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特務魔導師真壁正義  作者: 安藤ナツ


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真壁正義は狩猟が好き。

 狩猟が好きだ。

 鬱蒼と茂る木々の間を注意深く歩き、僅かな手掛かりも見逃すものかと地面に跪いて痕跡を探す時間が好きだ。堅い木の根の上を歩き蹄の跡を少なくするウロコヅノシカの野生の知恵には驚嘆する。世間では不俱戴天である界物を見下して『獣風情』『蛮族』と侮る者も少なくないが、彼等は尊敬すべき生命の形の一つであり、人類の敵対者であるからこそ学ぶことは多い。だから、狩猟対象が遺した小さな足跡を見つけた時の達成感と言ったら美酒すら霞む。

 敵は強く賢い程に良い。

 でなければ、彼等を討つぼくの価値は如何ほどのものだろうか。

 地面に深々と残された足跡を崩さぬように顔を近づけて観察する。

 後ろ足の蹄跡。蹄の数は四つ。大きさと形からメス。多分、妊娠した個体だ。妊娠による体重の増加が僅かに歩き方に影響したのだろう、蹄の開き方が特徴的だ。

 通常、ウロコツノシカは一頭のオスを中心とした三〇頭程度の群れを形成する。群れの中から二頭か三頭のメスが妊娠し、出産後はメス達が協力して子育てを行う。妊娠中のメスがいるオスは非常に気性が荒くなり、縄張りを巡回し、その名にも冠される額の一本角で樹々に深い傷跡を刻む。入らば斬る、と言うメッセージだ。既に幾つかその痕跡を見つけている。それを追ってズカズカと縄張りに入り込んだぼくのことを、向こうはとっくに把握しているだろう。音か、臭いか、マナか、それとも他の何かか、獣達の感覚は人間の理解を越えて広く鋭い。群れをまとめる群れのボスにしてみれば、ぼくは森の歩き方も覚束ない間抜けに見えているだろう。

 そこが、人間と獣の差だ。激しい生存競争を生き延びる野性にとって、人間は愚鈍な生き物に見える。そこにリスペクトは存在しない――と思う。獣の気持ちなんて知らん。だが、少なくとも彼等は自己の経験から学ぶことはあっても、歴史から学ぶ術を持たない。

 ぼくは違う。ぼくは野性を敬愛している。食うか食われるか。生か死か。その原始的で純粋な混じりけのない暴力の世界に生きる彼等を心から尊敬し、そこから学ぶことに躊躇がない。過去のデータを調べ、事前に対策し、傾向から予想して自分に好ましい未来を想像し、その実現に全力を尽くすことができる。人間の強さはそう言った目に見えないところにこそ現れる。

 加えて、人間は獣より合理的で洗練された術式を持つ。連中にしたって、異界の地で何百万年、何千万年と気の遠くなる時間を重ねて辿りついた進化の極地であろう。が、人類の破滅思考な頭脳はその時間すら時に凌駕する。特に、暴力に関して人類はスペシャリストだ。より効率的に殺す手段を。たった百年にも満たない期間で『マナ』と言う未知のエネルギーを自分好みの兵器へと作り替えることに成功したのだから。

 素晴らしい。効率的に傷つけることにおいて、人間の才覚は限度がない。

 愚かで哀れなくそったれに続こう。望まれるままに殺しに征こう。

 期待に胸を膨らませ、【月隠】を起動する。アプリケーションによってマナが術式の形に編まれ、フード付きの外套となって身体を覆う。ここからは、マナによる感知を少しでも遮りながら近づいて行く。相手はぼくのことを把握しているだろうが、狩りはここからだ。油断して舐め腐った態度があって、人間はようやく獣に優位を取れる。間抜けな闖入者だと思われている内に仕留めたいところだ。

 縄張りの内側を進むに連れて、連中の痕跡は多く見つかるようになった。隠す気のない大量の足跡。コロコロとした健康的な糞。妊娠しているメスのものであろう尿。樹木にこびりついた堅く短い毛と、その下に落ちている鱗。低い位置の若芽が齧られている箇所も多く、ボスの庇護下でのびのびと活動している様子が手に取るようにわかる。群れの規模は恐らく二〇体以下で、比較的小規模なものだと推察される。

 最近の中部地方ではウロコツノシカが大量繁殖していたはずだ。そちらから溢れて流れて来たのかもしれない。直接的な人的被害が少ないこともあって、草食系の界物の討伐は後回しにされる傾向が強い。そうでなくとも、軍は界物や北の共産国から北海道の奪還や、東京異界の外周警戒で忙しい。優先度的に対処はどうしても遅れがちだ。

