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薫香の令嬢はリドルを溺愛する王弟に愛される  作者: 今尾曜


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28 再びイーラの森で

 優しく降りそそぐ木洩れ日の中を、カイとマーラが楽しげに駆けまわっている。


 ルナリアはイルドの木にもたれながら、ぼんやりとその光景をながめていた。


 ラース王国に戻って、もうひと月になる。


 ヴァンレードからは何の連絡も無いが、ルナリアには為す術もなく、ただ彼の言葉を信じて待つことしかできない。


 留守にしていた間にはひとりも生まれなかったようで、今、イーラの森にいるリドルは彼らだけだ。


 若葉の色の上着とズボン、おそろいの服を着て、木に登ったり鬼ごっこをしたりと、飽きることなくふたりで遊んでいる。


 お腹が空けばイルドの木から実を取って食べ、体が汚れたら小川の水で体を洗う。夜になれば、柔らかい草の上で眠る。ここでは人間が手を出さずとも、彼らは何も困ることなく生きていける。

 

 毎日ルナリアが着替えを持ってくるが、そうしなければ、彼らは平気で裸になって走りまわることだろう。


 帰ってから二、三日の間はふたりとも伯爵邸で暮らしていたが、しだいに部屋に戻るのを嫌がるようになった。


守護者ガー〟に診てもらい、カイにもマーラにも体の異常はみつからないと聞いてからは、ルナリアは彼らのしたいようにさせていた。


 帰国した翌日、フェンリルはルナリアとともに一度だけこの場所に来て、〝守護者ガー〟と対面した。


 初めて会った〝エクス・リドル〟をしげしげとみつめてから、〝守護者ガー〟は彼にたずねた。


「おまえはもう長い間その姿でいるのだろう? そろそろ〝じゅせい〟の時期を迎えるのではないか?」


〝樹成〟とは人間から樹木へと姿を変えることだ。


(そうだわ)


 ルナリアははっとした。


 たいていのリドルは二十年ほどで樹木に変わり、大地に根を張って生きていく。


「残念ながら、それは私にもわからないのだ」


 フェンリルは困ったような顔をした。


「わたしの前に生まれたふたりの〝エクス〟は、とうの昔に行方知れずになっている。さすがにもう〝樹成〟を迎えたとは思うが、それがいつのことなのか、知るすべもない。他に誰か知識のある者がいれば、こちらが教えてもらいたいぐらいだ」


 フェンリルがあまりにも人間にしか見えないので忘れていたが、彼もいずれイルドの木となり、子孫を残すのだろう。


 だが、まだその日が来て欲しくない。


 ルナリアは祈るような気持ちで、フェンリルの横顔をみつめた。


「ならば、この森に留まってはどうだ。いつ〝樹成〟を迎えても、ここならば安心だと思うのだが」


「ああ、確かに居心地が良さそうだ」


 フェンリルは周囲を見回しながら言った。


「ルナがずっとあの屋敷にとどまるならそうしてもいいが、もしどこかに行くというのなら、私はついていくつもりだ」


「フェン?」


「私はこの姿でいられる最後の日まで、主とともにいると決めている。せっかく新しい主を得たのだから、ずっといっしょにいたいのだ」


 その言葉を聞いた途端、ルナリアは自分でもびっくりするほど号泣してしまった。


 フェンリルがやさしく抱きしめてくれたが、それでもしばらく涙を止めることができなかった。




(あれはちょっと恥ずかしかったわ……)


 今思い出しても赤面してしまう。


(きっと、ヴァンがいなくなったせいで心が弱っていたんだわ。そうよ、全部、あの人のせいなんだから)


 約束通り、ギゼルは手紙をくれた。だが、ルナリアが去った後のロイス王国について書かれているだけで、ヴァンレードの行方についてはひとこともふれられていない。


 あの後、お茶会での騒ぎは王弟のリドルが体調を崩しただけということになり、事件そのものがなかったことにされたらしい。


 とはいえ、関わった者たちが罪を問われなかったわけではない。


 毒を盛った侍女は茶葉の管理を怠ったという名目で鞭打ちの刑を受け、王宮を追放された。

 子爵家の令嬢だったが、家からは縁を切られたそうで、平民として生きていくことになる。


 デリクはロイス王国からの永久追放という形でイルミラ王国に強制送還され、二度と王妃に会うことは叶わない。

 彼が密かに国境を越えようとして警備兵にみつかり、抵抗の末、斬り殺されたとの知らせをルナリアが受けたのは、それからおよそ一年後のことだった。


 エリスは静養のため領地に戻ったことになっているが、事件の真相を知った父によって北方の修道院に送られた。


「そして、行方不明のヴァンは、病のため転地療養中ということになったのね……」


 ルナリアは今でも、元凶は国王と王妃なのではないかと思っているが、それを明らかにしたところで喜ぶ者は誰もいないだろう。


 それに、彼らも無傷ではない。


 王妃はデリクを失い、心から信頼できる者が周りにいなくなった。


 国王はおそらく心を許せる存在であろうエリスと、王国の軍事力の要であったはずのヴァンレードを失った。


 これから彼らは孤独の中で疑心暗鬼に陥りながら、暗闇の中を照らしてくれる灯火もなく、手探りでそれぞれの道を歩んでいくことになるのだろう。


(いつか気付いてくれるかしら? 自分たちがどれほどかけがえのないものを手放してしまったのかを)


 少なくとも、国王にはヴァンレードの信頼を失った痛みを感じて欲しいとルナリアは思った。それがせめてもの彼への償いになるだろうから。

明日、最終回です。

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