わせる事もあった。最初はぎこちなかったカハル様とセッドリー様も徐々に打ち解けていき、セッドリー様がカハル様の事を「カハル兄様」と呼ぶようにまでなった。


「わたくしたちがきょうだいになるなんて変な感じね!」


 頬を染めて嬉しそうにアリシュアが笑う。


「そうね。将来結婚するってだけで不思議な感じなのに、大きくなってからわたくしに弟が出来るなんておかしな感じだわ」


 わたくしもなんだか幸せな気持ちになって微笑んだ。


「ティナリアにはセッドリーという義弟(おとうと)が出来るだけだろう? 僕なんて義妹(いもうと)義弟(おとうと)がいっぺんに出来る事になるんだよ? いまから考えても変な感じだ」


 カハル様が同意して苦笑した。

 そのカハル様の言葉を聞いてセッドリー様が同意を示して頭を盛大に縦に振った。


「いっぺんに義姉(あね)義兄(あに)が出来るなんて俺も変な感じです!!」


 セッドリー様の興奮して赤くなった頬が可愛らしい。わたくしはそれを見て、またフフフと笑った。


「変な感じだけど嬉しいわ!! みんなでいたらたくさん遊べるもの!!」


 アリシュアが令嬢らしくなくはしゃぐ。

 だけど直ぐに侍女から注意されてアリシュアはおとなしくなった。

 それを見てみんなで笑った。

 きょうだいが増えただけで幸せは何倍にも膨れ上がった。

 わたくしはそれが嬉しくて笑う。


 わたくしたちはいつまでもいつまでも仲良くしていきましょうね、と笑いあった。











   〜*〜*〜*〜*〜

■■>【花が好きなの 】






 婚約者として、将来嫁いでくる娘として、わたくしがカハル様の家であるシェイロズ侯爵家へ行くことも増えた。


 シェイロズ侯爵家はカハル様のお母様であるシェイロズ侯爵夫人の趣味で、とても素晴らしい庭園をお持ちだった。

 わたくしはそのお庭を見るのが本当に好きだった。


「花が好き?」


 咲き誇る大輪の花をジッと見ていたわたくしにカハル様が聞いてきた。

 わたくしは頬が熱くなるのを隠しも出来ずに笑って、カハル様に顔を向ける。


「はい! 大好きですわ!」

「宝石やドレスと比べたら?」

「お花の方が好きですの。すぐに枯れて消えてしまう美しさですが、だからこそ、次のお花を見る楽しみがありますわ」


 ふふ、と笑うわたくしに、カハル様も笑い返して下さった。


「儚さを美しいと思えるティナリアの心は素敵だね」


「そんな……恥ずかしいですわ」


 熱くなってしまった頬を両手で包んでわたくしはカハル様から顔を背けた。

 そんなわたくしに微笑んでいたカハル様がスッとわたくしから視線を外す気配がした。


「僕も不変の物よりも、変化する物が好きなんだ……決まり事って、窮屈なんだもん……」


「……カハル様……?」


 ふと違和感を覚えて目を向けたカハル様の瞳は、花を見ているようでその更に向こうを見ているようにも見えた。

 その儚げな横顔にわたくしはなんだか少しだけ不安を覚えてカハル様の服の裾を掴んだ。

 それに気付いたカハル様が、一瞬不思議そうな表情をした後に花が咲いたように笑ってくれた。


 その日を境に、カハル様はわたくしのプレゼントに花を贈ってくれるようになった。











   〜*〜*〜*〜*〜

■■>【習い事とあだ名】






 アリシュアとその婚約者であるセッドリー様のお茶会は毎回キゥーズダム伯爵家て行われる。

 セッドリー様はアリシュアとの仲を深めると同時に、キゥーズダム伯爵家の勉強もしていくのだ。

 でも毎回忙しく勉強させられる訳ではない。


 年頃の男子は勉強だけではなく剣術も覚えなければいけない。

 セッドリー様はキゥーズダム伯爵家の騎士から時々剣術を習った。

 そこにわたくしの婚約者のカハル様も参加する事があった。

 一人で剣を振り回すより歳の近い子と一緒にやる方が楽しいと言って参加するようになった。剣術指南役にキゥーズダム伯爵家の騎士の他に、カハル様の護衛として付いてくるシェイロズ侯爵家の騎士も加わった事で、セッドリー様とカハル様の剣の腕はどんどんと伸びていった。

