生存する苦悩
私に生存する権利は無いのだろうか。
――このまま死ぬのだろう。私は床に突っ伏しながら、直感でそう思った。
体中を撃たれて、血が身体から流れ失われていくのが、鮮明に分かった。あぁ、これはやはり無理だろう。
私は……。いや、私達8名の機動部隊員は、とあるアノマリーの調査のために作戦を実行していた。古びた電波塔に取り付けられたはしごを延々と登り、やっと頂上に辿り着いたかと思えば変なヒト達がいて、私達を建物の中へ(電波塔の上に。信じられないだろうが)案内したのだ。
そこで起こったのは、一方的な蹂躙だった。その人型実体と銃撃戦となったが、私達の放った銃弾は相手の体をすり抜けて全くの意味を成していなかった。それに対して、同じ武装をした相手方の銃弾は雨の如く降り注ぎ、私達を次々と無力化していった。
私の頭部へ弾が当たることは幸いにも避けられたが、脚、胴体、腕、あらゆる箇所が文字通り蜂の巣になっていた。でも、私はまだマシな方だった。人の形を留めている隊員の方が少なかったのだから。
なぜ私が比較的軽症だったかというと――。副隊長が……。副隊長が、私の前に最後は立ちはだかって大半の銃弾を受け止めてくれた。
なんて、情けない。私は、目の前で副隊長が細切れになっていくのをただ見ていたのだ。
情けない。情けなくて、胸が張り裂けそうだった。このまま、消えていなくなりたい。
おそらく、間も無く私は死ぬ。
私は天国に行くのだろうか?それとも地獄?
殉職していった機動部隊員は、皆こんな事を考えていたに違いない。この仕事は綺麗事だけでは済まされないからだ。
流れ出る血の温かさと対照的に、身体が冷たくなっていく。瞼が重い。
人類の為少しは貢献できただろうか?末端の私如きが望んでいいのなら……。
人類よ。
願わくば安寧であらんことを。
そうして、私は力尽きた。
…………。
……………………。
* * * * *
深い眠りの果て――
驚くべきことに、私は死んでいなかった。意識の遠くの方で、人の声と、規則的に刻まれる機械音が聞こえていた。目を開けられない代わりに、耳を澄ませた。
きっと、財団が私達を回収したのだろう。……ということは、あのアノマリーは収容されたということだろうか。
よかった。
身体は重くて動きそうにない。瞼を開くのさえ億劫だ。
……他の隊員は、誰か生き残っているだろうか?いや、絶望的だろう。
死んだ副隊長が守ってくれたおかげで、私の命は繋ぎ止められた。大事に使わきゃいけない。
それから少し経って、誰かが私に話しかけた。
「瀬戸茉莉奈さん。聞こえるかしら」
「…………」
私の名を、誰かが呼んだのだ。返事をしなくては、と思い私は口を僅かに開いた。
「……聞こえているのね?」
頭を縦に振ろうとする。……動けていないだろうが。
「貴方は、アノマリーの無力化作戦中に酷い怪我を負ってここにいます。……治療は施しましたが、命の危機に瀕していることには変わりない状況です。……生きているのが不思議なくらい。貴方には、決断をしてほしいの。……私達は、これから貴方に大手術を行おうと思っています。かといって、手術の結果100%命が助かるとは断言できません。……正直に言うと、賭けなのよ。でも、より強くなれるわ、きっと。……貴方には、手術を受けるか否か、決断をしてもらいたい」
「…………」
「……どう?生きたい?」
私は首を縦に振る。この命、財団の使命の為に。人々の幸福の為に。使いたい。
「わかりました。速やかに手術を行うわね。……安心して。ゆっくりお休みなさい」
その声を聞いて、心の底から安堵した。この安堵は、どこから来たものかはっきりと分からない。
生き続けることが出来ること?
財団職員として人々の役に立てること?
……色んなものが混ざった感情が、頬を伝い落ちた。そして、その安堵感の中私は再び眠りの中へと落ちていった。
…………。
……………………。
身体が痛い。相変わらず瞼を動かすのは億劫で。暗闇の中意識だけが生きていた。
しかし、私の身体はぴくりとも動かない。動かし方を忘れてしまったのだろうか?或いは、神経が途中で途切れているような感じだった。まるで全身にギプスを付けられて、棺に納められているような閉塞感。
「瀬戸茉莉奈さん」
「…………」
あの声だ。艶のある、女性の声。私に生きたいか問いかけた、あの天女のような声だ。
「意識があるのね。良かった。そのまま聞いていてね。貴方は手術の結果、死の淵から脱したわ。ただ……。損傷が激しかった部位は、工学機動パーツに置き換えざるを得なくて。ちょっとびっくりするかもしれないけれど、貴方を生かす為には仕方が無かったの。回復してきたらリハビリを行いましょう。今はそう、休んで元気になることに専念してね……」
「………………」
私は理解した。身体が重いのは、彼女の言う工学機動パーツが身体に取り付けられているからなのだ。
多少のショックを覚えた。
自分の身体には少なからず愛着があった。そりゃそうだ、22年もの間共に成長してきた私の大事な身体。日々トレーニングして、見た目を気にしながら手入れして維持してきた、自慢の肉体。
私は命と引き換えに、身体の一部を失ったらしい。
……まぁ、命のためなら仕方ないか。割り切って、前を向いて歩くしかない。
* * * * *
そして少し経ったある時――瞼が開けられそうだと気付いて、そっと目を開いてみた。
久しぶりの光の刺激が、目に染みる。
白い天井。壁や点滴剤からチューブやコードが伸びている。そのチューブを視線で辿る。そして自分の身体に到達した時――私は言葉を失った。
私の身体は、機械に飲まれていた。
下半身と腕が、無骨で巨大な機械に置き換わっており、関節部から虹色の油を垂らしていた。
――生身で残ったのは、胸部と……。
……顔は?顔はどうなっているの?
私は自分の足を僅かに動かし、鏡代わりにして自身の頭部を映した。
「…………」
顎が無かった。
「……!!……………………!!」
涙が目に膜を張る。
化け物。
こんな姿になりたくなかった。
こんなことなら、いっそのこと……。
「あら?瀬戸さん、おはよう」
扉の奥から女性が現れて、私に話しかけた。泣きぼくろが魅惑的な、美しい女性だ。
彼女があまりに美しくて――。
あまりに私と違っていて――。
「実験は成功ね!戦闘用核工学擬似体が完成したのだわ!あぁ、なんて美しいの……?わかる?お腹の底にエネルギーを感じているでしょう?そこにはエネルギーを無限に生み出す為原子力が使われているの!だからもう、食事を摂る必要もないし、睡眠も、排泄も、必要ないの!……うふふふふ、素晴らしいわ!!」
女性のその言葉を聞いた瞬間、涙がぼろぼろと零れ落ちた。
……私は、騙されたのだ。
後書き
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Author: ZeroWinchester
Title: SCP-062-JP -生存権-
Source: scp-jp.wikidot.com/scp-062-jp




