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第六章(下)

 室内に、淹れたてのコーヒーの香りが充満していた。

「さて…。」

 河上は口を開いた。「あらましは聞かせてもろたよ荒松班長…妙なことになったもんじゃわ」

「今のところ、まどかには普通の高校生のような生活をするよう指示してあります。尾行は先月の隆義ご夫妻の葬儀出席時には居なかったのですが、その翌日から数日おきに付くようになったようで、今はほぼ毎日、学校にいる間以外はほぼ全ての行動を見張られています。幸い携帯電話を持たせているので連絡は取れるのですが、このままでは…。」

 荒松は素直に言った。

「…で、この人が張り付きを依頼した人?」

 とそこへ、かん高い声とともに資料を手に取ったのは、狐のような目をした中年男性だった。なよっとした物腰。眉も短い。まるで大昔の公家のような雰囲気の男だった。

「…はい。」

 荒松はその男を見た。初めて見る顔だったのである。

「大河内製薬…ふうん。面白いとこが出てきたやないの。」

 男の、左の口端が吊り上がった。嗤ったのだ。

「…と、おっしゃいますと?」

 荒松は先を促した。

「社交界で最近噂になっとるんよ。ここの人たち、最近急に裏社会の人たちとコネクションを取ってる、って。」

「…ほう。」

「…あ!」

 ここで男は急に声を上げ、「申し遅れました。私、金枝と言います。」と、突然握手を求めた。

「…どうも」

 荒松は面喰いながらも握手をした。

金枝昭一かねえだしょういち君は、一昨年から売却班の主任を務めてもらっている。主に売却班と顧客の橋渡し役を担っておってね…。」

 と、ここで言い添えたのは上層部の残る一人、"理事長の懐刀"とも呼ばれている杉原一郎だった。相変わらず、見事な白髪をオールバックに撫でつけている。

 杉原と荒松は歳が近い。公私ともに交流がある。

「それに確か…。」


 そしてこの後、金枝の発した一言い荒松は戦慄することになる。



「ここの会長さんと、現在いまの警視庁の警視総監さん。大学の同期やったはずですよ?」





 何秒、呆然としていただろうか。




(な…何やと…!!!)




「限りなーい、黒に近ーい、グレーじゃのう。」

 河上理事長がコーヒーをずずっとすすりつつ、のほほんと言った。

「…して、お前たち。」

 河上はうすら目を上層部三人に向けた。「何か、策はあるのかの?」

「ふむ…。」

 杉原は思案した。

 佐藤も、黙りこくっている。

「んー…じゃあ、今回は私に行かせてもろていいですか?」

 ややあって口を開いたのは、金枝だった。

 荒松は何も言わず、金枝を見る。

「上手く行けば、」

 金枝の口元がニィッと嗤って、「一か月でまどかちゃんを解放してご覧に入れられると思います。」


 荒松はこの時、思い出していた。


 黒ウサギ唯一の、交渉術師ネゴシエーター。元詐欺師という経歴を持つ、異色の男。

 彼の手にかかって失脚した閣僚、経済界の重要人物、そして大企業は数知れないと言う。

(お手並み拝見と行かせてもらうわえ…)

 にこにこと笑う金枝をしり目に、荒松は心中しんちゅうでつぶやいたものである。







 金枝昭一の手腕は、確かだった。

 5月、ゴールデンウィーク明け。

 突如、まどかの周辺から監視の目が消え失せ、まどかは堂々と荒松らと会えるようになった。

 まどかの心中はいかばかりであったか。

 戻ってきたまどかに、荒松は声をかけずにはおれなかった。

「…ようやった。」

 よくやった。よくぞここまで、普通の高校生を演じきった。

 これである。

 まどかはそんな荒松に対し、ふんっと鼻を鳴らすと、こう言ったものである。


「おかげで身体がすっかりなまってもうたわ。4kgも痩せた。明日から鍛えな、まともに立ちまわれへん。」


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