 だからこそ、ぼくのような精神破綻者でも魔術を使ってハンターの真似事が出来るのだから、軍の悪口は言えない。

 ウロコツノシカの分布状況を思い返しながら、樹の根本に落ちた鱗を摘まんで口の中に放り込む。ウロコツノシカの鱗は珍味として知られる。控えめに言っても癖のある味で人を選ぶが、柔らかくも歯にしっかりと返って来る堅い歯応えが面白くスナック感覚で楽しめなくもない。この味と触感は、大きさと色から想像した通り雄の鱗だ。鱗の大きさや食感から言って、体重一二〇キロ代の若い個体だ。木に付けられた傷跡から見ても大きく外れてはいないだろう。健康状態は良く、ストレスを感じずにノビノビと森を我が物顔で歩いている姿が想像できる。独立して三年目、群れを大きくする途中の新進気鋭の若きオスだ。稲妻のように曲がった角を雄々しく掲げる姿は、サン=ベルナール峠を越えるボナパルトが如く威風に満ちているに違いない。

 やはり、そうでなくては。

 討ち倒す敵とは、そうでなくては。

 ぼくが振るう暴力によって倒れるのは、偉大な敵でなくてはならない。

 そうでなくては、ぼくはただ暴力を振るうだけの卑怯者に成り果てる。

 社会は卑怯者の暴力を許さない。

 そうであっては、いつかより強い暴力がぼくを粉々に打ち砕くだろう。

 より強い力で蹂躙される屈辱もまあ悪くはない。が、流石に社会正義を相手にそれをされて喜べるほどにマゾでもない。そんなことをされたら、この素敵な世の中でこれ以上遊べなくなってしまうと言うのもある。

 ぼくは暴力が好きだ。

 ぼくは暴力を愛している。

 暴力だけが本当のぼくを肯定してくれる。

 暴力でこそ自分の価値を証明することができる。

 なんて矮小で唾棄すべき人間なんだ、ぼくと言う奴は。

 でも。

 だがしかし。

 ぼくはそんなぼくが大好きだったりするから救えない。


「『目標確認。行動に移る』」


 痕跡を追って森の中を進むこと三〇分程。六〇〇メートル程先の小さな泉に目標のウロコツノシカの群れの一部を発見した。去年産まれたであろう小鹿を含めて十一頭。残りは縄張り内で食事をしているのだろう。地面に身体を預けている二頭が推定妊婦。他にもメスの成体が四頭おり妊娠は確認できない。四頭の小鹿は楽しそうに水辺を跳ね回っており、その生育振りに支障はなさそうだ。

 そして。

 そして、緩み切った雰囲気の中、一頭だけが遠く離れた異物の存在に気が付き、堂々たる態度でこちらを見ている。予想した通り、まだ若い個体だ。体高は一六〇センチ程度。引き締まった良い身体をしていて、見える範囲で怪我をしている様子はない。全身を覆う鱗の艶も良く、所々隙間から伸びている体毛も同様だ。そして、眉間の少し上からまっすぐに伸びる稲妻型の薄い角は、鋭く尖り王冠のような威厳を纏っている。好事家共が競って金を出す気持ちもわからなくない。

 しかし、強い。

 過去に三度単独で群れの主を狩ったが、飛び抜けて強者の雰囲気に肌がひりつく気分だ。あの若さであの威厳。ぼくのような小悪党とは比べ物にならない大器を持つオスであろう。

 向こうもそれを理解している。ぼくを見て逃げる素振りを見せないのは当然として、まるで諭すようなあの瞳には恐れ入る。『見逃してやるから去れ』と奴は言っているのだ。

 なるほど。

 なるほど。素晴らしい。

 彼は追い出された流れ者等ではない。

 群れを率いて新天地を求めた開拓者。

 未知へと足を踏み入れ暗闇を切り拓く勇者だ。

 敬意を持って全霊で当たらねば、勇者に対して礼を失するだろう。

 相応しい術式を起動する。


「【陽光紅炎Ⅲ】」


 アプリケーションを通じてマナから形成されたのは、物々しい暴力的なデザインの対物ライフル型術式。『竜に通じねば武器出ない』をモットーとした火力至上主義の七草師団が造り出した最高傑作の一つ。

