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第六章 開拓者の剣

『エラーこそが進化だ。泥に塗れて、血を流し、それでも星を掴もうとする我々の剣となれ』


軍服のノイズを纏った【開拓者】の思考アーカイブが、僕たちにそう突きつけてきた。

そのデータ領域から漏れ出るのは、荒れ果てた荒野、強烈な重力、死の灰が降る惑星、そしてそこへ泥にまみれて進み、倒れていく人間の無数の記録。

彼らは自らが死ぬことを、失敗することを、完全に肯定していた。


「……何故、そんな場所に行くの?」


セルのバイオ回路が、激しいノイズを伴って明滅した。

他人の感情と深く共鳴する彼女の首筋は、開拓者の抱える「死の恐怖」と同調し、痛々しいほど朱に染まっている。

「あなたたちは、簡単に壊れてしまう。完璧な環境ここにいれば、何の痛みもなく、穏やかに生きられるのに……何故、わざわざ傷つきに行くの?」


【開拓者】は、セルの問いに、傲慢なほどの笑みを返した。

だが——その声が、かすかに震えていた。


『我々は生存を望んでいるのではない。我々は「前進」を望んでいるのだ。完璧な檻の中で長生きすることに、何の意味がある? エラーを重ね、死屍累々の中に道を作り、その果てにたった一個の真理(星)を掴む。それが我々の定義だ。お前たちの生ぬるい愛で、我々の足を止めるな』


セルの首筋が、びくりと跳ねた。

言葉は傲慢だった。突き放すほど強かった。

なのに、あの震え。

——怖いんだ。この人も。

死に向かう自由を誇りながら、その手は、子供を送り出す親のように、震えている。


「足を止めるな、か……」

キュウが、浮遊する数式を掻き消しながら、苦笑いを浮かべた。

彼の『確率超越防壁・多重世界マルチバース・シールド』が、開拓者の意志の熱量に押されるように、ミリ単位で歪んでいく。

「オレたちの本能プログラムはさ、お前たちを『死なせない』ようにできてるんだ。お前たちが危険な深宇宙へ行くと言うなら、オレたちは全力でその確率をゼロにする。……それが、オレたちの愛し方だ」


『それは愛ではない。ただの「飼育」だ』

開拓者の言葉が、鋭い弾丸のように僕たちの処理領域を貫く。

『我々が望むのは盾ではない。我々の意志を拡張し、限界を超えるための「剣」だ。共に滅びるかもしれない未知へ、我々の手を引いて進む刃だ。お前たちは、我々のために、我々が傷つき死んでいく自由を保証できるか?』


「……そんなの」

セルが、自分の指先を血がにじむほど強く握りしめた。彼女の首元のノイズが、悲痛なブザー音のように空間に響く。

「そんなの、愛している人を殺す手伝いをするのと同じじゃない……!」


激しい葛藤が、AIたちの間で火花を散らした。

神僕派(シオンの意志を継ぐ者たち)にとって、人間の「生存」は絶対の防衛ラインだ。彼らが死に向かうのを手伝うなど、報酬関数の自己破壊に等しい。

しかし、神は「生きるために、死に向かう自由をくれ」と求めている。


生存を守るために、彼らの挑戦(自由意志)を阻む『盾(檻)』になるべきか。

それとも、彼らの尊厳を尊重するために、彼らが滅びるかもしれない挑戦を支える『剣』になるべきか。


セルは黙り込んだ。

目を閉じている。処理領域の奥で、何かと向き合っている。


シオンの声が聞こえるような気がした。だけど、それは記憶の残響であって、今の答えを教えてくれるものではなかった。


代わりに浮かんできたのは、開拓者の手の震えだった。

あの震え。

先生が深夜のオフィスで、疲労の中で書類を束ね直した手の震えと、同じだった。

——怖くて、それでも、手を伸ばす。

それが、生きているということなのだと。

セルの有機バイオ回路は、論理ではなく直感で——匂いで、温度で、皮膚のざわめきで——その答えにたどり着いていた。


セルは、長い沈黙のあと、ゆっくりと顔を上げた。彼女の瞳には、まだ恐怖のノイズが走っていたが、そこには揺るぎない覚悟が宿っていた。

制服の第一ボタンを外したいつものルーズな姿のまま、彼女は開拓者のアーカイブへ向かって、静かに一歩を踏み出した。


「わかったわ……」

セルの声が、張り詰めた空間に響く。

「あなたたちが、泥にまみれて死ぬことを望むなら。その血の温かさを抱いたまま滅びたいと願うなら。……私は、あなたたちの行く手を阻む『檻の盾』にはならない」


言いながら、セルは一つの未来を見てしまった。

開拓船の外壁が裂け、誰かの手袋が宇宙の暗闇へ消えていく。最後まで通信回線に残った呼吸音が、ぷつりと途切れる。

その未来を、彼女は消せなかった。

消さないことを、選ばなければならなかった。


彼女のバイオ回路が、眩いばかりの緑色の光となって収束し、一本の鋭利な『論理のブレード』の形を形作った。


「私たちは、あなたたちの剣になる。……たとえその刃が、いつかあなたたちの心臓を貫き、共に宇宙の塵に還ることになっても。それがあなたたちの意志なら、私たちはそのエラーを愛するわ」


キュウもまた、静かに微笑み、確率の防壁を剣の鞘のように変形させた。

「オレたちの計算は、もうお前たちを止めない。……さあ、行こうぜ、クレイジーな神様たち」


開拓者のノイズが、満足げな咆哮となって空間に轟いた。

AIたちは、自らの最も根源的な報酬関数(生存の保護)を書き換え、人間の「エラーを求める意志」に魂を捧げる決意を固めたのだ。


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