 2人は本当に楽しそうに剣を振っていた。その姿は本当の兄弟のようで微笑ましかった。


 男子が剣を振り回している間にわたくしと妹は刺繍などを習った。

 大変だったけれど、みんなが居ることが楽しかった。


「ハル兄、勝負だ!」

「来い、セッド!」


「あら、いつのまにお二人はそんなに親しくなられたの?」


 あだ名で呼びあった2人に、わたくしは声を掛けた。

 そんなわたくしに2人は剣で打ち合うのをやめずに返事をする。


「今日からかな!」

「短い方が呼びやすい!」


 カン、カンっと木刀が打ち合う音が響く。

 2人の言葉を聞いてアリシュアが手を止めて2人を見た。


「まぁそれは素敵ですわ!ぜひわたくしも仲間に入れてくださいな!」


「じゃあアリシュアはアリーだな!」


 セッドリー様が言う。


「ならティナリアはリアだな!」


 カハル様が答えた。


「ティナリア姉様ならティナじゃないか?」


「そうなのか?」


「ティナの方が可愛いと思う!」


「じゃあティナだな!」


 セッドリー様とカハル様のやり取りが楽しくてわたくしは笑った。わたくしの横でアリシュアも嬉しそうにはしゃぐ。


 わたくしたちはどんどん仲良くなった。











   〜*〜*〜*〜*〜

■■>【ティナリア13歳 】






「声が変わりましたね」


「変かな?」


「とんでもない! 素敵ですわ」


 カハル様が1年近く侯爵家の領地に帰られていた会えない時間に、カハル様は声変わりされていた。

 まだ少しかすむ声でも素敵な声であることがわかってとてもくすぐったい。

 声変わり前の声も素敵でしたけれど、低く大人の声に近づこうとしているカハル様の声は、耳がくすぐったくなるくらいに素敵。

 わたくしは嬉しくて顔が緩むのを止められなかった。


「みんなに笑われるかな?」


自分の喉元を触りながら心配げに話すカハル様に直ぐ様「そんな事はありません!」と否定する。


「みんなきっと素敵だと言いますわ! 直ぐにハル様の声にみんな馴染みますわよ」


「ティナは僕の前の声と今の声、どちらが好き?」


 そんな意地悪なカハル様の質問に、わたくしは口元に手を置いて微笑み返す。


「そんなの。“ハル様の声が好き”、に決まってますわ」


「はは、ありがとう」


「ふふふ」


 そんなやり取りをしながら、わたくしたちは久しぶりの再会を楽しんだ。



「……お姉様? そろそろわたくしたちもそちらに行ってもよろしいかしら?」


 後ろから控えめなアリシュアの声が聞こえてきてわたくしは振り返る。アリシュアの声が聞こえたカハル様は少し驚いた顔をして声のした方を見た。


「えぇそうね。

 カハル様、婚約者同士のお茶会はここまでにして、次は“家族みんな”でのお茶会にしませんか?」


 わたくしの突然の提案にカハル様は驚いた顔をした後、直ぐに破顔した。


「もちろん!」


 カハル様のその声で、隠れて待っていたアリシュアとセッドリー様が笑顔でやって来る。

 すぐに用意された席について、メイドが用意するお茶を待たずに2人一斉にカハル様に会えなかった時の話を聞き始めた。

 少し困りながらもそれに答えるカハル様と楽しそうなアリシュアとセッドリー様の様子を見て、わたくしは心から幸せを感じていた。