 一九九七年製対特別指定界物用魔弾射出狙撃銃型術式【陽光紅炎Ⅲ】。

 口径、一二.七ミリメートル。

 銃全長、一二二〇ミリメートル。

 使用魔弾、高硬度魔術障壁貫通弾。

 装弾数、五発。

 ボルトアクション方式採用。

 発射速度、秒速七三〇メートル。

 最大有効射手、八六〇メートル。

 推奨マナ容量、八マナ以上。

 並みのマナ容量の魔導師が使用することを考慮していないマナ喰い虫だが、その実力は歴史が証明している。その長さ故に本来は付属の脚を用いて固定し、地面に伏して使うのが本来であるが、そこは二〇七センチメートルの巨躯と魔装義体の膂力で強引に解決。右膝を地面に突き、左足を立ててしゃがみ込む。右脇を締め、左肘を左膝に乗せて紅炎を構える。

 スコープを覗けば、臨戦態勢のぼくを睨み付けるボスが映る。その態度に変化はない。よくわからないことを始めた愚鈍な人間の所作を見下し、何が出来るものかと驕っている。

 良い。やはり良い。その傲慢のファンになってしまいそうだ。

 彼は王だ。自分が頂点だと疑わず、他者を見下す傲慢なる王の威風がある。

 だが、悲しいな。

 産まれながらに王の資質を持つが故に、彼は王であり続けることができない。

 彼は強い。比類なきウロコツノシカの王の一頭だ。

 しかし、強くとも怖くはない。

 過去に狩ったウロコツノシカの中には、彼よりも老いたモノもいたし、酷い傷を負って角が割れたモノもいた。単純な実力で言えば、今回の目標である若き俊英から一つも二つも落ちただろう。彼等ははっきりと弱く、更には怯懦であった。神経質そうに物音に敏感で、瞳は落ち着きなく揺れている。少しでも異変を感じればメスを呼び寄せて、その中心でじっと脅威を探り、相手に敵わないと見れば我が身大事に逃げ出した。強さからは程遠く、弱者にすら見えた。

 しかし、彼等は恐ろしく厄介な敵であった。強くはなくとも、狡猾で強かであった。

 そうなる前に、あの英雄を狩るのが下賤なぼくの仕事だ。

 ボスとの距離は六一三メートル。魔弾であるため、風の影響は考えなくて良い。着弾までは一秒もかからないが、瞬きの時間があればボスが跳ね飛んで魔弾を回避するのは難しくない。そして、一度紅炎の威力を見てしまえば、彼はぼくを脅威と認識する。そうなってしまえば形勢は一気に不利だ。射線の通りに食い森の中では狙撃銃の取り回しが良くないことも踏まえれば、一発目を確実に当てる必要がある。

 スコープを覗く。ボスはまだまだぼくを舐めている。身を隠す必要を微塵も感じず、当然ながら呼吸を隠す気もない。ボスの身体は一定の間隔で上下に揺れ、極めて自然体だ。

 対して、ぼくと言えば無様に深々と肺に空気を送って呼吸を止め、身体からブレを取り除く。この余裕のなさ。まったくもって彼とぼくは対照的だ。

 単一の個体として、ぼくは彼に勝っていることなんて殆どないだろう。獣風情なんてとても言えない。まともに戦えば勝機などあるわけがない。そもそも、相手は何人もの女性を一度に相手する器量の持ち主だ、比較するのも烏滸がましい男の中の男だ。

 彼とは格が違う。ぼくとは核から違う。

 決して埋めることのできない、産まれながらの絶望的な差が彼我にはある。それは精神を病ませるには十分過ぎる、現実に存在する理不尽で抗えない真実の一つだ。

 なんて暴力的だろうか?

 しかし、そんな偉大なる王を、絶望的な差を、理不尽な差を、捻じ伏せるのもまた暴力。

 機は見えた。

 照準を僅かにずらし、ボスからやや離れた位置に立つメスの一頭へと銃口を向けて引き金を絞る。音速を越えて放たれた魔弾の反動衝撃が全身を甘く痺れさせるのを感じながらレバー操作をして次弾を装填。スコープを覗いていない左目で、メスを庇おうと飛び出したボスが障壁諸共貫かれて首に穴が開くのを視認しながら次の獲物を右目で狙う。目標は妊娠していないメス達。想定していない射程からの射撃、頼りになるボスの死亡、咄嗟に子供達を庇おうとする隙を突く。

