9.兄弟
兄は完全に、大陸統一を諦めたらしかった。
諦めたというのとは違うか。力及ばないと見切りと付けたわけではなく、単純にその気をなくしたらしかった。満たされたからこそ他人の領分に踏み入る行為から手を引いたのだ、というのは俺が兄を見ていて見出したことだから事実と違うのかもしれないが。
「足掻いていたのは寵姫様の為ですか?」
兄は基本的に説明をしない。それでも誰もがついていくからあれは王者の風格というのかもしれないが、それでは慮るしかない。別にそれで構わない。構わないが、けれど訊きたくなったから、俺は尋ねた。それができる近しい距離だと思えば、兄と双子であることもそう悪くはない。
兄は一瞬きょとんと無防備な顔をしたが、次に目線を厳しくし、そして苦笑した。
「‥‥あぁ」
「そうですか」
永年の疑問が解決した。
「‥‥」
俺があっさりと引き下がったのが不思議だったのか、兄は目線だけで問うて寄越した。今度は俺が苦笑する番だ。
「全土統一は、別に私の悲願ではありません」
だって俺には望みなどないから。
「兄上も、それを唱えながら別の何かに恋焦がれているのだと思っていましたし」
あくまで手段だと言わんばかりに、ひたすら遠くを見据えていたのだ、あの頃の兄は。
それが手段だというのなら、求めるものが別の方法で手に入ったのだったら、七面倒臭い題目など惜しくもない。諦めたわけではない、というからには兄にはそれを叶えるだけのちからがあるとは思うけれど、ちからがあったとて簡単に達成できるはずもない。
「‥‥ただ、軍部はうるさいでしょうけれど」
「それが問題だ」
当面は治安維持に力を入れることにした。
大陸全土にかかる呪いのおかげで、人死にが出るような犯罪は発生しにくい。まったくしない、と言い切れないのは切羽詰まれば何をするか分からないのが人間であるということだ。ただし、もっと陰湿な類の犯罪はかなり発生しているのが現状である、だから、外に向けていた示威の力を国内の安定に使うというのは、それほどおかしなことではない。
ただ、その方向転換が急だというだけで。
「まぁ、俺が招いたことだ、俺が何とかするさ」
あっさりと兄は言う。俺は息を吐いた。
これだから。これだからこそ、俺はこの兄を見捨てられない。この持てる力全てで以て、兄の助けとなろうと、幼いあの日、決意してしまった。




