4-孤独
※2023/5/16修正
窓の外に視線を向ければ、なんともいえない雲が空を覆っていた。
温度はさほど高くはないが、湿度が高いせいか肌が汗ばむ感じがした。
休み時間には、クラスの中心核となる女子達が廊下で固まりをなしている。
大声を出して、自由奔放な行動で通行人を妨げている。
他人の迷惑を考えていないあたりが、いくら子供じゃないと息巻いても
子供であることに変わりがないことを証明している。もっと他人を気遣うべきだ。
いくら外見を誤魔化したところで、中身は誤魔化されない。
などと、私には関係ないけれど。
「オオカミさーん」
固まりの横を通りに抜けようとした時、女子の声に呼び止められた。
振り向いた私に向かって飛んで来たのは、一冊の分厚い本だった。
それは私に直撃せず、すでに私が抱えていた本の一番上に積み重なった。
ある意味すごいコントロールだと思う。
私は時々こうした雑用を押し付けられたりする。
だけどそれがそれ以上の虐めに発展しないのは、私が言い返すなどの反応を
一切示さないからなのだろう。
反応すればこちらの負けだ。なぜなら彼女達はそれを求めている。
私を虐めの対象としてロックオンする機会を、まだかまだかと待ち構えているのだから。
その手には絶対にのらない。
私はいつも通り無表情でその場をやり過ごした。
そのまま図書館に直行する。
私は図書委員をしている。
放課後、図書館に居るほんの少しの時間が、この学校生活での唯一の癒やしだった。
皆が暗黙のルールで静かに過ごそうと努力するその場所は、
生きていく中でもっとも静かな場所であり、その静かさが私の気持ちを穏やかにしてくれる。
図書委員の仕事がない時も、なんとなく図書室に足が向いてしまうくらい。
病的だろうか?いや、きっと違う。
「俺も図書委員になろっかな」
「心にもないことを」
図書室に着いた時、すでに渉が一足先に日当たりの良い窓際の席を陣取っていた。
私の指定席なのに。
そんな彼が、私を視界に捉えて開口一番のセリフがこれだ。
心にもないことを、とは自分への突っ込みとも言えた。
無表情を装って、彼を冷たくあしらい、心にもない態度をとってしまう。
「だって、あのメガネくんさ、俺をお邪魔虫を見るような目で睨むんだ」
しかし彼は私の塩対応に慣れてしまっていて、
全く気にする素振りを見せず、話題はいつの間にか違う話に移っていた。
首を振りながら大袈裟にため息をついて見せる。
メガネくんとは、同じく図書委員の黒木くんのことだ。
緑縁メガネがまさにがり勉感をかもし出す、学年一の秀才君だ。
ひとつ上の先輩で、頭の出来以外は私と似た人種である。たぶん。
「俺の心のオアシスなのに」
彼は脚の回転する椅子に座って、背もたれに大袈裟に寄りかかると
そのままぐるぐる周り始めた。まるで大きな子供だ。
「図書室では静かにして」
返却された本の整理をしていた私は、彼の方を見ずに言う。
図書室に私達以外の人がいないことをいいことに、
彼が座る椅子は金属が擦れる音を響かせていたが、それがピタリと止む。
振り返ると、渉もこっちを見ていたため、視線が重なった。
「それ、メガネくんと同じセリフじゃん」
なにを言うかと思いきや。
夕日が窓から差し込んで、ちょうどそれが渉の背後からこっちに照りつけたため
逆光で渉の表情がほぼ見えなくなった。
だが、雰囲気で彼が笑っていることは分かった。
そしてすぐ再び椅子がぐるぐる回りはじめた。
そこで私はちょっとだけだが何となく分かってしまった。
きっと黒木くんは、彼が嫌いでそんな事を言っているわけではない。
黒木くんは私と似ている。だから、きっと騒がしい渉に口出しせずにはいられないんだ。
全く自分と異なった存在に、ちょっと戸惑っているだけなんだと思う。
「オアシスっていうのはちょっと意味が違うんじゃない」
「何で?オアシスじゃん。静かだし、アスカもいるし」
そこで私は少し動揺した。
渉はいつも気持ちの表現がストレートだ。
素直に表現できることを羨ましく思うこともあるが、大抵は気持ちをかき乱されるから
あまり好きではない。
驚きを顔に出さないように、私は目を細めて渉を見た。
「私は静かな方が好きなんだけど」
果たして私の態度は普段通りだっただろうか。
渉にとっては何気ない一言に、いちいち反応していてはいけない。
案の定、渉は笑顔で「りょーかい」と答えた。
こんな彼が私と実は少し似たもの同士なんて、誰も想像もできないだろう。
もちろん私も例外ではない。
「いつも何か俺だけ違うっていうか。傍観者みたいな。
コイツらくだらねーなって思う自分がさ、冷めてるってか、いや
アイツらはあれでいいんだよ。楽しくてやってるならそれでさ。
けど俺は、なんか空っぽな気がしてさ。
楽しんでる自分を、見てる自分がいるんだよ、いつも」
渉が私に話してくれた、彼が感じる孤独感。
それはいつからなのか、彼がその先の言葉を濁したため、聞くことはできなかった。
でもきっと、あの人が関係あるんじゃないかと、私は思う。
詳しくは知らないから、分からないが。
友達の中にいても、どこかみんなが自分とは別物な気がする孤独感。
それは私にも経験がある。随分昔の話だけれども。
私の場合、渉のようにその孤独感に気付いてしまった時、すでに一匹狼化していた。
周りに合わせて自分を押し込めるのも、ガールズトークに付き合うのも、
忖度を強要されるのも、もううんざりだった。
そこには個人の意思はいらない。ボス猿が右といえば右、嘘といえば嘘。
みんな本気でそう思っていなくても、そんなことは関係ない。
みんな独りは怖いのだ。
だけど、孤独にならないように戯れたって、それは違うと感じてしまった。
同じ意見や気持ちの人がいない、偽りの友達の輪の中では孤独感は消えなかった。
だからいっそ孤独と友達になることにした。
だから、変な話だが、私は孤独ではないとも思えた。
渉と私が似てるけど、決定的に違うのは、そこだ。
私は孤独と友達になった。でも彼は逃げ続けてる。
孤独感を味わいながらも、友達の輪の中に居続けている。
だがそれはある意味とても辛いことなのではないかと、私は時々思う。
「その方が楽だし、みんなが嫌いなわけじゃないしな」
彼はそう言って笑う。
ある意味、孤独を超越してるのかもしれない。
でも、そうやって自分を偽って
それでほんとに、渉は幸せなんだろうか。