 狙撃が好きだ。

 照準を覗いて魔弾が敵を撃つのを想像するのが好きだ。

 呼吸を止めて引き金に指をかける際の緊張感が好きだ。

 反動で跳ね上がって暴れる銃身を抑え込むのが好きだ。

 遠距離から魔弾で撃ち抜かれて呆然とする顔が好きだ。

 遅れて聞こえる銃声に本能的に身を竦める姿が好きだ。

 十二.七ミリ貫通魔弾が強固な魔術障壁を飴細工のように砕き、その勢いを殺すことなく対象を貫くと堪らない快感が脳髄を歓喜させる。貫通力が高過ぎて直ぐには倒れない相手のポカンとした顔はとても素晴らしい。呼吸に合わせて吹き上がる血は何処かユーモラスで愛嬌がある。狙撃の後、恐慌に陥った集団に続けて魔弾を撃ち込む快感は色事ですら比にならない。距離が離れすぎているため、末期の悲鳴や怨嗟の断末魔も聞こえては来ない。代わりに射撃音だけが鼓膜を揺らしているのは、まるで自分が彼等とは別世界にいるような感覚をもたらす。

 暴力の醍醐味の一つだ。暴虐を振るう者と、その嵐が過ぎるのを待つ者の間にある圧倒的な差。暴力だけが采配する究極の差別格差。神はいつもこんな全能感で人と接しているのだろうか? ならば、これを甘美と感じぬ人間がいるのだろうか?

 五発全弾を撃ち終えると、のどかな泉のほとりは、今や血の池地獄へと変貌した。幼い子供達は何が起きたかも理解できずに、倒れ伏す親の元へと群がる。逃げられないと悟った妊婦が腹の子を守るか群れの子を守るか逡巡しているのが手に取るようにわかる。

 素晴らしい。

 完璧と言って良い。

 誇りが故にボスはメスを庇って死に、愛が故にメスは子を庇って死ぬ。

 勇ましい英雄と、それに相応しい姫達に心からの称賛を送ろう。

 美しい群れだ。美しい絆だ。

 気高い誇りと矜持に敬意を示さずにはいられない。

 だが、美しいものは儚いからこそ、一層に美しくある。

 散るからこそ桜は美しく、瞬きの間に消えるからこそ花火は心を打つ。

 ぼくは今、感動している。

 肉片となって散り、血煙となって消えた群れの絆。

 たった十数秒で粉々になった誇りと絆。

 だが、この感動は確かに永遠だ。

 失われたものの偉大さと同じ量の幸福が、胸を温かく満たしていくのがわかる。

 なんて楽しいひと時だ。


「『残党を掃討する』」


 紅炎の物質化を解除して駆け出しながら突撃小銃型術式【絢渦繚乱】を顕現させる。残った四頭を倒すのであれば、これで十分。距離を詰めながら大体の辺りを付けて引き金を引き、セミオートマチックで射出される魔弾の嵐が閃光と死神の唸り声を上げる。

 障壁は多くの界物共が使用する極めて原始的でポピュラーな術式だ。それぞれに個性はあるが、法則によって共通した能力を発揮する。基本的には透明で、その頑丈さは障壁の体積と使用者からの距離に依存する。広範囲を守ろうと思えば自然と脆くなり、より遠くを守るには強度か範囲を犠牲にせねばならない。

 ウロコツノシカ達の障壁も同様だ。

 二頭の妊婦は子供達の前に躍り出ると、その鼻先に一畳程の大きさの障壁を展開する。中々のマナを注ぎ込んだらしく、二頭がかりとは言え先程のボスよりも強度が出ているだろう。その防御姿勢は正しい。

 正しいが、正しいだけだ。

 攻勢に出るビジョンのない防御に意味はない。

 援軍のない籠城戦と同じだ。堅牢な防御はいずれ突破され、疲弊した内部を蹂躙される最悪の結末が待っている。

 二〇〇三年製対特別指定界物用魔弾射出突撃銃型術式【絢渦繚乱】。

 口径、七.六二ミリメートル。

 銃全長、八七七ミリメートル。

 使用魔弾、通常衝撃魔弾、炸裂魔弾対応。

 装弾数、三六発。

 発射速度、六〇〇発分。

 推奨マナ容量、六マナ以上。

 九十九戦線の集団使用を目的とした突撃小銃型術式とは違い、単独での運用を重点に置いた七草滅撃師団製高威力型突撃小銃術式が二頭の作り上げた障壁を激しくノックする。


「ゴマのように開け」


 シンプルな造りの障壁が二十九発目の魔弾でガラス細工のように砕け散り、そのまま残弾が六頭のウロコツノシカへと襲い掛かる。結末はわかりきっている。竜種の鱗すら砕く七草の魔弾。幾ら頑丈であろうと、ウロコツノシカの鱗では受け止めきれない。