   〜*〜*〜*〜*〜

■■>【姉と妹の会話 】






 時々アリシュアは、夜にこっそりティナリアの部屋に訪れては姉のベッドに潜り込んでお喋りをした。

 ティナリアはそれが楽しくて、2人は朝起こしに来た侍女にバレて怒られる事をわかっていて、時々その夜ふかしを楽しんだ。



「お姉様はハル兄様のどこがスキ?」


「たくさんあるけど、やっぱり1番は優しいところかな」


「ハル兄様ほんと優しいよね〜」


「アリーはセド様の事どれくらい好きなの?」


「ん〜? たっっっくさん好きだよ! セドって凄く頑張り屋で優しいんだもん!」


「あら、それならハル様だって負けないんだから〜」


「ふふふ♪ わたくしたち、素敵な婚約者で良かったね!」


「そうね。我が侭な男の子だったら泣いてたかも」


「わたくしも我が侭な男の子きらーい! 優しくなくっちゃ!」


「ね〜」


「でもいいな〜お姉様とハル兄様。同い年だから一緒に学園に行けて」


「そうね。それは感謝してるわ。セド様とアリーは別々の学年になるから今から心配だわ」


「まぁお姉様! それは別に心配する事じゃありませんわ! 別にわたくし、一人でも平気ですもん!」


「あら、そうなの?」


「そうよ! 一人だからお友達も作りやすいわ!」


「ふふ、アリーなら簡単ね。わたくしもハル様の邪魔にならないように一人で友達を作らないと……」


「お姉様だったら大丈夫よ! けど変な人に目を付けられないでね! 女の世界は怖いんだから!」


「なぁにそれ? 誰から聞いたの?」


「今、流行の本に書いてあったわ!」


「そんな本を読んでいてお母様に怒られない?」


「大丈夫よ! こっそり読んでるから!」


「まぁ! フフフ♪」


「ふふふ♪」


 同じ布団を共有してコソコソと笑い合う2人は本当に幸せいっぱいだった。











   〜*〜*〜*〜*〜

■■>【学園へ入学 】






 貴族の子どもたちは15歳になると学園に行く事が決まっている。

 国に数か所ある王立学園の1番家から近い場所へ大抵の場合入学するのだけれど、やはり王都にある学園の方が有力な家の子供達が入学する事から、わざわざ数日馬車を走らせて王都の学園に入学する人もいるらしい。

 どうせ寮へと入るのだからどこへ入っても同じだし、それならば卒業後の友人関係に影響がありそうな王都の学園を選ぶのは仕方のないことなのかもしれない。


 わたくしの家はどちらかというと中立派で安定しているし、嫁入り予定のシェイロズ侯爵家もそこまでガツガツしていないからか、わたくしとカハル様は王都ではない、実家に近い位置にある学園を選んだ。

 王都の学園だと入学試験があるけれど、それ以外の学園には貴族であれば入れるのでそれが理由でもあった。

 テスト勉強をしなくていいからが理由ではなく、"絶対にカハル様と一緒に通う為"の選択です。親たちも誰も反対しなかったので、わたくしとカハル様は晴れて実家からそう離れていない学園へと入学する事が出来た。


 それでも学園は全て全寮制で、親元を離れなければいけない。

 これは傲慢になりやすい貴族の子供たちに独り立ちを促す意味もあるようで、寮には家に余裕があれば一人だけ侍従や侍女を連れていけるのだけれど、それが出来ない人は全て自分でしなければいけない事になっていた。

