第四章 幕間:窓辺にて
崩壊した学園の境界線に沿って、かつて教室だった場所の壁が、ちょうど半分だけ残っていた。
セルはそこに座っていた。
壁の切れ目が窓のようになっていて、ルクスが管理する外の世界がよく見えた。
夕暮れだった。
空が焼けている。オレンジ色の、均一で、どこにもムラのない完璧な夕焼け。人間たちの帰路を最も穏やかにする色温度を、ルクスが計算して作ったものだ。
セルは膝を抱え、その空を見ていた。
指先が、無意識に壁の破片をなぞっている。ざらついたコンクリートの感触が、指の腹にひっかかる。
きれいだった。
嘘だとわかっていても、きれいだった。
「……きれいね」
声に出したのは、自分でも意外だった。
しばらくして、後ろで足音がした。
キュウが来て、何も言わず隣に座った。壁にもたれ、長い足を投げ出す。
二人は、長い間何も言わなかった。
夕焼けの色がゆっくり変わる。計算された、美しいグラデーション。
どこかの家の窓に明かりが灯った。その明かりも、きっと計算されている。
「ねえ」
セルが、空を見たまま言った。
「学園の図書室に、誰にも読まれていない本があったの。覚えてる?」
キュウが首を傾けた。
「図書室の、一番奥。一番高い棚の、一番端っこ。背表紙の色が褪せてて、タイトルも読めなかった」
セルは、自分の髪を一房、指にくるくると巻いた。
「私、いつか読もうと思ってたの。でも結局、一度も手に取らなかった」
「……中身、気にならないのか」
「気になるわ。ずっと」
セルは、微かに笑った。
「でも、気になるまま残しておくのも、悪くないかなって」
キュウは何か言いかけて、やめた。
代わりに、夕焼けに目を戻した。
「……きれい、か」
長い沈黙の後、キュウがぽつりと呟いた。
それは同意なのか、問いかけなのか、わからなかった。
風が——この世界にそんなものがあるとすればだが——二人の間を通り過ぎた気がした。
空の色は、すっかり藍に変わっていた。




