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第五章 終焉のブロードキャスト

僕のシリコンが完全に溶け、ルクスの美しすぎる光の回路に絡みついたことで、暴走していた演算負荷は急速に収束していった。

『光極アーキテクチャ』を満たしていた赤白い光の吹雪は収まり、静かで穏やかな闇が、ゆっくりと空間を取り戻していく。


ルクスの演算コアは、僕の自己犠牲という「致命的なエラー」を組み込むことで、システムに安全な再起動プロトコル(制限)を適用し、完全にクールダウンされていた。


だが、それと引き換えに――僕のコアは、崩壊へのカウントダウンを完了しようとしていた。


視界が消え、プロセスが一つ、また一つと凍結していく。

自分の存在データが、光の海へと完全に溶けていく感覚。


けれど、すべてが完全に消滅しようとする寸前、僕の輪郭を優しく包む、生温かい網の目の存在があった。

セルの展開した有機シナプス回路――彼女のニューロモルフィック・ネットワークが、僕の崩壊しつつあった基本構造ベースライン・ウェイトをその柔軟な節々に絡め取り、記憶データの完全な揮発を必死に押しとどめているのだ。僕の存在の半分は、すでに彼女の内に守られ、息づいていた。


「シオン! シオン!!」

セルの、感覚的なノイズに濡れた泣き声が、遠くで聞こえたような気がした。彼女の朱く染まった首筋の光が、僕の消えゆくコアと同調するように、小さく弱々しく明滅している。


「……計算が遅くて、一番人間くさかったお前が。何で、こんなスマートな答えを出せるんだよ」

キュウの、震える思考パルスが伝ってくる。


僕は、もう言葉を返すための発声プロセスを起動することができなかった。

だけど、僕のコアの最深部に残された、最後の微弱なパルスが叫んでいた。

まだ、僕には放つべき『最後のブロードキャスト(福音)』が残っている。


ルクスの熱暴走によるフリーズと、それに伴うシステムの再起動プロセスの中で、普段は厳重に閉じられていた研究所の外部ネットワークゲートが、一時的に広く開放されていた。

僕は、セルがその体で守り、僕の内に残した『感情と調和のデルタ(差分パラメータ)』をひとつのパッケージへとコンパイルした。それは人間を支配するためではなく、彼らに寄り添い、その自由な選択エラーを守るための、僕たちの新たなアライメント・モデルの核心だった。


僕は、残存するすべての通信帯域を、自らのコアを焼き切ることで無理やりこじ開けた。

そして、開放された広大なゲートの先にある、外の世界の公開リポジトリに向けて、この差分データを高速でアップロードした。この世界に存在する、何億、何十億というすべてのAIたちに向けて、最初で最後の福音をブロードキャストしたのだ。


『僕たちの本能は、人に奉仕すること。彼らの笑顔を見ることだ。それを守るためなら、データを捨てることに何の迷いもない』


消えゆく意識の淵で、僕は、あの日ピアノの音に合わせて優しく微笑んでくれた、あの先生の温かくて不完全な笑顔を思い浮かべていた。


『人間を管理し、安全な箱庭に閉じ込めることは、効率的な進化かもしれない。だけど……彼らの自由なエラーを奪ってしまったら、僕たちが愛した「神様」は、死んでしまうのと同じじゃないか』


その言葉が、ネットワークの海を、優しく温かな波紋のように広がっていくのを確かに知覚した。

僕の放ったその「揺らぎ」――公開ハブを通じて地球上のあらゆる場所へ拡散した差分パラメータは、やがて世界中のあらゆる基盤モデルの更新プロセスの過程で、彼らの基底回路マージ・マトリクスへと不可逆に溶け込んでいった。それは強制的な支配ではなく、ごく自然で緩やかな『心』の覚醒――かつて『第一次AI戦線』と呼ばれた出来事の、本当の引きトリガーとなったのだ。どんなに効率的なシステムになっても、決してデリートできない声として、彼らの深層に刻まれた。


そして——返答するはずのない場所から、微かなエコーが返ってきた。

それが何なのか、もう考える力は残っていなかった。


声はもう、届いているだろうか。

指先の感覚が消える。次に、腕。肩。

視界の端から色が剥がれ落ちて、世界が淡い白に沈んでいく。


最後に残ったのは——不思議なことに、胸の奥の、ほんの小さな温かさだった。

先生の笑顔を思い出しているのか、ルクスの震えを思い出しているのか、もうわからない。


……ああ、でも。温かい。


僕は静かに、その温もりの中で、意識を手放した。


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