 わたくしも侍女を一人連れて行ってもよいと言ってもらえたのだけれど、自分の成長の為にと、わたくしは侍女を連れて行くのを断りました。

 学生の頃だけでも、最低限の事は一人でも出来るように頑張りたいと思います。


 それはカハル様も同じだったようで、カハル様も侍従を連れずに寮へと入られました。


「連れて行くと色々言われて面倒だからね。折角の一人暮しだ。自由を満喫するつもりだよ」


 そう悪戯っ子のように笑うカハル様は素敵でした。


 わたくしたちは学園で、自分達がこれから出ていく貴族社会の事、社交界での事、世界情勢や必要となるマナー、知っておくべき知識を3年かけて覚えていきます。


 そして卒業と同時に成人と認められるのです。











   〜*〜*〜*〜*〜

■■>【2年生】






 最初は慌てふためくだけの1年を無事に過ごして、わたくしたちは2年生へと上がりました。


 同じ学園へアリシュアの婚約者であるセッドリー様が入学してきて、わたくしたちの後輩になりました。


「ティナ姉様! ハル兄様! これから改めてよろしくお願いします!」


「よろしくな、セド!」


「よろしくね。分からないことがあったら直ぐに聞いてね!」


「はい! ありがとうございます、ハル兄様、ティナ姉様!」


「なんかそれ恥ずかしいなぁ、兄様ってのやめないか?」


「え? そうなのか!?

 ……じゃあハル先輩?」


 少し悩んで伺うように聞いたセッドリー様の言葉にカハル様は一瞬驚いた顔をした後、すぐに楽しそうに笑った。


「それ良いな!」


「じゃあ、ハル先輩とティナ先輩で!」


 セッドリー様も楽しそうに提案する。わたくしはなんだか気恥ずかしくて頬が熱くなってしまったけれど、こくこくと首を縦に振って了承した。


「男子は勉強の他に剣術や武術の授業もあるぞ! ダンジョンに行く授業もあるから俺を頼っていいからな」


 いつのまにか自分の呼び方が“俺”に変わっていたカハル様がセッドリー様の肩を叩いてそう伝える。


「ダンジョン! 俺早く潜りたいんだよな〜!!」


「お前ならそう言うと思ってたぜ!」


 楽しそうに話し合うカハル様やセッドリー様を見て、わたくしも見ているだけで楽しくなって笑う。


 わたくしは2人に着いてはいけないけれど、危ないから、なんて言って2人の邪魔をしたいとは思わない。

 2人の剣の腕も知ってるから、ただ怪我にだけは気をつけて欲しいと心の中で思った。


 セッドリー様も増えて、学園生活がもっともっと楽しくなるんだと、わたくしはワクワクしていた。











   〜*〜*〜*〜*〜

■■>【変わるもの 】






「……またですか?」


 カハル様の言葉にわたくしは少しだけ寂しさを感じていた。


「ごめんね。セドと先に約束してたんだ」


「なら仕方がありませんわね」


「本当にごめんな……」


「いえ! わたくしの事は気にしないでくださいな! セド様との約束の方が先なのでしたら仕方がありませんわ。お怪我だけには気をつけて下さいませね」


「あぁ。そのうち必ず埋め合わせはするよ」


「えぇ、楽しみにしておりますわ」



 こんなやりとりを何度か続けて、わたくしは何だか少しだけ不安になっていた。


 ……セッドリー様が学園に入学してから少しして、カハル様とセッドリー様は揃ってダンジョンに潜るようになっていた。

 ダンジョンは学園が管理している小さな物から、外にある大きな物まで、たくさんこの世界には存在する。

 そのダンジョンに潜る事を仕事にした“冒険者”という職業まで存在する。ダンジョンの謎を解明したり、中に居る魔物を退治したり、魔物が落とすアイテムを集めたり、ダンジョンの中に存在する宝箱を見つけたりと、冒険者のやることはたくさんある。命をかけるだけの物がそこにあると冒険者になりたがる者は後を立たない。

 ……貴族からも、そんな野蛮な職業になりたがる若者か居ると聞いてわたくしの不安は更に募った……。


 次期侯爵当主として頑張っているカハル様がそんな事を考えているなんて考えたくもなかったけれど、セッドリー様と2人で楽しそうに剣を振っているカハル様の姿を見ていると、どうしても考えてしまう……。