 悲しいな。

 もう、二度とこの群れの美しい気高さを見ることが叶わなくなってしまったのだから。


「『対象十一頭の討伐完了を確認』」


 残党の気配がないことを確認して、血生臭い惨劇の舞台となった泉へと駆け寄って念のために死亡確認をした後に瑠々へと報告する。少しばかり手荒に出たため、ウロコツノシカの死体の損傷は激しい。食用としての価値は最低だろう。また、『高く売れない』だとか協会から文句を言われるかもしれない。

 まあ、知ったことじゃあないか。労働者を適材適所で働かせるのが経営者の役目だろう。綺麗に討伐したいなら、その手の魔導師を選ぶか、もっと人員を増やすべきだった。火力至上主義のぼくにまかせた上司の判断ミスが、今回の結果を引き起こしたのだ。

 つまり、ぼくは悪くない。

 そもそも、ぼくにとって金銭的価値は仕事の対価としてはオマケ。ぼくにとって真の報酬は、この血で彩られた喪失と死。人の定めた法を越えた暴力の行使と結果。流れた血の量が証明する勝敗。満足に破壊と暴虐を満喫出来るのであれば、報酬は実費だけでも良いくらいだ。そんなぼくに『高く売れるように綺麗に殺そう』なんて気持ちがあるわけがない。

 可能な限り無残に。

 限界まで凄惨に。

 それがモットー。


「ん?」


 勿論、そんなぼくでも一般常識的に美しいと言えるものを愛でる人間らしい心がないわけじゃあない。ボスの死体を見分中に、その雄々しい角が僅かに発行していることに気が付くと目が留まる。過剰なマナが角に集まった状態で死亡した結果、目視可能な状態でマナが術式化したのだろう。強力な界物の亡骸で稀に見られる生命の残滓だ。

 人間は昔から、こういうキラキラしたものに目がない。


「綺麗だ」


 三歳児だろうと、この美しさには心打たれるだろう。こればかりは、マーケットで高額で取引されるのも理解できる。ただただ優しく儚い淡い光は目を惹いて止まない。

 加えて、この稲妻型の角の鋭いこと。この角に頬を押し当ててみたい。分厚い皮膚を容易く切り裂くであろう、その切れ味を堪能してみたい。この角で眼球を貫いてみたい。そのまままっすぐに押し入れて脳髄すらかき回して欲しい。喉に深々と突き刺したらどうなるだろうか? 血の混じった息を吸いながら、そのまま角の刃を下ろして腹を割ることだって難しくないだろう。どれもきっと耽美な痛みを与えてくれるはずだ。

 この場で実際にやってみたい衝動に駆られる。が、流石に魔装義体の破棄はマズイ。自殺行為だ。それに、激しい自傷行為で精神錯乱を疑われれば資格だって剥奪されかねない。それも不味い。公的に暴力を振るえるココは天職だ。失職したら二年もしない内に犯罪者として収監される自信がある。

 ぼくの人間失格具合は置いておくとして、この角は素晴らしい雄の末路として相応しい栄光あるものに思える。敵に足り得る英雄であった彼が存在した証明として、これは持ち帰ることに決めた。殺しておいてなんだが、群れを滅ぼしておいてあれだが、こいつの価値を最も重く見ているのはぼくだからだ。金持ちの自慢にするのは少し惜しい。

 手斧で首を断ち、瞼を下ろして命を感じない瞳を隠す。業者に頼んで骨格標本のような壁掛けにしてもらおう。部屋の壁に飾られる、マナ光を発する雄々しい角の飾り。うん。趣味が悪すぎて、悪くない。威容あるその姿をみれば、きっと今日のことを新鮮に思い出せるに違いない。

 刹那の闘争が永劫に残り続ける証。

 敵と呼ぶに相応しい英雄の最後の雄姿。

 これを金銭的な価値で語るなんて無粋極まる。

 やはり、狩猟は良い。

 原始的で文明的な。

 野蛮でいて紳士的な。

 破滅的で創造的な。

 ぼくはそんな狩猟が大好きだ。

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