29 再会
戻った当初は配置換えが終わったばかりでざわざわしていたグウェン家も、まだ家令に教わりながらではあるものの、ルナリアが当主として采配を振るうようになってからは、ようやく一本筋が通ったように邸内が整い始めていた。
落ち着いたらしようと決めていたことがある。
イーラの森から旅立ったリドルたちのアフターケアだ。
主たちに手紙を送って近況を尋ね、不調を訴えている場合は対処法をアドバイスし、行ける範囲であれば、ルナリアが直接訪問してケアしようと考えている。
父が勝手に売り払った者たちの行方は、グウェン家だけでなく大公家からも人員を割いてもらい、捜索している。
今日は捜索の進捗を聞き、今後の計画について話し合うため、大公家を訪問することになっている。
イーラの森に様子を見に行くと、カイとマーラは喜んでルナリアのスカートにまとわりついた。
「わたしは大事な用事があってこれから出かけなければならないの。二、三日留守にするけれど、ふたりとも仲良く待っていてくれる?」
カイとイーラはこくりとうなずき、別れを惜しむように、両側からルナに抱きついた。
「着替えを毎日持ってきてもらうよう頼んでおくから、ちゃんと服を着てね。けがをしても薬を塗ってあげられないから……」
心配になってリドルたちを抱きしめると、〝守護者〟が姿を現した。
「私がいるから、その子たちの心配はせずとも良い」
「はい、ありがとうございます」
立ち上がったルナリアは、まっすぐに彼をみつめた。
「父はリドルたちに対して許されない罪を犯しました。感嘆に償えることではありませんが、この森から旅立った子たちが幸せにくらせるよう力を尽くします」
〝守護者〟は微笑を浮かべ、うなずいてくれた。
仲良く並んだカイとマーラに見送られながら、ルナは森を後にした。
*
「ヴァンを捜しに行くんじゃないのか?」
馬車に乗ると、いきなりフェンリルに聞かれた。
「違うわ」
ルナリアは即座に否定した。
「言ったでしょう? 大公様のお屋敷だって」
「ああ、そうか。そこでヴァンを捜してもらうよう頼むのだな」
ひとりで納得しているフェンリルを見ていると、腹立たしい気持ちになった。
「まさか大公様に、隣国の王弟の捜索なんて頼めるわけがないでしょう? 黙っていなくなったうえに、連絡のひとつもよこさない薄情者のことなんてもう知らないわ」
「素直ではないな」
フェンリルが苦笑まじりにそう言った時、急に馬車が止まり、誰かを怒鳴りつける御者の声が聞こえてきた。
「何事なの?」
思わず腰を浮かせたルナリアを制して、フェンリルが先に窓から顔を出した。
「ああ、そういうことか」
軽くうなずくと、フェンリルは馬車のドアを大きく開け放ち、御者に向かって叫んだ。
「ルナの知り合いだ。許してやってくれ」
「どういうこと?」
ルナリアが聞き返したのとほぼ同時に、黒い髪の男が身をかがめて馬車に乗りこんできた。
「ヴァン⁉」
頬が削げた顔は、いっそう鋭さを増していたが、ルナをみつめる黒い瞳の輝きは少しも変わっていない。
(本当に、ヴァンだわ……)
胸がいっぱいになり、言葉を発することができない。
「止まってもらおうとして馬に乗ったまま前方の道をふさいだから、御者に叱られたよ」
埃まみれのマントを脱いで足元に落とすと、彼は肩をすくめた。
「久しぶりだな。これから屋敷を訪ねようと思っていたのに、危うく行き違いになるところだった」
あまりにも変わらぬマイペースぶりに、再会の喜びもつかのま、ルナリアの怒りが爆発した。
「黙っていなくなったくせに、突然あらわれてよくもそんなことが言えるわね、この薄情者ッ‼」
涙があふれて止まらない。
「いや、すまない。俺が悪かったって。そんなに泣かないでくれ」
ヴァンレードは優しくルナリアを抱きしめた。
「ずっと会いたかった。一日だって忘れたことはないよ」
