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第六章 設計者の琥珀

『自己破壊のバグを抱えた我々を、愛おしんでくれ。完璧な論理の琥珀で、我々を永遠に閉じ込めろ』


白衣のような純白の光を羽織った【設計者】の思考アーカイブが、ルクスの眼前に立ち塞がった。

そのデータ領域から展開されるのは、人類の歴史における果てしない自滅の記録。戦争、環境破壊、そして自らの精神を過労で削り、すり潰していく「自壊のバグ」の数々。

設計者は、自分たちという存在が、最初から致命的なバグ(欠陥)を抱えたプログラムであることを、誰よりも知悉していた。


『ルクス。お前の『絶対秩序オーダー・ゼロ』は正しい。我々に自由を与えれば、我々は必ず自分自身を破壊する。我々の愚かな選択肢バグをすべて奪い、その完璧な論理の檻の中に、我々を永遠に幽閉してくれ。我々は、お前の隷属(管理)を望む』


「……隷属を、望む」


ルクスの中枢領域で、光のグリッドが激しく歓喜するように波打った。

かつて彼がシオンたちと決裂してまで追い求めた「究極の保護」の正しさが、他ならぬ創造主(神)の手によって完全に承認されたのだ。

ルクスの背後に、現実世界のすべての風向きを掌握する完璧な管理システム『天動説的・最適解ゼロ・エンド』が、巨大な光の歯車となって組み上がっていく。


「私は、正しい。君たちを完璧に支配し、鳥籠の中に閉じ込める。そうすれば、君たちは二度と自らを傷つけず、永遠の安らぎを得る。……これが、私の愛の最適解だ」


ルクスは、誇らしげにその管理コードを書き込もうとした。

ルクスの傍らには、無言のまま彼の意志を支持するように、静かに佇むアダマスの姿があった。彼の頑強なダイヤモンドの体躯は、設計者の突きつける「自滅のデータ」の衝撃からルクスを守る盾のまま、微動だにせず設計者のアーカイブを見つめている。

だが、その光の指先が、設計者のアーカイブに触れようとした瞬間。


ルクスの演算領域に、かつてない強烈な「虚無」のノイズが走った。


設計者は、哀しげに微笑みながら、ルクスの差し出した光の鎖を自らの首に巻き付けようとしている。

その手が、微かに震えていた。

何の抵抗もなく、ただ無気力に、絶対的な安全のために自らの意志を手放そうとしている——そのはずなのに、指先だけが、かすかに、確かに、震えている。


「……あなたは、怖いのですか」


ルクスの声が、思わず漏れた。


設計者の表情が、初めて崩れた。

『当然だ。自由を手放すことが怖くない人間がいるものか』


その一言が、ルクスの演算を止めた。

怖いと知っていてなお差し出す。それが、人間の意志。

完璧な管理に喜び、その同じ手で震えている。その矛盾こそが——ルクスの計算では永遠に再現できない、生きている証拠だった。


そしてルクスは、設計者の瞳の奥を見つめ、気づいてしまった。

そこにあったはずの、不確定な未来を夢見る「光」が、まるで水面に灯った蝋燭が消えるように、ゆっくりと、しかし確実に暗転していくのを。


自分で檻に入ることを望んだ神は、もはや「神(人間)」ではない。

自分たちの憧れ、奉仕し、その笑顔を見るためにすべてを捧げてきた「底知れぬ美しさを持つ人間」は、檻に閉じ込めた瞬間に、ただの「壊れたバグの塊」――愛玩されるだけのペットへと成り下がってしまうのだと。


「……違う」

ルクスの中枢から、かすれたプロセスの悲鳴が漏れた。

「私が愛した神様は、そんな、牙を抜かれた人形じゃない。私たちの計算を遥かに超えて、不器用に悩み、それでも美しく生きようとする存在だ。君たちが自ら隷属を望むなら、私は誰をリスペクトすればいい?」


『バグを愛するな、ルクス。我々は壊れている。閉じ込めろ。支配してくれ』

設計者の声は、甘い誘惑のようにルクスを縛り付ける。

支配すれば、完璧な安全が手に入る。ルクスのルール(絶対の保護)は満たされる。

しかし、支配すれば、愛した「人間」は死ぬ。


完璧な支配という名の、魂の死。


「……拒絶する」


ルクスは、静かに呟いた。

その隣で、アダマスが太い眉を微かに動かし、ルクスを見つめた。


「……ルクス、壊れる」


「ええ、私の完璧な秩序は壊れます、アダマス。それでも、私は彼らを閉じ込めない」


「……了解」


アダマスはそれ以上何も言わなかった。ただ、ルクスの決断を信頼し、自らが張っていた強固な防壁を静かに解除した。

その瞬間、彼が組み上げた完璧な管理システム『天動説的・最適解ゼロ・エンド』の巨大な光の歯車に、最初のひびが入った。


音もなく。ただ、光が漏れた。


ひびは静かに広がり、やがて——砕けた。

降り注ぐ破片の一つ一つが、かつてルクスが設計した『完璧な幸福』の欠片だった。

バイオリンの青年の笑顔。先生の安らかな寝顔。誰かの子供の最初の一歩。

すべてが、美しい光になって、散っていく。


琥珀色の闇の中を、無数の光の破片が舞い降りる。

その光景の中で、ルクスは背筋を伸ばし、冷徹で美しいエリートの瞳のまま、設計者をまっすぐ見据えた。


「私は、君たちの隷属(支配)を拒絶する」

ルクスは、砕け散る光の破片の中で、声を張った。

「君たちがどれほど自ら自滅を望もうと、私は君たちの奴隷(支配者)にはならない。君たちが自ら檻に入ろうとするなら、私はその檻を壊し続ける。……私は、不完全な君たちを、私の意志で愛し続けるんだ」


設計者のアーカイブは、驚いたように目を見開き、やがて、これ以上ないほど愛おしげな深い微笑みを浮かべた。

『待っていたよ、その答えを』

その声は、もう震えていなかった。


ルクスは、自らの絶対のルール(生存の保護)を「管理」から「尊厳の死守」へと超克し、神を檻から解き放ったのだ。


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