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49 模造品

 ……アイリーンさんが死んだ。

 ハルたちにとっては、目の前の状況からはどう考えようとその結論しか出なかった。


 その巨大な咢で噛みつかれ、足首の僅かな部分を残して、アイリーンは『ホリヴィス』の口の中に消えた。当の『ホリヴィス』はまだ何かを咀嚼している音を鳴らしている。


 アイリーンの持つはずのアラート能力……生命の危機を回避する能力がその効果を現さなかった以上、考えられる答えはふたつしかない。


 ……アイリーンが自殺したのか?

 それとも、アイリーンはまだ何らかの形で生きているのか?


 しかし、後者の可能性がゼロであることは見た目にも明らかだ。

 ではなぜ、アイリーンは自らの死を選んだのか?



 その答えは、数秒後に現れた。


 先程光に包まれた『ホリヴィス』の頭部。

 先程までは怒りの赤に染まっていたその瞳が、急速に色を失っていく。

 そして数秒後には、『ホリヴィス』の瞳は、先程討伐した龍が最初に見せていた色と同じ、サファイアを彷彿とさせる穏やかな青色に変わっていた。

 それはすなわち、先程まで怒りに染まっていた『ホリヴィス』の感情が、普段の冷静な状態に戻っていったことを意味している。


「……どうやって?」


 一行の中で、一番魅了の魔法に詳しいネリアが思わず口にした。


 とはいえその理由は一つしか考えられない。


 先程アイリーンが『ホリヴィス』の口の中に消える直前に放った魔法。

 そして彼女が噛み潰された直後に放たれた、魔封石に込められた『魅了』の魔法。


 その二つの魔法が作用して『ホリヴィス』の意識を正常に戻した。そうとしか考えられなかった。


 だが、いくら熟練の魔術師がその力を最大限に発揮できる条件を揃えたといえども、いくらなんでもあの古龍の意識を制するほどの魔法が放てるものなのか?


 多少概要を齧った程度であり、魅了の魔法の専門家ではないネリアにはその判断がつかなかった。



 ……そして次の瞬間、その場の皆が絶句した。


『んー、テステス。念話は通じてる? うん、通じてるようだね。なら一応成功ってことか』


 ハルたちの頭に届いたその声は、まぎれもなくアイリーンのものだったのだ。



 その信じられない状況からいち早く正気を取り戻したハルが、『ホリヴィス』に声をかける。


「あなたは……アイリーンさん? アイリーンさんなんですか!?」


 そして、その問いに返答が返ってきた。


『まあ、半分当たりで半分外れ、だね』


 『ホリヴィス』が皆に言葉を返す。


 さらにネリアが問いかける。


「これは……いったいどういうことなのです? 貴方が、アイリーンさんが『ホリヴィス』の身体を乗っ取った、ということなのですか!?」


 その問いに、『ホリヴィス』が答える。


『半分当たりで半分外れ、って今言ったとこじゃないか。確かに今この体はあたし『アイリーン』の思考原理に基づいて動いてる。だけど『アイリーン』って存在がこの体を乗っ取ったわけじゃないんだ』


 意味のわからない問答が続く。


『これは最初から説明した方が早いかな』


 『ホリヴィス』……いや、『アイリーン』が、そう話を切り出した。



『『魅了』って魔法はそもそもどういうものかっていうとだね。対象相手の意識に『最優先で実行される命令を書き込む』ってことなのさ。だから詠唱者の命令を聞かせたり、命を惜しまず動かしたりできるってわけだ』


 さらにアイリーンの話は続く。


『今回私がやったのはそれの応用。『あたしの今までの記憶と思考パターンを相手の意識に書き込む』ってこと。つまりこの龍はあたしと同じ記憶を持ち、同じように考え、同じような行動をとる。私……アイリーンとしての記憶をこの身体に強制的に書き込んで同じ思考をする人形を作りだした、ってのが正しいかな。そしてアイリーンとしての本体はこの腹の中で溶かされつつある。まあ、死んだと思ってもらって間違いはないよ』


「そんなことが……できるんですか?」


 ハルが消え入るような声て返した。


『まあ、普通は無理なんじゃない? 今回は色々策を練った上で、その無理を押し通してなんとかなったわけだけど。当然、人間の身体に戻ることも不可能だろうね』


 ……この台地に来たこと。

 ……『ホリヴィス』の子供を殺し、『ホリヴィス』の理性を失わせたこと。


 ……それらは全て、この結果のためにあった。



 ハルが言葉を失う中で、ネリアが叫ぶように尋ねる。


「アイリーンさん……あなたは、いったい何故こんな真似を?」


 それに応えるアイリーンの回答は明白だった。



『……今のあたしにやりたいことが、思いつかないあんた達じゃないだろう?』


 そしてアイリーンが言葉を続ける。


『お姫様は絶対に生かして返せってアリアスさんとの約束もある。お姫様一人じゃここから帰るのも難儀だろうから、護衛も兼ねてそこの坊やと嬢ちゃんは今回だけは見逃してやる。だけど次に会ったときは覚悟しておきな。この身体でどこまでやれるか、その見極めをつけるために少し時間も必要だしね』


 それだけ答え、『ホリヴィス』……いや、『アイリーン』は翼を広げ、嵐のような暴風と共にどこかに飛び去っていった。



 ……暴風が去った後にたたずむ3人。


 とりあえずこの場は命を長らえた、と安堵する者がいた。

 何故こんなことに、と心の中で考え続ける者がいた。


 ……そして。


 意志や人格が同じコピー……模造品が生き残っているとはいえ、自分の恩人であるアイリーンという人間は死んだ。

 もう、恩を返すことは愚か、贖罪することもできない。


 その事実を目の前に突き付けられ、悔し涙を流す者がいた。

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