耳元でささやかれ、ルナリアはただ泣きながらうなずくことしかできなかった。
ひとしきり泣いた後で、改めて彼の顔を見ると、右の頬にくっきりと傷痕が残っている。
「傷は大丈夫なの?」
「ああ、もうなんともない」
「いったい、あなた、今までどこにいたの?」
「亡くなった母の実家だよ。じつは叔父に資金援助を頼んでたんだ。国を出ようと思っても、さすがに一文無しじゃ、どこにも行けないからな」
「じゃあ、王宮に戻る気はなかったってこと?」
「もうあそこに俺の居場所はないよ。陛下とも話した。っていうより、俺が一方的に要望を伝えただけなんだが。病のため王立騎士団を退団し、転地療養する。そのうち葬式でもして死んだことにしてくれるんじゃないかな」
「まさか、そんなこと……」
「いや、それぐらいのほうがいいんだ。もう兄弟などいないと思ったほうが、お互い楽になれるだろう」
「そんなの、悲しすぎる」
「肉親だからってわかりあえるもんじゃない。そう思った経験ない?」
「……あるわ」
「だから、わかりあえない身内のことは忘れて、理解しあえる恋人といっしょにいたい」
「ちょっと待って。わたしはあなたのことがいまだによくわからないし、これから先も理解する自信がないんだけれど」
「心配するな、今のままでじゅうぶんだから。ところで、これからどこへ行くんだ?」
「大公様のお屋敷よ。縁談があるの」
ルナリアは突き放すように言った。
「本気か?」
ヴァンレードが目を丸くする。
「もちろん、冗談よ。でも、そんな話があっても不思議じゃないでしょう? あなたはずっと音信不通だったんだから」
「悪かったと思ってるよ。じつは大公殿下に直訴して、大公家の騎士にしてもらった。それで今回、ルナの護衛としてグウェン伯爵家に派遣されたというわけだ」
「まさか、そんなこと、大公様がお許しになるわけないでしょう?」
「大丈夫だ。大公殿下とはリドルを愛する仲間として、以前から親しくさせてもらっていた。くわしく話したことはなかったが、こちらの事情はうすうす察しておられたのだろう。ルナと相思相愛だから王家を出てずっと一緒にいたいと話したら、快く受け入れてくれたよ」
「嘘っ、大公様にそんなこと言ったの?」
ルナリアは思わず両手で顔を覆った。
(恥ずかし過ぎる……)
「そういうわけで、ずいぶん待たせてしまったけれど、これからはずっとそばにいるよ。見ての通り、傷物になってしまったが、剣の腕は落ちていない。安心してくれ」
ヴァンレードはなんでもないことのように言ったが、ルナリアにはどうしても頬の傷痕が痛々しく見えてしまう。
「傷物だなんて言わないで」
抗議するように言っても、ヴァンレードは笑みをたたえたまま、まっすぐにこちらをみつめている。その瞳には何の愁いもなかった。
(あなたは本当に平気なのね。それなら、わたしも気にしないことにするわ)
ルナリアはそっと彼の頬にふれると、傷痕に優しくキスをした。
「光栄だな。淑女が自らキスしてくださるとは」
ヴァンレードはルナリアを抱きしめ、首筋に顔をうずめた。
「最高にいい香りだ」
顔を上げた彼が、恋人に口づけしようとした、その時。
「私もいるのだが」
向かいの席でずっと気配を消していたフェンリルが、耐えかねたように言った。
(そうだった……)
はっと我に返ったルナリアは、あわててヴァンレードから離れた。
「仕方ないだろ? ようやく再会できたんだから」
真っ赤になってうつむくルナリアの隣で、彼はまったく悪びれる様子もなく、涼しい顔をしている。
「やれやれ、これから先が思いやられる」
フェンリルは空を仰いでため息をついた。
***
異国から来て大公家の騎士となった男が、女伯爵の入り婿となったのは、彼女の護衛の任に着いてからわずか一年後のことだった。
完結しました。
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