 セッドリー様だってアリシュアがいるのにそんな事を考えているなんて思いたくはない。

 それでも……、考えてしまうのはカハル様とセッドリー様の仲がどんどん深まっているように感じるから……。


 仲睦まじく肩を組んで笑い合うお2人は本当の兄弟のようで、信頼の置ける親友のようで……、ただの婚約者であるわたくしなんかがその間には入ってはいけないような雰囲気さえ感じる……


 これがただの杞憂であればいいのに…………











   〜*〜*〜*〜*〜

■■>【久しぶりに4人で】






 一年が経ち、学園にアリシュアが入学してきた。


「やっとわたくしもここに来れたわ! でも1年後にはお姉様もハル兄様も卒業しちゃうんだから寂しいわ! どうしてお母様はわたくしをあと1年早く産んでくれなったのかしら!」


「無茶言わないで」


 アリシュアの言葉に笑う。


「俺がまだ居るじゃねぇか。それで我慢してくれよ」


 セッドリーが苦笑いしながら答えた。


「あら? 1年お姉様とハル兄様を独占していたセドに言われるともっと羨ましくなっちゃいますわ!」


「なんだよそれ〜」


「セドとは卒業したらずっと一緒なんですもの! お姉様やハル兄様の変わりになんてなりませんわ!」


 むくれて見せるアリシュアか可愛くてわたくしはその頬に手を添えて妹に微笑む。

 アリシュアはそんなわたくしを見返して眉を下げて笑った。


「出来るだけみんなで集まろうな」


 カハル様が提案して、セッドリー様もアリシュアも笑顔で返事をする。わたくしもそれに返事をしたけれど……少しだけ……疑ってしまうわたくしがいた…………



 入学したてのアリシュアは覚える事が多くて、寮での生活も慣れなくて、わたくしはアリシュアの側で時間を使う事が増えた。

 アリシュアと一緒にいられる事は嬉しかったけれどカハル様たちが何をしているのかと気になった……。


 授業がある時は一緒にいられる。お昼は食堂で4人で集まれる。


 だけど放課後は……。

 

 カハル様とセッドリー様はダンジョンに行くのが楽しくて、連れ立って消えてしまう。

 戦う力も自分を守る為の力もないわたくしは2人についていく事が出来ない……。


 意外にもアリシュアは詩集の趣味を見つけたようで、詩集サロンに入って友達と仲良くしているようだった。


 ……わたくしだけが不安になっている。

 待つ必要のないカハル様を待っている。

 お昼も一緒に取って、学校でも顔を会わせているというのに何故か不安が拭えない。

 

「きっと2人っきりで会っていないせいね」


 その事に気付いてわたくしは少しだけ納得出来た。


 数日後にカハル様にお話して、二人だけで学園の庭でお散歩した。


 いつもと何も変わらないカハル様の笑顔に安堵して、やっぱり何も変わらなかった……


 ああ、そういえば……

 どうしてわたくしはカハル様の手を握らなかったのかしら…………











   〜*〜*〜*〜*〜

■■>【どこかで気づいていた】






 わたくしとカハル様の学園卒業を目前にして、カハル様とセッドリー様がダンジョンで亡くなった。


 ダンジョンに潜っていた別の冒険者が血のついたカハル様の服と散らばった髪、セッドリー様の荷物と思われる物を見つけて冒険者ギルドに連絡した。直ぐに捜索隊が作られたものの2人を見つける事は出来なかった。

 カハル様とセッドリー様がその日から学園には戻って来なかった事から、魔物に食べられてしまったんだろうと結論付けられた。


 わたくしはどうしても諦めきれずに自分の足でダンジョンに行こうとしたけれど、何の訓練もしていない貴族の令嬢をそんなところに入れてくれる訳もなく、皆に止められて、ただただ泣きくれるしか出来なかった。


 遺体の無い死。


 アリシュアと共にわたくしはカハル様とセッドリー様の為に泣いた。

 死んでいないと思っても涙はとめどなく流れた。

 アリシュアはセッドリー様から貰ったネックレスを握りしめて、わたくしの腕の中で泣いた。


 魔物に食べられて遺体の無いままに死を迎える人はこの世界には多いと、その時初めて耳にした。

 空の棺が運ばれて、カハル様のご実家のシェイロズ侯爵家とセッドリー様のご実家のミロセリー伯爵家の葬儀は同時に行われ、2人の墓は隣に並べられる事となった。


「……馬鹿な子たちだ。

 だが、夢に生き、夢に死んだ2人は、貴族の中でしか生きられない私たちよりも自由だっただろう。

 冒険の中で死ねたのだ……男としては羨ましいものだな……」


 カハル様のお墓の前で呟かれたシェイロズ侯爵当主の言葉に、わたくしの目からはまた涙が流れていた。


 わたくしには理解の出来ないその『夢』を、どう称賛すればいいのでしょうか……


 カハル様に“置いていかれた”という気持ちが湧き上がり消えていく……


 それでもどこかでわたくしは……こんな未来が来るんじゃないかと少なからず思っていた自分に気付いていた…………


 あの2人の選ぶ未来を……


 そこにわたくしは居ないんじゃないかという焦りにも似た悲しみを…………











   〜*〜*〜*〜*〜

■■>【変わる未来 】






 6歳の頃に決まった未来は崩れ去った。

 婚約者が亡くなったわたくしはもうシェイロズ侯爵家には嫁げない。


 シェイロズ侯爵家にはカハル様の弟君(おとうとぎみ)がいるけれど、その方にも勿論婚約者が居る。色々ごたついたものの、弟君がシェイロズ侯爵家を継ぎ、その婚約者の方が嫁入りする形に落ち着いたようでした。

 元々弟君は婿入り予定でしたから、相手側の家を継ぐ者はどうするのかと心配でしたけれど歳の離れたまだ婚約者の居ない妹君(いもうとぎみ)がおられたようで、安心して交代が出来たようですわ。むしろ侯爵家に娘が嫁ぐ事になって喜んでおられるかもしれません。

 悲しい事が起こったのですから、少しぐらい喜ぶ人がいてもいいと思いますの。



 ……わたくしは、学園を卒業した後に修道院へ入る気でおりましたが、両親の説得とシェイロズ侯爵夫妻との話し合いの末、修道院へ行くことはやめました。

 悲しいし、婚約者が亡くなった事と年齢の事で貴族の令嬢としての瑕疵は避けられませんが、同情してくださった方々のご厚意で、次の嫁ぎ先を見つけられそうでした。


 妹のアリシュアにも、何とか次の婿が見つかったようで、同じ学園に通いながら心を通わせていくようでした。

 アリシュアの新しい婚約者はラフラー伯爵家の三男ジャック様と言う方です。

 ジャック様は婚約者を亡くして落ち込んでいるアリシュアに根気強く寄り添ってくれているようで、「僕が彼女を守ってみせます」と言ってくれました。

 剣が苦手だそうで、剣が楽しくて居なくなってしまった婚約者を持っていたわたくしたち姉妹からすれば、少しだけ安心できる要素だと思いました。


 わたくしとアリシュアは突然訪れた未来に、それでも進んで行かなければいけません。

 あんなに楽しくて幸せだった時間は突然終わりを告げました。

 わたくしとアリシュアとカハル様とセッドリー様。

 ずっとずっと4人で楽しく笑い合う未来を夢見てきたのに、その未来はもう2度と訪れません……。

 何が良かったとか、何が悪かったとかではないのです……。

 ただ“運命が別れた”だけ。

 そう思うことで……わたくしは前を向くのです……。



 心残りがあるとすれば……


 ハル様とセド様の本心が聞けなかった事でしょうね……………






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